【2020年の潮流を予感させる本(3)】磯田憲一『遥かなる希望の島「試される大地」へのラブレター』/北海道の暮らしに根付いた新しい試みに着目
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第3作目は、元北海道副知事が町を元気にする前向きな知恵と工夫を綴ったエッセイ集。評論家の川本三郎が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
川本三郎【評論家】
遥かなる希望の島「試される大地」へのラブレター
磯田憲一 著
亜璃西社
1600円+税
装丁/須田照生
元北海道副知事が綴る町々の知恵と工夫
地方の衰退が言われるいま、マイナス面ばかり見ても仕方がない。小さな町々で知恵と工夫によって、町を元気にするさまざまな試みがなされている。
この本は、そんな前向きの町を具体的に紹介している。著者は長く北海道副知事を勤めた人だが実に柔軟な思考の持主。
経済重視、大量生産大量消費の高度成長型の生き方に疑問を持ち、北海道の暮しに根付いた新しい試みに着目してゆく。
帯広は製菓会社の多い町として知られるが、六花亭製菓はその代表。この会社は、三十年間にわたって社員の有給休暇取得率一〇〇パーセントを継続している。経営者の、美味しい菓子を提供するためには社員が心身とも健康でなければならないという考えから始まった。
かつての炭鉱町、
入場料なし。誰でも彫刻に自由に触れるし、座ることも出来る。普通の美術館のように入場者の数を競わない。何を感じてくれるかを大事にする。
旭川の北にある人口約三千人の剣淵町は三十年ほど前から「絵本の里」づくりに取り組み、いまでは絵本に与えられる賞が絵本作家を目ざす者の憧れの賞になっている。
この町は農業の町でもあり農業者による「軽トラマルシェ」も面白い。町へ出かけて農産物を直販する。はじめ消費者から調理法を聞かれ答えられなかった。それで調理法を猛勉強するようになった。
地方の本というと暗い話が多いなか、著者はなんとか前を向こうとしている。
著者自ら始めた「君の椅子」プロジェクトも面白い。少子化の時代、生まれた子供に木造りの椅子を贈る。家具職人の多い旭川が協力して徐々に参加する自治体が増えている。
3・11の日に生まれた東北の子供たちにも椅子を贈る。「木」の持つ力が生きる励みになる。
(週刊ポスト 2020年1.3/10号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』/イギリスでの「リアル」な人・・・
元ヤンの日本人母と、アイルランド人の父を持ち、優等生でありながら「元底辺中学校」に通う少年の日常を描いたノンフィクション。多様性に富んだイギリスのリアルな生活が垣間見えます。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】柳 広司『太平洋食堂』/「ひげのドクトル」は、なぜ死ななければならなか・・・
周囲から「ドクトルさん」「ひげのドクトル」と呼ばれ、慕われていた大石誠之助。彼はなぜ罪に問われ、消されてしまったのか――渾身の歴史長編小説が書かれた背景を、著者に訊きました。
-
今日の一冊
独裁者を多面的に分析する『金正恩 恐怖と不条理の統治構造』
金正恩の最終カードが何であるか、さまざまな角度から徹底分析。粛清史を塗り変える異常さについても詳しく描写するなど、説得力があり読みやすい書です。
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】『あいまい生活』
それぞれ事情を抱えた女性たちが住む、古い木造長屋のシェアハウス。様々な問題と向き合いながら、懸命に生きる彼女たちの本音とは。現代社会が抱える闇を浮き彫りにします。川本三郎が解説。
-
今日の一冊
沼野充義著『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』が提唱する新しい像ー川本三郎が解説!
チェーホフとは果たして何者だったのか? その知られざる素顔と文学作品の数々。それらを新たな視点で語った一冊を、評論家の川本三郎が紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】まさきとしか『彼女が最後に見たものは』/24万部を突破中の大人気ミステ・・・
クリスマスイブの夜、頭部を殴られ、着衣の乱れた状態で発見された身元不明の50代女性ホームレスは、最後に何を見て、何を思ったのか――事件の波紋や余波に光を当てた大人気ミステリーシリーズ第二弾!
