田中輝美『すごいぞ!関西ローカル鉄道物語』/この本は関西文化を知るための有力な手がかりとなる
地方新聞記者出身の女性ライターが、関西の二府三県・十一私鉄を、乗客目線での観光案内に重心を置きつつ紹介。黒田一樹氏の先行書『すごいぞ! 私鉄王国・関西」とあわせて、関西の文化を知る有力な手がかりとなる一冊です。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
すごいぞ!関西ローカル鉄道物語
田中輝美 著
140B
1800円+税
乗客目線で、多彩な私鉄の観光案内に重心を置く
ローカル鉄道とは、要するにイナカの私鉄のことだ。そのうち関西二府三県、十一私鉄を紹介するのは地方新聞記者出身の女性ライターである。
イナカの私鉄といってもさまざま、営業区間69・6㎞、年間乗客数5828万人の神戸電鉄から、わずか2・7㎞、10万7千人の和歌山県
神戸・新開地から六甲山系の裏側に向かう神戸電鉄有馬線は、有力な通勤・生活路線なのに50パーミル(1000m進むうちに50m登る)という登山電車並みの勾配を持つ。電気制動をかけながらの下りは、まさに「
紀州鉄道の短さは異例中の異例、これで経営が成り立つかといえば、成り立たない。電鉄会社の看板が欲しい不動産会社が買い取った。だから赤字でも構わないということらしい。
ほかに、ほとんど路面電車の阪堺電車、京都の叡山電車、京福電気鉄道、鉄道インフラと電車運行を「上下分離」、別会社で経営する京都丹後鉄道、ネコの「たま駅長」で知られた和歌山電鐵などがあるが、人口減少と高齢化に苦しむのはどこも同じ、十一社中半数はバスへの転換が妥当な段階に入っている。しかし著者は、工夫と努力で延命をはかるローカル鉄道に意地でも肩入れしたいようだ。
「帝都」東京に対して、大阪は五大私鉄だけで全長1000㎞もの線路を誇る「民都」だ。彼らの旧国鉄への強烈な対抗意識こそが京阪神発展のエンジンだった。その五大私鉄に関する本格的先行書『すごいぞ! 私鉄王国・関西』があるが、著者黒田一樹は2016年の刊行直後、44歳で病没した。この本に刺激を受けた田中輝美だが、「鉄分」ではとても黒田にかなわないと見切って、乗客の立場での観光案内に重心を置いた。
東日本人にとって、関西は言葉の通じる異文化である。大阪の版元140Bのこの2冊は、関西文化を知るための有力な手がかりとなるだろう。
(週刊ポスト 2020年5.8/15号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
昭和を代表する男を選ぶ!『昭和の男』
半藤一利と阿川佐和子が、八人の「昭和を代表する男」を選び、その生き様を語り合います。ふたりがそれぞれ、独自の観点で選んだのは……?
-
今日の一冊
評論家・西部 邁の最期の著作『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』
保守派の評論家である西部邁氏が、保守の真髄を語る一冊。2018年1月に多摩川で自死を遂げ、最期の書となりました。著者が亡くなる直前の2017年12月に書かれた書評を紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】桜木紫乃 『緋の河』/「女になりかけ」と綽名された少年の、美しい人生
昭和17年、昔気質な父と辛抱強い母の間に生まれたヒデ坊こと秀男は、無骨な兄よりも姉と遊ぶのが好きで、きれいな女の人になりたかった――カルーセル麻紀氏をモデルとして描く、壮麗なエンターテインメント小説!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】酒井順子『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』/SNSによって変化した、・・・
かつてはおおいに恥じらいをもち、「自慢」を恥じていた日本の文化。SNS時代のいま、その感覚が激変していると酒井順子氏は語ります。
-
今日の一冊
中国で1500年以上にわたって書かれつづけた、シュールな怪異譚集/井波律子『中国奇想小説集・・・
冥土の役人に袖の下を渡すため「金の腕輪をつけてくれ」と遺体が起きあがる……。書生が若い女を口から吐き出し、さらにその女が若い愛人を吐き出す……。シュールで奇想天外な、中国古代の怪異譚集!
