『FIFA 腐敗の全内幕』
【書闘倶楽部 この本はココが面白い①】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
身の危険を感じながらも
執念で暴いた「サッカー界の闇」
『FIFA 腐敗の全内幕』
アンドリュー・ジェニングス著
木村博江訳
文藝春秋
本体1600円+税
Andrew Jennings(アンドリュー・ジェニングス)
1943年イギリス生まれ。調査報道の専門家として新聞、ラジオ、テレビで活躍し、ロンドン警視庁の汚職、イタリアマフィアの犯罪などを暴く。著書にサマランチ元会長らIOCの汚職を追及した『黒い輪』(共著。光文社)など。
2015年5月、FIFA(国際サッカー連盟)本部のあるチューリッヒで、アメリカ司法当局の要請を受けたスイス当局がFIFAの最高幹部7名を逮捕した。容疑は1億5000万ドルの横領。その後、ブラッター会長の不正疑惑も明るみに出て、事実上の解任状態に追い込まれた。世界を揺るがすその事件の火付け役となったのが、10年以上FIFAの不正を追及してきた本書の著者だ。3年余り前、FBIから協力を依頼されて機密資料を提供すると、それがきっかけで決定的な証拠を摑む囮捜査が始まったのである。
著者の調査の集大成である本書は、違法宝くじによって一大犯罪帝国を築いたリオのドンから、ブラジル人の前会長アベランジェが受けていたヤミ献金の話から始まる。前会長は年に5回以上リオとチューリッヒを往復したが、帰りにはいつもアタッシュケースが金塊で一杯になった。外交パスポートを持ち、荷物はノーチェックだったのだ。部下としてそのやり口を学んでいたのがブラッターである。06年のW杯開催地が土壇場でドイツに決まった裏で25万ドルが動いたこと、W杯のチケットの4割が非公式ルートに流れてFIFA幹部が甘い汁を吸っていること、さらにはブラジルサッカー連盟会長が軍事政権時代のジャーナリスト虐殺に関与していたことなど、本書は次々と〈世界で最も愛されるスポーツを乗っ取った犯罪組織〉(=FIFA)について衝撃的な事実を暴露していく。
あまりの腐敗に絶望的な気分にもなるが、FIFAに調査の邪魔をされ、ときに身の危険を感じながらも、追及をやめなかった著者の勇気、執念、タフネスさに感銘を受ける。
(SAPIO 2016年1月号より)

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