【2020年の潮流を予感させる本(8)】胎中千鶴『叱られ、愛され、大相撲!「国技」と「興行」の一〇〇年史』/昭和天皇に愛されたプロスポーツ
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第8作目は、日本の国技・相撲の歴史を掘り起こす一冊。武蔵野大学特任教授の山内昌之が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
山内昌之【武蔵野大学特任教授】
叱られ、愛され、大相撲!「国技」と「興行」の一〇〇年史
胎中千鶴 著
講談社選書メチエ
1750円+税
装丁/奥定泰之
見巧者だった昭和天皇は当世横綱に何を思う
相撲ほど観客の集中力が欠如しているプロスポーツも少ない。桟敷でビールを飲み焼き鳥をほおばるうちに土俵上の取組が終わっていたり、隣の友人と話をしているといつのまにか別の力士が土俵に上がっているなど、時間の進行がまちまちなのだ。戦前から相撲に精神性の極まる武道の理想を求める人がいるかと思えば、営業第一の興行の成功こそ大相撲の目標だと信じる人もいた。現代にいたるまで、相撲には国技らしさや品格が求められる一方、どんなことをしても勝てば官軍という横綱さえいる。こうした矛盾こそ大相撲の魅力だと著者は考えているのではないか。
著者は、大相撲の国技化を進めた大功労者として昭和天皇を挙げる。決まり手について人一倍詳しく、立合いのタイミングや品位について厳しかったようだ。いまの白鵬の相撲にいかなる感想を洩らすのだろうか、とつい想像したくなるほどの見巧者なのだ。
1912年夏場所で千年川は横綱太刀山に「待った」を数十回繰り返し、なんと1時間半も費やした。制限時間のない時代とはいえ、裕仁皇太子は手元の表に思いきり辛い点をつけただろうと著者は推測する。
大相撲の知識と興行の普及に貢献した協会理事・秀ノ山こと元関脇・笠置山の名を久しぶりに思い出したのも嬉しい。笠置山こそ、戦前相撲の生んだ最大のインテリ力士であった。早稲田大学専門部政治経済科を出ながら、努力家で相撲もめっぽう強く、講演や談話をさせたら天下一品、随筆から小説まで文章もたつ。相撲には「自由と個性の重視」を発揮してほしいと本質をつかんだ発言をする。
他方、外掛けをかけられてケガをするのは「鍛錬の順序が悪い」からだというように、ケガの絶えない現代力士にも聴かせたい言葉が並んでいる。
相撲を小さくしないで欲しいという秀ノ山の信念こそ、この本の願いでもないだろうか。
(週刊ポスト 2020年1.3/10号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【著者インタビュー】橘 玲『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論 』
なぜ、朝日新聞はいわゆる「ネトウヨ」の人たちから「反日」の代表として叩かれ、嫌われるのか? 朝日新聞社内の書店で長らくランキング1位を占めていたという、リベラル進化論!
-
今日の一冊
ジョージ・ソルト著『ラーメンの語られざる歴史』に見る、ラーメンの裏面史。
日本人は、ラーメンについて本当に知っているのでしょうか?アメリカ人歴史学者ならではの見方でラーメンの起源や歴史を解説する一冊を紹介します。
-
今日の一冊
日比嘉高『プライヴァシーの誕生―モデル小説のトラブル史』/現在のネット社会の問題点にまで議・・・
三島由紀夫の『宴のあと』、柳美里の『石に泳ぐ魚』など、トラブルを引き起こした「モデル小説」を考察。いまはネット時代の技術革新により、書き手は「過度な厳格化」に直面せざるをえない状況になっているといいます。
-
今日の一冊
中村 明『五感にひびく日本語』/悪事とかかわると「手を汚す」が、抜け出すときは「足をあらう・・・
「耳にタコができた」「臍で茶をわかす」「手を汚す」「足をあらう」「口がすべる」など、日本語にはたくさん、体のパーツを含んだ慣用句があります。そしてときには、それが心や内面ではなく、身体など他のものに責任をおしつけているような言いかたに思えることも……。
-
今日の一冊
ディーリア・オーエンズ 著、友廣 純 訳『ザリガニの鳴くところ』/69歳で小説デビューした・・・
ノースカロライナ州沿岸の湿地帯で、ある日、会社経営者の息子の死体が発見された。犯人は、彼が熱心にアプローチしていた美しい二十代の女性だと思われたが……。社会階層の皮肉なねじれを描き、アメリカで500万部超の大ベストセラーとなった話題作!