-
今日の一冊
浅生ハルミン『江戸・ザ・マニア』/「おかんアート」美術家の著者が江戸趣味の世界を訪ねる
猫愛好家で「おかんアート」美術家の浅生ハルミン氏が、かわいいイラストレーションつきで江戸の名品を解説する愉快な一冊!
-
今日の一冊
ダニエル・ヤーギン 著、黒輪篤嗣 訳『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝・・・
石油などのエネルギー資源をめぐる争いについて、理解を深めたい人におすすめ。エネルギー問題の専門家による大著を、ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
ほろり、泣いたぜ『くわえ煙草とカレーライス』
昭和の喫茶店を舞台に繰り広げられる、大人の男女の日常――7つの物語を収録した、片岡義男の短編集。作家・関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
謎に包まれた諜報機関『陸軍中野学校 「秘密工作員」養成機関の実像』
当時は存在そのものが秘匿されていた、陸軍中野学校。全陸軍から選抜された学生は、勲章もなく、靖国に祀られることもなく、「透明人間」として生きねばならないエリート集団だった。インテリジェンス研究の第一人者である著者が生存者に取材し、国内外の資料を探し出して綴る本格的歴史書。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】平岡陽明『イシマル書房 編集部』
神田神保町の小さな出版社に訪れた、会社存続の危機。出版不況のなか、ベストセラーで起死回生を狙うが……。小説を愛する人々を生き生きと描く、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
全盲作家による小品文学『治療院の客』
持病の網膜色素変性症が進行し、五十歳で全盲にいたった著者による短編集。フツウの人の運命を切り取った作品は、短いながら読みごたえ十分です。
-
今日の一冊
土田英生著『プログラム』ディストピア空間に透けて見える日本の今
安心安全を謳う夢のエネルギー「MG発電」の拠点でもある人工島で、様々な人物が繰り広げる群像劇。その創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
中藤 玲『安いニッポン 「価格」が示す停滞』/デフレを続け、発展途上国に転落した日本のこれ・・・
国際的に見て、いま物価がとてつもなく安くなっている日本。その実態と原因を明らかにし、今後どうすべきかを考える新書を紹介します。
-
今日の一冊
戦時下の庶民のナマの声がここにある/平間源之助 著・平間洋一 編『軍艦「鳥海」航海記 平間・・・
日米開戦直前の1941年から丸一年間にわたって書かれた、ノンキャリ海軍軍人による日記。ときには死を覚悟し、留守宅に残した愛する家族に後ろ髪を引かれ……。建て前抜きに書き綴られた文章に、当時の日本男児の生活がかいま見えます。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】星野智幸『のこった もう、相撲ファンを引退しない』
19年ぶりの日本人横綱誕生に沸いた16~17年のブログやエッセイに加え、対談や相撲小説なども収めた、相撲ファンならぜひ手に取りたい一冊。大相撲を取り巻く環境と、その未来が見えてきます。
-
今日の一冊
逆境から這いあがったJR九州の奮戦記『新鉄客商売 本気になって何が悪い』
厳しい赤字経営状況から、九州新幹線全線開通をはたし、大評判の「ななつ星」を作り上げたJR九州。快進撃をつづける経営者の信念が伝わる一冊を紹介します。
-
今日の一冊
『蜜蜂と遠雷』は傑作青春群像小説。
3年ごとに開催される国際ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、音楽を描いた、青春群像小説。創作の背景を、著者にインタビューしました!
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実
武者小路実篤を中心に創設された「新しき村」。世界的にも類を見ない、「ユートピア」実践の軌跡をたどり、その意義を問います。評論家の坪内祐三が解説します。
-
今日の一冊
岸本佐知子著『楽しい夜』が翻訳・紹介する、選りすぐりの短編
岸本佐知子が本当に面白い、と思うものだけを11作品選んだ短編集。愛すべき作品ばかりだという、その創作の背景をインタビューしました。