『他者という病』
生と死を突き詰めた壮絶ドキュメント。鈴木洋史が解説します。
【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
生と死を突き詰めた
壮絶ドキュメント
『他者という病』
中村うさぎ著
新潮社
本体1300円+税
中村うさぎ(なかむら・うさぎ) 1958年福岡県生まれ。同志社大学卒業。『死を笑う うさぎとまさると生と死と』(佐藤優との共著、毎日新聞社)、『愛という病』、『私という病』、『女という病』(いずれも新潮文庫)など著書多数。
著者は2年前の夏、突然、原因不明で病名も特定できない体の異変に襲われ、3か月半の入院中に1度の心肺停止と2度の呼吸停止を経験した。死の淵から奇跡的に生還したが、そのあとの生は波乱続きだ。車椅子生活となり、薬の副作用で人格が変容する恐怖を味わい、人間関係のトラブルによってレギュラー出演していたテレビ番組からの降板騒動が起こり、うつ病になって自殺未遂を起こした。
本書は、そうした出来事とその間の思索を生々しく綴った壮絶なドキュメンタリーだ。
ふつうの人間は死を恐怖の対象として捉えるが、著者の経験では、死は〈大いなる絶対無〉で、〈苦痛から不意に解放され、無痛無感覚無感情の闇に吸い込まれていった〉。怖くもなければ、不快でもなかった。それに対して、〈「自意識」という厄介な重荷を抱えて「生きる意味」なんぞを問うてしまう苦行の日々〉が、〈絶対有〉たる生であるという。その言葉通り、著者は、生とは何か、死とは、自分とは、他者とは……と、あらゆる命題と格闘していく。
どれも根源的な問いだが、著者の言葉は観念的に感じさせない。著者はこれまで自身の買い物依存、ホスト狂い、美容整形遍歴、デリヘル嬢体験を通して「自分とは何か」を問い続け、それを赤裸々に綴ってきた。著者の言葉にはいつも自分の心と肉体の痛みや軋みが伴っているが、今回も同じである。その生き様は、嘘やごまかしを許さず、破滅的と思えるほどに凄まじいものだが、そうまでして生きる姿に不思議と勇気をもらえる。
毒舌や自虐的なツッコミによって笑いを誘う独特の文体も健在で、テーマの重さにもかかわらず、相変わらず麻薬的な魅力がある。
(SAPIO 2015年11月号より)

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