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【著者インタビュー】知念実希人『十字架のカルテ』/精神疾患がある犯罪者の鑑定と治療実態に迫った精神医療ミステリー!

その罪はどこへ行くのか。誰がその十字架を背負うべきなのか――。精神疾患をもつ犯罪者の心の闇と向き合う医師たちを描く連作。著者・知念実希人氏にインタビューしました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

精神疾患がある犯罪者たちと正解のない問いに向き合う医師―「正確な鑑定」が暴く心の闇が読後も頭を離れない連作ミステリー

『十字架のカルテ』

小学館
1400円+税
装丁/川谷康久

知念実希人

●ちねん・みきと 1978年沖縄生まれ、東京育ち。東京慈恵会医科大学卒。内科医。勤務医を経て、現在は実家のクリニックを手伝う傍ら執筆。2011年「レゾン・デートル」で第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、翌年これを改題した『誰がための刃』でデビュー。『天久鷹央の推理カルテ』などの人気シリーズを持ち、本屋大賞にも3年連続でノミネート。今最も注目を集める作家の一人。169㌢、75㌔、AB型。

精神疾患を抱える者が犯した罪の行方を考えるための材料を物語を通じ提供した

 18年『崩れる脳を抱きしめて』、19年『ひとつむぎの手』、20年『ムゲンのi』と3年連続で本屋大賞候補に。また、最近は内科医として新型肺炎対応にも追われる知念実希人氏。新作『十字架のカルテ』は、精神鑑定の第一人者で光陵医大附属雑司ヶ谷病院院長〈影山司〉をホームズ役、彼の助手にわけあって志願した医局員〈弓削凜〉をワトソン役に、いわゆる〈触法精神障害者〉の鑑定や治療実態に迫った精神医療ミステリーだ。〈一、心神喪失者の行為は、罰しない。二、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する〉と定めた刑法39条の下、被疑者の精神状態や犯行時の責任能力に関して診断を下すのが鑑定医の仕事。だがよほどの大事件以外は30分程度の「簡易鑑定」が主流となるなど、時間も予算も十分といえないのが実情だ。
 影山は凜にこう釘を刺す。〈精神鑑定は割に合わない仕事だ。時間や手間もかかるし、触法精神障害者との接触はこちらも精神的に消耗する〉〈それを全て理解したうえで、君は精神鑑定を学ぶ覚悟があるんだな〉と。

「その疾患を引き起こした原因が何か、心の問題は因果関係を論理で説明できないだけに、ミステリーの題材として魅力的でした。
 私は今まで内科や外科等、いろんな医療小説を書いてきましたが、体ではなく心を扱い、治療上のアプローチも全く違う精神科は、読者にとっても発見が多く、誤解を恐れずに言えば興味深い領域、、、、、、なのではないかと思えました。
 その興味深い領域を面白い小説に書きたいというのが常に私の最大の執筆動機です。何か社会に対して問題提起したいとか、そんな下心は一切ありません。時間も忘れるほど夢中になれて読み終えた後も満足感がある、それが僕の理想とする小説であり、エンタテインメントなんです」
 第1話「闇を覗く」ではまず、日曜の白昼、新宿で男女12名を無差別に襲い、4人の命を奪った、〈白松京介〉の鑑定を影山が担当。逮捕後も支離滅裂な言動を繰り返し、簡易鑑定の結果、〈重度の統合失調症による妄想状態〉と診断が下った白松の〈本鑑定〉が自分に託された理由を、彼自身はこう分析する。〈検察にとって最も避けたいのは、起訴したにもかかわらず無罪判決が出て、世間から大きな批判を浴びることだ。そのリスクが大きいケースでは不起訴処分で済ませ、お茶を濁したい〉〈ただ、担当検察官が熱い男でね、どうにか起訴に持ち込みたいと息巻いている〉〈だから、私に鑑定依頼が来た〉〈私の鑑定が誰よりも正確だからだ〉
 が、そもそも数字で測れないのが心であり、影山はなぜそこまで自信が持てるのか―。本書は凜が彼の覚悟に触れ、鑑定医を志す契機となった9年前のある事件にも彼女なりの決着をつける、成長小説でもある。
「9年前に親友を殺した犯人を鑑定の結果不起訴にされた凜が、その時の犯人〈桜庭瑠香子〉と対峙する最終話は、自分でもなかなかよく書けたクライマックスだと思います。実際の鑑定医に聞くと、犯罪者に明らかに精神疾患が見られるケースもあれば、〈詐病〉が疑われるケースも結構あるらしい。同じ病名でも症状は人それぞれだったりしますし、いろんなパターンを全5話の中にちりばめていきました。そうして様々な角度から光を当てた方が、謎解き的にも深みが出ますから」

感情と理性では答えは違ってくる

 犯行後、なぜか中継カメラの前で実家の住所まで言ってのけた白松や、産後うつに悩み、生後間もない我が子を抱いてベランダから身を投げた母親。〈ぶっ殺してやる!〉と言いながら刺してきた弟には殺意があったはずだと、なんとしても弟を起訴に持ち込みたいエリートの姉〈沢井涼香〉など、人の心は表面から窺い知れないだけに事態は二転三転。そんな中、性的虐待を繰り返す実父を16歳の時に殺し、9年前には凜の親友を殺して〈解離性同一性障害〉すなわち多重人格と診断された瑠香子が今度は同僚を殺害。凜はその憎き相手の鑑定にも助手として立ち会うことになるのだ。
 精神疾患が文字通り疾患、、であり、治療も可能な以上、人知れず怯え、苦しんでいる人々の存在にいかに気づき、〈意に沿わない犯罪〉を未然に防ぐかを社会のシステムとして構築したいという影山。一方、統合失調症だけでも有病率が1%もある精神疾患を〈穢れた血〉などと嫌悪し、無知を差別や偏見に変える人々。また精神疾患による犯罪は罪に問えないと頭ではわかっていても、〈その罪はどこに行ってしまうのだろう〉〈誰がその十字架を背負うべきなのだろう〉と心では思ってしまう被害者側の心理もじつによくわかり、簡単には答えが出ない中、行き場を失った懲罰感情があらぬ悪さをするのも事実だ。
「仮にその罪が、幼い頃から虐待を受け、それを複数の人格に分散させる形で生き延びてきた桜庭瑠香子の副人格が犯したものだとして、主人格に罪はないかというと、感情と理性では答えが違ってくるとは思う。国も司法も誰も考えてくれないその答えは個人個人が考えていくしかなく、そのための材料を僕は物語を通じて提供しただけです」
 遺族の悲しみを増幅させることも多い精神鑑定は、では何のためにあるのかと問われ、〈社会のためだ〉と即答する影山の過去に何があったかは、結局謎のまま。だがどんなに覗いても底が知れない人間の闇の深さと、「事例の蓄積」の力を信じて診断を積み重ねる医療者たちの途方もない残像が、少なくとも無知に安住したままでいることを許さないのは確かだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/田中麻以

(週刊ポスト 2020年3.27号より)

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