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【著者インタビュー】古矢永塔子『七度笑えば、恋の味』/第1回日本おいしい小説大賞、満場一致の受賞作!

わけあって顔を隠し、高齢者施設で働く28歳女性。その心をときほぐし、背中を押してくれたのは、温かい手料理だった――山本一力、柏井壽、小山薫堂各氏を選考委員として新設された「日本おいしい小説大賞」第1回目の受賞作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

悩み多き人生をほぐすのは温かい手料理の数々! 第1回日本おいしい小説大賞満場一致の口福に満ちた受賞作

『七度笑えば、恋の味』

小学館
1500円+税
装丁/岡本歌織(next door design)装画/鎌田かまを

古矢永塔子

●こやなが・とうこ 1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業後上京し、IT系のプログラマーに。その後高知に移り住み、結婚。現在10歳の娘と7歳の息子の母。「高知出身の夫と大学で知り合って、ずっと東京と高知の遠距離恋愛でしたが、まだ結婚するかもわからないまま高知への移住を決めてしまって。私も桐子同様、大事な事をえいっと決めてしまう性格かもしれません」。昨年本作で第1回日本おいしい小説大賞を受賞し、デビュー。169㌢、B型。

味覚は人としての軸や自信に繋がるぶん人に否定されたり支配されるのは怖い

 山本一力、柏井壽、小山薫堂各氏を選考委員として新設された「日本おいしい小説大賞」。その第1回受賞者となった古矢永こやなが塔子氏にとって、「おいしい」とは?
「うーん。私はずっと夫や子供のために食事を作ってきたので、みんながそれをおいしいと言って食べてくれることが、自分が食べる以上においしくて満たされることかもしれません」
 受賞作も、第1話「鮭と酒粕のミルクスープ」から最終話「たっぷり山葵のみぞれ鍋」まで、心にも体にも優しい品々が各章題に並ぶ全7話仕立て。わけあって顔を隠し、横浜郊外の高齢者施設〈みぎわ荘〉で働く〈日向ひゅうが桐子〉28歳が、周囲に対して徐々に心を開き、自分を取り戻していく過程を、その折々に背中を押してくれた料理と共に描く。中でもみぎわ荘きっての不良老人〈匙田さじたさん〉が近所の居酒屋の厨房を借り、サッと作ってくれる料理のウマそうなこと! だがまさかその「おいしい」が 44歳差の恋に発展するとは、選考委員にも予想外だった!?

「私もさすがに72歳は無理があるかと思って娘に聞いてみたんです、『おじいちゃんより年上だけど、ヘン?』って。そしたら『イケメンなら関係ない』と、10歳の娘が即答でした!(笑い)」
 その娘にせがまれ、毎年彼女を主人公にした絵本を誕生日に贈ってきたことが、創作の原点だったという。
「ところが3年くらい前に、そろそろ自転車とかが欲しいと娘に言われてしまって(苦笑)。あーあ、もう物語は作れないのかという淋しさから、様々な賞に応募するようになったんです。
 私には特別な食材を使ったグルメ小説は書けないけれど、外食もせずに毎日食事を作ってきた経験自体は誇れるかもしれません。例えば桐子の祖母が昔よくお弁当にしてくれた〈菜の花そぼろと桜でんぶの二色ご飯〉は私も白身アレルギーの娘のためによく作りましたし、一話一話、料理とストーリーがほぼ同時進行で浮かんでいきました」
 とにこやかに話す彼女は、本書を単に心温まる物語にはしない新人作家でもある。外見にコンプレックスがある桐子にとって、従妹の〈麦ちゃん〉の紹介で始めた調理補助のパートはマスクと色眼鏡で顔を隠せる理想の仕事だった。だが新人アルバイトの〈墨田君〉の歓迎会に自分だけが招かれず、欠勤した調理師の代役にも人柄のいい墨田が選ばれるなど、これまで息を詰めて均衡を保ってきた職場での〈積み木の塔〉は崩壊しつつあった。
「彼女が外見のことで悩み、人間関係をこじらせていくこの冒頭の設定が、読者をいい意味で裏切る牽引力になっていれば嬉しいなあと。美醜も味覚に負けず劣らず曖昧な概念ですし、桐子がマスクの中の閉じた世界を飛び出すには、周囲の力や自分の力、そして食の力も必要な気がしたんです」
 そして川沿いのベンチで今日も1人、昼食のサンドイッチを齧る彼女に、〈あんた、今日は何時に上がりだい〉と声をかけてきたのが602号室の匙田さんだ。彼は近所のさびれた居酒屋〈やぶへび〉に桐子を案内し、店主の〈藪さん〉が軽く炙った酒粕を肴に一杯やる。そして〈泣きべそかいて震えてたから、ちょいとあったかいもんでも食わせてやろうと思ってよ。厨房借りるぜ〉と言って作ってくれたのが、酒粕嫌いの藪さんの孫〈祥太郎〉でも食べられる洋風スープ。その味わいは彼女が学校で苛められた日に祖母が作ってくれたおやつを思わせ、やがて桐子はここで彼らと過ごす間だけは素顔をさらせるようになっていく。
 父親を早くに失い、わけあって青森の祖母に育てられた桐子にとって、祖母の味は人としてのにも近い。だが彼女は、広尾に豪邸を構える医師一族出身の夫〈圭一〉にその軸を否定された上に、服装や行動まで管理されていた。実は昼食のサンドイッチも夫がSNS映えを意識して手作りしたもの。その断面の美しいサンドイッチ同様、お洒落で完璧な妻を演じさせられている彼女は、元々好きだった料理をする機会すら奪われたのだ。