-
今日の一冊
エドワード・スノーデン 著、山形浩生 訳『スノーデン 独白 消せない記録』/なぜ彼は「アメ・・・
小さな頃からコンピュータとインターネットの世界にどっぷりと浸かり、CIAで「技術系スパイ」として高く評価され、そのままなら順調な人生が約束されていたスノーデン。彼はなぜ、「アメリカ政府の隠密活動」を暴露したのか? 心の軌跡を綴る自伝です。
-
今日の一冊
『北園克衛モダン小説集 白昼のスカイスクレエパア』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】岸 政彦『図書室』/一人暮らしをしている50歳女性の、子どものころの幸・・・
初めて書いた小説「ビニール傘」がいきなり芥川賞・三島賞の候補となり、さらに本作「図書室」でも再度三島賞の候補となった、注目の社会学者・岸 政彦氏にインタビュー!
-
今日の一冊
児玉博著『堤清二 罪と業 最後の「告白」』が吐露する晩年の思いとは?鈴木洋史が解説!
人生の最晩年に、かの有名経営者・堤清二の口から語られた言葉とは?堤家崩壊の歴史であると同時に、抗えないさだめに向き合わねばならなかった、堤家の人たちの物語。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します。
-
今日の一冊
片岡喜彦『古本屋の四季』/本好きの夢を叶えた! 古本屋の店主としての日々
定年退職後、古本屋を開くという夢をかなえた著者。あえて労働運動や社会思想の本を並べ、商いは厳しいながらも、客との会話は楽しい――そんな古本屋の日常を綴ったエッセイです。
-
今日の一冊
青山惠昭『蓬莱の海へ 台湾二・二八事件 失踪した父と家族の軌跡』/事件の真相と、歴史の荒波・・・
父が失踪し、生死さえわからぬまま四十数年が過ぎたとき、息子は父が「台湾二・二八事件」に巻き込まれ非業の死を遂げたと確信した――個人や家族の体験こそが、国の歴史なのだと思い知らされる迫力の一冊。
-
今日の一冊
夢枕獏著『ヤマンタカ大菩薩峠血風録』で鮮やかに蘇る未完の大作。著者にインタビュー!
未完の大作『大菩薩峠』が、夢枕獏によって平成の今蘇る。理屈では到底割り切れない人間の欲望や本能を巡る光景を、鮮やかに描ききった作品の、創作の背景を著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】山崎ナオコーラ『偽姉妹』
叶姉妹と阿佐ヶ谷姉妹に着想を得て書かれた、明るく型破りなストーリー。まったく新しい、現代の家族の作り方を標榜する著者にインタビュー!
-
今日の一冊
渡辺裕『感性文化論〈終わり〉と〈はじまり〉の戦後昭和史』斬新な視座で見つめ直す戦後昭和史
「やらせ」に違和感を抱く現代人の感受性は、いつどのように形成されたのか。人のものの見方や価値観について、感性の変容を解き明かします。井上章一が解説。
-
今日の一冊
『中曽根康弘「大統領的首相」の軌跡』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】一條次郎『ざんねんなスパイ』
日本ならぬ、ニホーンを舞台にして繰り広げられる、へんてこで妙ちきりんな大騒動! 一見滑稽でありながら、私たちが生きている「今」を映し出す作品です。
-
今日の一冊
近未来をシミュレーション!圧倒的リアリティ『尖閣ゲーム』について著者・青木俊に訊く!
その迫力あるリアリティと情報量に圧倒される、極上のエンターテインメント小説。その創作の経緯などを著者・青木俊にインタビュー!
-
今日の一冊
【「2020年」が明らかにしたものとは何か】町田明広『攘夷の幕末史』/歴史学の常識や思い込・・・
誰もが変化と向き合った激動の1年を振り返るスペシャル書評。第11作目は、歴史学において尊王攘夷を討幕派、公武合体を佐幕派と考えがちな傾向に疑義を出す新書。武蔵野大学特任教授の山内昌之が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】滝沢志郎『明治銀座異変』
2017年に松本清張賞を受賞した、歴史ミステリー界の新星・滝沢志郎氏にインタビュー! 江戸の人情を残しつつ、欧化政策への期待と反発が入り混じる明治の時代を描いた新作について訊きました。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】森まゆみ『聖子―新宿の文壇BAR「風紋」の女主人』/伝説の文壇バーの店・・・
檀一雄、井伏鱒二、中上健次‥‥文化人たちが愛した文壇バー「風紋」と、店主・林聖子さんの人生を辿ったノンフィクション『聖子』を上梓した著者にインタビュー!