牧野愛博『韓国を支配する「空気」の研究』/自分たちの主張を信じる余り、反論には目を向けない国
海上自衛隊哨戒機への韓国海軍による火器管制レーダー照射、戦時中の徴用工・慰安婦への謝罪と補償要求など、昨今悪化する日韓関係。その原因は……。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
韓国を支配する「空気」の研究
牧野愛博 著
文春新書
900円+税
歴史的事実での反論にも聞く耳を持たない「確証偏向症」
二〇一九年の日韓関係は最悪だった。海上自衛隊哨戒機への韓国海軍による火器管制レーダー照射、戦時中の徴用工・慰安婦への謝罪と補償要求があった。韓国国会議長は平成の天皇を「戦犯の息子」呼ばわりし、「軍国主義の象徴」である旭日旗を掲げた海上自衛隊艦艇の入港拒否など、韓国側の行動と発言にその原因があった。
文在寅大統領の政治手法は、「敵」をつくり扇動することで国民の結束をはかるという「ポピュリズム」である。すでに多くの韓国人が観光旅行体験などで現実の日本を知っているはずなのに、「反日」気運は一挙に高まった。それは韓国人が社会の「空気を読んだ」からで、韓国社会は、おなじ傾向を持つ日本社会よりはるかに一色化されがちだ。
そのうえ、学生活動家のセンスのまま初老に至ったような文在寅にことに顕著な「確証偏向症」(自分の信念や主張を強く信じる余り、反論に関する情報に目を向けない傾向)が加わると、「歴史的事実」での反論に対しても「聞く耳を持たない」状態になる、と著者・牧野愛博はいう。
一九八〇年代以来、韓国大統領は退任後に逮捕されたり自殺したりと悲惨をきわめる。大統領権力に集中する利権の恩恵に浴したい家族・一族・郷党の行動が原因で、それと縁のなかったのは六〇年代から七〇年代まで、人権を抑圧しながらも韓国経済の底上げに成功した朴正熙だけである。
その昔、朴正熙を「軍事政権」「開発独裁」と非難・嫌悪してやまなかった朝日新聞、「旭日旗」を社旗としながら、やはり「確証偏向症」を病んでいた朝日新聞にも著者のような記者が出現したこと、そうして輸出制限で韓国の態度にはじめて強い違和の念をしめした日本、みな時代の移ろいであろう。
韓国は日本に「似ていて非」と知るべし、久しくそう戒められてきたが、私は不十分だと思う。韓国は日本とまったく似ていない。そういう認識から始めるべきだろう。
(週刊ポスト 2020年3.27号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
江戸と明治の狭間を描く旅日記『福島の絹商人、文明開化と出会う 明治六年の旅日記』
明治6年、福島のひとりの商家の若旦那がお伊勢参りの旅に出ます。そこで目にしたものは、江戸時代の色を残しつつ、文明開化に賑わう江戸時代と明治時代の端境期にある日本の姿でした。
-
今日の一冊
戸川 純『ピーポー&メー』/遠藤ミチロウ、久世光彦、岡本太郎らとの日々を綴るディープなエッ・・・
女優であり、歌手であり、作詞家でもある戸川純が、出会った人々とのエピソードを丁寧に綴ったエッセイ集。静けさをたたえた文体が、切なく胸にしみてきます。
-
今日の一冊
ポール・ロックハート著『算数・数学はアートだ!ワクワクする問題を子どもたちに』を森永卓郎が・・・
算数・数学を「アート」であると信じる著者。本書では、その本来の魅力を取り戻すための具体的な方法が提示されています。算数・数学嫌いになってしまった人も、「今からでもやってみようか」と思うかも知れません!
-
今日の一冊
小谷野敦著『反米という病 なんとなく、リベラル』のココが面白い!鈴木洋史が解説!
知識溢れる著者により繰り広げられるタブーなき論客批判の書。ココが面白い、というポイントを、ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します!
-
今日の一冊
『つかこうへい正伝1968ー1982』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】林 真理子『愉楽にて』
“素性正しい大金持ち”の生態と官能美を描き、今までにない大人の長篇恋愛小説を仕立てた林真理子氏。日経朝刊連載時から大きな話題を呼んだ本作で、男性読者も増えたそうです。
-
今日の一冊
「能」の凄さがわかる一冊『能 650年続いた仕掛けとは』
四度の変革を乗り越え、六百五十年もの歴史をもつ「能」。なぜ能はこれほど長い間愛され、生き残ることができたのか? その真髄がわかる入門書を関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】西尾潤『マルチの子』/ネットワークビジネスにハマる人々の心理をリアルに・・・
賢い姉と可愛らしい妹に劣等感を覚えて育ち、何をやっても続かない21歳の主人公。ある日、高額寝具を主に扱うマルチ商法に出会ってしまい……? 自身もマルチビジネスにどっぷりハマった経験がある著者が実体験を基に描く、戦慄のサスペンス!
