【2020年の潮流を予感させる本(12)】ニケシュ・シュクラ 編、栢木清吾 訳『よい移民 現代イギリスを生きる21人の物語』/「有色人」として生きることとは
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第12作目は、イギリスにおける「移民」と「人種」をテーマとするエッセイのアンソロジー。ノンフィクションライターの与那原恵が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
与那原恵【ノンフィクションライター】
よい移民 現代イギリスを生きる21人の物語
ニケシュ・シュクラ 編
栢木清吾 訳
創元社
2400円+税
装丁/加藤賢一
「有色人」として生きる人々の多彩な人生
二〇一八年末、「入管法」の一部が改正されたと同時に、政府は「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」をとりまとめた。外国人と日本人との共生社会の実現をめざしていく、とうたうが、外国人は一時的に日本で働く労働者であり、移民を受け入れるのではない、という論理を貫いている。
今日の日本が多くの外国人の働き手に頼っている中、一時的な労働力とみなしていてよいのだろうか、大いに疑問だ。
私は埼玉県川口市の芝園団地を取材したことがある。住民の半分が外国人で、日本人住民との間に生活上のトラブルなどが生じた時期もあったという。けれど、自治会などが中心となり、ゴミの捨て方などをわかりやすく示したチラシを配布するなどし、トラブルは解消されている。
とともに、外国人の文化や価値観も理解することにも努めており、祭りや行事などを通じて、互いの顔が見える交流を重ねてきた。芝園団地の取り組みは、これから「移民社会」を迎える日本にとって貴重な実例といえる。
日本で働く外国人の多くは家族とともに暮らしている。日本で生まれ、成長する子どもたちが今後も増えていくだろう。
本書はイギリスにおける「移民」と「人種」をテーマとするエッセイのアンソロジーである。さまざまな分野で活躍する「黒人、アジア系、エスニック・マイノリティ」の二十一人の執筆者が、生い立ちや家族の歴史、日々の生活で受ける偏見や差別、仕事で直面する不安、戸惑いや哀しみとともに、未来への希望も語られる。今日のイギリス社会で「有色人」として生きることとは、どういうことなのかを、つぶさに描き出す。
「移民」としてくくられる彼ら、彼女らが、それぞれに自分自身の物語をつむぐ。その多彩な人生を読みすすむうちに、日本にも多く暮らす多様な背景を持つ外国出身者たち個々の話に耳を傾け、語り合いたいと思うのだ。
(週刊ポスト 2020年1.3/10号より)

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