【2020年の潮流を予感させる本(6)】志垣民郎 著、岸 俊光 編『内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男』/コンピューターよりもずっと優れた本
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第6作目は、コンピューターが発達することでデタラメな歴史も増えるなか、とても正確な史料を記す一冊を紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
坪内祐三【評論家】
内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男
志垣民郎 著
岸 俊光 編
文春新書
1200円+税
デタラメな歴史が増えるほど輝きを増す本
「二〇二〇年はこうなる」と言うよりも、年々私の絶望感は深くなっています。
つまり歴史に対するデタラメがどんどん増えているので。
その原因は皮肉なことに「文明の発達」です。つまりコンピューターが進むことによって、逆に、正しい歴史から離れてしまうのです。
最近の校閲の人の仕事を見るにつけ私はそう思います。
かつて私の編集者時代の校閲の人の仕事振りは素晴らしかった。一つの事実を見極めるために幾つもの資料に当った。いわゆるカウンター・レファレンスです。
ところが最近の校閲の人はパソコン一つで仕事をするのです。
例えば最近私はこういう経験をしました。
ある原稿で、「十数年前、相撲人気がなかった頃……」と書いたら、校閲の人が、その箇所に印をつけ、「八百長問題は二〇一一年だから八年前?」と書き入れてきました。
もちろんそんなことは承知しています。しかしそのずっと前から相撲人気はなくなっているのです。そのことを私は他ならぬ『週刊ポスト』の二〇〇五年の最初の号の「二〇〇五年はこうなる」で指摘し、私の著書『大相撲新世紀2005︱2011』(PHP新書、二〇一二年)にも収録しています。校閲の人はそれらをノーチェックの上で、デタラメな指摘をしたのです。
ということで、「この一冊」です。
それは二〇一九年七月に出た文春新書の『内閣調査室秘録』(志垣民郎著、岸俊光編)です。刊行されてから三カ月以上経って読んだのですが、これは本当に凄い本です。最近の校閲と真逆にあるとても
この本に出会えただけで二〇一九年は良かったし、二〇二〇年さらに二一年、二二年と輝きを増して行くでしょう。
こういう本に出会えると、やはり、本というものはコンピューターよりもずっと優れたものだと思います。
(週刊ポスト 2020年1.3/10号より)

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