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【著者インタビュー】絲山秋子『御社のチャラ男』/間違った選択ばかりして苦しんでいる全ての人にエールを贈る、多視点会社員小説

どこの会社にもひとりはいる、要領がよくてお調子者の“チャラ男”。彼を大いに語ることで、日本のカイシャと働く人たちの実態が浮き彫りになっていく……。可笑しくも哀しい話題作の、著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

お洒落で軽薄で偉そう、だけどなぜか憎めない――「こういう人いる!」と共感すること必至の会社員小説

『御社のチャラ男』

講談社 1800円+税
装丁/祖父江慎+藤井瑶(コズフィッシュ)
装画/カワイハルナ

絲山秋子

●いとやま・あきこ 1966年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、住宅設備機器メーカーに入社。営業職として福岡、名古屋、高崎等に赴任し、2001年に退職。03年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞、04年「袋小路の男」で川端康成文学賞、05年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、06年「沖で待つ」で芥川賞、16年『薄情』で谷崎潤一郎賞。著書は他に『逃亡くそたわけ』『妻の超然』『不愉快な本の続編』『夢も見ずに眠った。』等。174㌢、A型。

良し悪しや損得より「相性」の問題として会社も選んでいけるといい

 会社で働くということ。
 それが「=仕事」だけを必ずしも意味しないのは、理想の上司ランキング等の顔ぶれを見ても明らかだ。
「会社に居心地の良さを感じる人もいれば楽しさを求める人もいて、仕事しかしてない人なんて一握りですよね。ただ、今はそうした鷹揚さがよくも悪くも失われつつあるのも確かで、様々な面で変化に直面する現代社会を、会社員という切り口から書いてみました」
 絲山秋子氏の新作、その名も『御社のチャラ男』は、要領がよく、お調子者ともヤリ手とも言えば言える、ジョルジュ食品の名物部長、〈三芳道造〉44歳を巡って、部下や妻の元夫や三芳本人までが大いに語りまくる、多視点会社員小説だ。
〈チャラ男って本当にどこにでもいるんです。一定の確率で必ず。〉と帯にあるが、社内不倫にモラハラ等々、何かとお騒がせな彼の姿は、日本のカイシャと、働く人間たちの映し鏡でもあった。

 訪れたのは群馬県高崎市。絲山氏は06年の芥川賞受賞から程なく、会社員時代の赴任先の1つだった高崎に住民票を移し、今ではすっかりこの街の住人である。
「05年には部屋を借りてましたから、丸15年になります。今日もこの近くを散歩してきましたが、良きにつけ悪しきにつけ昔のままの部分と新しいものが混在している町です。会社の、効率の悪い部分を残しつつ、最先端のものも取り入れるいびつな感じが、人の住む町に似ていると思いました」
 一番手は、〈文字通り油を売って生きております〉と宣う営業部員〈岡野繁夫〉32歳。目下人気のヘンプオイルやビネガー類の効用について彼が語る能書きは全て部長が考えたものだ。その手のはったりにかけては天才的な上司を、彼は独特の距離感で見つめる。〈商品には存在する意味がある。たとえそれが草の種を潰して適当な液体で薄めたものだとしてもだ〉〈仕事の周辺だけでもまっとうに動いているということは、俺にとっては大きな救いだ〉
 ところがある日、出先から戻ると社内の空気は重く、聞けば同じ部の〈山田さん〉が窃盗で逮捕されたという。実はこの日も自分だけサッサと帰宅した部長のことを、〈チャラ男さんですよね、あのひとは〉とかつて評したのが山田だった。盗癖のせいで職を転々としてきたという山田は〈外資系でも公務員でもチャラ男はいます〉〈人間国宝にだっているでしょう。関東軍にだっていたに違いありません〉と力説。以来部長は社内でひそかにそう呼ばれるようになるが、岡野は思う。〈軽いしちょっと変わってるけれど、そんなに悪い人ではない〉〈見栄っ張りだけれど、お洒落が似合うルックス〉〈いつもいいスーツを着て、いい時計をしている〉
「縁故入社のチャラ男は、食えないヤツでありながら、もしやこれが新しい働き方? とも思えてきて、要するに憎めないんです」
 だが山田さんや、社長の秘書役で実は政治家志望の〈池田かな子〉、鬱病での休職明けの〈伊藤雪菜〉の眼を通すと様相はまた違い、語り手の数だけ真実はあるのだった。

会社員という役割を演じているだけ

「私はいろんな鳥が順々にとっておきの話を披露する中勘助『鳥の物語』が好きで、その形式をとると、人の悪い部分も魅力も、いろいろ沁み出してきそうだと思い、トライしてみました。
 今って善悪をわりと早く決めつけてしまうと思うんです。この人は悪者と決めたら最後、いい面は一切見ないとか。でも実際は信用したくないから信用できないだけ、、、、、、、、、、、、、、、、、だったり、人の評価なんて相性や状況や体調一つで変わる。なのでお弁当みたいにいろんなを入れて、味わいの変化を楽しんでもらいたかったんです。
 私自身は会社員を辞めてもうだいぶ経ちますが、当時は大事に思っていたことが全然大事じゃなかったり、離れて初めてわかることもある。好きでもない相手と毎日会って、社員旅行まで行くなんて、よく考えたら変な集団です。だからくだらないことでいさかい、人としてどうかと思うこともやれてしまうんでしょうが、互いに会社員という役割を演じているに過ぎない分、時に酷い壊れ方をするのも会社なんです」
〈ここ十数年で、日本の社会が失ってしまったのは、企業しか持ち得ない良識やお行儀、そして文化だったのではないか〉というある人物の台詞が印象的だ。
「あるのが当たり前だった会社が、いつなくなってもおかしくないものに変わったのも、この30年ですよね。私がいた会社も合併されてもうありませんが、あのまま勤めていたらどうなっていたかなあと今でもしょっちゅう思います。
 もちろんいまだに女性社員を不当に扱う人達には怒りを通り越して悲しくなるし、社員旅行に1人だけ参加した女性が、客室ではない部屋をあてがわれたエピソードも私の実話です。
 だからといって古いものは全部ダメと切り捨てるのは考えが浅すぎますし、結局何が効率的かなんて、これから先もわからないと思うんです。良し悪しや損得より相性の問題として、会社も選んでいけるといいですけどね」
 顧客や売上など、従来の優先順位を瓦解させ、ここ、、を再発見させる〈それがどうした〉というパワーワードも物語後半で登場する。沈みゆく船を前にした各々の振る舞い方など、〈間違った選択ばかりして苦しんでいる〉全ての人に〈生きるということはプロセスだ〉とエールを送る、可笑しくも哀しく、表題からは想像できないほど感動的な、現実いまの小説である。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年2.28/3.6号より)

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