-
今日の一冊
横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』/決して最初から「オンナは計算が苦手」というわけでは・・・
「女は理系が苦手なはず」「理系に進んでもいいことはない」……日本にはそんな知的な女性を好まない社会風土が残っていることを浮き彫りにする一冊。「女の子は文系で」と信じてきた人にとっては耳が痛いかもしれない本書を、精神科医の香山リカが解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】東海林さだお『ひとりメシの極意』
よくあるグルメ本と一線を画した、孤独とも孤高とも全く違うひとりメシの世界とは……。漫画家で名エッセイストの東海林さだお氏に、最新のエッセイ集について語っていただきました!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】長浦京『プリンシパル』/終戦直後の日本を「反社」の視点で活写する怒涛の・・・
日本が終戦を迎えた昭和20年、関東を牛耳る水嶽組の4代目が死去した。暴力と非道を常とする父を憎み、夜逃げ同然に家を出て教師として働いていた娘・綾女がその「代行」に就任するが……。政治や外交にも深く関与した時代の徒花の姿を描き、読者の心を抉る巨編!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】林真理子『私はスカーレットI』/名作『風と共に去りぬ』が現代に甦る!
林真理子氏が中学2年のときに読み、世界が変わるほどの衝撃を受けたという『風と共に去りぬ』。三人称で書かれた物語が、林氏自身の手でスカーレットの視点に大胆に書き換えられ、ふたたび現代に甦りました。
-
今日の一冊
春日太一『時代劇聖地巡礼』/時代劇の世界へファンをいざなうガイドブック
密談の場面によくつかわれる場所や、いろいろな番組で大名の江戸藩邸にされる寺、殺陣のシーンにうってつけな某寺の石段など、さまざまなロケ地をめぐる時代劇ファン垂涎のガイドブック!
-
今日の一冊
光成準治『小早川隆景・秀秋 消え候わんとて、光増すと申す』/関ケ原合戦で史上最大の「裏切り・・・
豊臣秀吉の親族でありながら、関ケ原合戦で徳川家康の軍に寝返った大名――小早川秀秋。そしてその秀秋を養子としていた小早川隆景。謎の多い父子の実像に迫る一冊です。
-
今日の一冊
『北園克衛モダン小説集 白昼のスカイスクレエパア』
-
今日の一冊
陰謀、裏切り、駆け引き……日本史における一大転換点の真相を知る/本郷和人『承久の乱 日本史・・・
「承久の乱」というワードは知っていても、その真相を知る人は実は多くありません。その理由のひとつは、戦闘があっという間に終わったから。しかし乱の本当の見どころは、その前段階である、政治家たちの駆け引きや陰謀にあるといいます。
-
今日の一冊
地球は12種類の土から成り立っている!『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』
泥炭土、ポドゾル、黒土、永久凍土……。スコップ片手に、地球上に存在する12種類の土をたずねあるく著者。「100億人を養う土壌」を見つけ出すことはできるのか? 土の可能性を探る良書。
-
今日の一冊
リチャード・パワーズ 著、木原善彦 訳『惑う星』/アメリカの近未来の透視図ともいえる話題作
二年前に妻を亡くした宇宙生物学者シーオと、その一人息子ロビン。心のトラブルを抱えるロビンは、母の旧友である脳神経学者のもとで実験的な〝治療”セッションを受けることになるが……。米文学の大黒柱のひとり、リチャード・パワーズの最新作!
-
今日の一冊
藤田 田『ユダヤの商法 世界経済を動かす』/47年の時を経て、読み継がれるベストセラー
47年前、日本マクドナルド社の創業者の手によって書かれ、ベストセラーとなった名著が新装版で復活。経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
近藤浩一路著『漫画 坊っちゃん』が鮮やかに描く人間群像。池内紀が解説!
漱石の『坊ちゃん』は、数多くの読者に愛読されている名作。この作品を、近代日本漫画の開拓者、近藤浩一路が漫画化。坊っちゃんの活躍や、登場人物とのやりとりが、絵と文を通じて楽しく展開される内容となっています。池内紀が解説!