誰と食べたかで味わいは変わる

「私も家族に『青森出身だから料理がしょっぱい』みたいに言われたらカチンとくるし、自分を全否定されたみたいで哀しくなる。まあそんな時は往々にして地方差より夫婦仲の問題なのかもしれませんが(笑い)。
 もちろん料理上手な夫の行動の何が悪いという人もいる。ただ味覚は人としての軸や自信にも繋がる分、それを人に支配される怖さもまたあって、そんな時、桐子ならどうするかなあと思って書きました」
 そんな食の持つ両面性にも果敢に目を凝らす彼女が、おいしさの表現で最も力を入れたのが料理名だという。
「結構おいしさの表現って種類が限られるんですよね。もちもちとかフワフワとか、口の中でトロける~とか。
 むしろお店のメニューの方が雄弁だったりするし、味自体を事細かに描写するよりは、字面から味や季節感まで想像できる『おいしそう』をめざしました」
 タイトルは鰯や鯵のような安い魚でも〈七度洗えば鯛の味〉という諺に因み、関東では鯉の味ともいう。要はおいしいものを食べるためなら手間を惜しまないのが人の業ともいえるが、人間関係もそう。祖母の死以来、連絡も取っていない母親や、夫との偽りの関係、そして匙田や祥太郎との関係など、何を大事に育てていきたいか、決めるのは桐子本人だ。
「桐子が夫との生活を捨て、匙田さんに走るのかとか、特に後半は私ですら想像しなかった展開もあります。彼女の性格だとここは言わない方がいいことも言うだろうなあとか、基本的にはキャラクターがストーリーを決めていきました」
 桐子に思い出の味があるように、匙田さんや藪さんや若い墨田君や麦ちゃんにすら忘れられない味はあり、それは二度と再現できないからいいのだという匙田のセリフがいい。〈食いたくて仕方がないのに二度と食えねぇ、二度と食えねぇのに思い出すたびにうまくなる、ってな。そんな料理のひとつもあった方が、男として箔がつくってもんよ〉と。
「食べ物って誰と食べたかでも味が違うし、全く同じ味は二度と味わえないんですよね。私も1人だと結構手を抜いちゃうんですけど、大事な人とおいしいものを食べる時間はこれからも大事にしたいなあと」
 まさに食を巡る一回性は人生の一回性にも繋がり、様々な発見や気づきにみちた、人と人の物語である。

●構成/橋本紀子
●撮影/田中麻以

(週刊ポスト 2020年3.13号より)

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