-
今日の一冊
大野裕之『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』/ミッキーマウスのモデル・・・
1932年に出会い、互いに影響を受けあっていたというチャップリンとディズニー。エンタメ界の歴史に名を刻んだふたりの天才の、知られざる深い関係にスポットを当てた新書です。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】外山滋比古『老いの整理学』
220万部を突破した空前のロングセラー『思考の整理学』と、その老年版である『老いの整理学』の著者、外山滋比古氏にインタビュー。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】山村美智『7秒間のハグ』/元祖ひょうきんアナが向き合った心身の空白
「オレたちひょうきん族」の元祖ひょうきんアナとして知られ、現在は女優として活躍する著者が、フジテレビの名物プロデューサーであった亡き夫との絆を綴ったエッセイ。「大切な人との時間は1分1秒も軽んじてはいけない」との言葉に強い説得力があります。
-
今日の一冊
国民を自ら動員させた『大政翼賛会のメディアミックス 「翼賛一家」と参加するファシズム』
日米開戦のちょうど一年前に仕掛けられた、「翼賛一家」というまんがキャラクターのメディアミックス。人気まんが家から若手までが一斉に新聞雑誌に多発連載し、大衆が動員された参加型ファシズムとは……。著者自らによる書評。
-
今日の一冊
吉田伸之『シリーズ三都 江戸巻』/さまざまな角度から江戸の発展を探る
今日まで江戸・東京の繁栄を支え続けてきた、品川と浅草。なかでも品川は、江戸の近郊地として行楽・遊興の場となった一方で、御仕置場などの負の側面を担う境界地域でもありました。江戸という都市の発展を、さまざまな角度から探る論集!
-
今日の一冊
佐藤愛子『晩鐘』は長く生きる寂寥の日々を綴った最後の小説
『九十歳。何がめでたい』がベストセラーである著者が、今は亡き元夫や仲間と過ごした喜怒哀楽、長く生きる寂寥の日々を万感の思いを込めて綴った「最後の小説」。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】伊岡瞬『仮面』/外見や肩書からは窺い知れない人間の本性に迫る
読字障害を持つ美形の社会福祉評論家や、テレビ業界の暗部に切り込む週刊誌の記者など、総勢7人の視点から語られるクライムミステリー。「どんなに親しい人でも、心の中のすべてを覗き見ることはできない」ことを感じ取ってほしいと、著者の伊岡氏は話します。
-
今日の一冊
加藤秀行著『キャピタル』著者インタビュー!
資本主義の憂鬱をリアルかつスタイリッシュな文体で描き、真実を突き詰める一作。創作の背景を、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
逆境から這いあがったJR九州の奮戦記『新鉄客商売 本気になって何が悪い』
厳しい赤字経営状況から、九州新幹線全線開通をはたし、大評判の「ななつ星」を作り上げたJR九州。快進撃をつづける経営者の信念が伝わる一冊を紹介します。
-
今日の一冊
ソン・アラム 著、吉良佳奈江 訳、町山広美 解題『大邱の夜、ソウルの夜』/韓国で生きる女性・・・
自分らしく生きたい。そう思ってがんばっても、女性たちは地元や家族や世間の目に縛られ、なかなか自由に羽ばたけない――韓国のみならず、全世界の女性の共感を呼ぶマンガ!
-
今日の一冊
ペーター・シュタム著『誰もいないホテルで』は現代社会からはずれた静けさが魅力。川本三郎が解・・・
湖と丘陵の土地に暮らす人々に訪れる、孤独の瞬間。静けさがこの短篇集の一番の魅力。繊細で、簡潔な訳文が秀逸な、世界で愛読されるスイス人作家による10の物語を、評論家の川本三郎が解説します。
-
今日の一冊
『おひとりさまの最期』
-
今日の一冊
荒木一郎著『まわり舞台の上で 荒木一郎』が記す活動の軌跡。平山周吉が解説!
多才な顔を持つ、荒木一郎。歌手、俳優、作曲家、小説家、プロデューサーなど、その活動は幅広く、破天荒なもの。活動の軌跡と、人生の明暗を語る一冊を、平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
絵は、ただ感じるだけでいい『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』
「美術は教養」と身がまえ、難しく考えがちな人におすすめ! 日本を代表する美術評論家である著者が、肩の力が抜ける〝作品との接し方〟を教えてくれます。
-
今日の一冊
三羽省吾著『ヘダップ』が描く鮮やかな青春群像!著者にインタビュー!
考え、悩みながら前に進む18歳の桐山勇。汗と涙にまみれ成長する勇の姿には思わず目頭が熱くなります。慣れない新天地での生活に揺れる勇には、誰にも言えない過去が...。みずみずしい青春を描いた一作の、創作の背景を、著者にインタビュー。