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インゲ・シュテファン 著、松永美穂 訳『才女の運命 男たちの名声の陰で』/才能に溢れながら、歴史の影に隠れた偉人の妻たち

マルクスやアインシュタインの妻たちは、実は子ども時代から将来を期待されていた才女でした。しかし、結婚後は自身の夢を追うことが許されず……。賢妻と呼ばれた彼女たちは、はたして幸せだったのでしょうか。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
香山リカ【精神科医】

才女の運命 男たちの名声の陰で

インゲ・シュテファン 著
松永美穂 訳
フィルムアート社
2000円+税
装丁/名久井直子

将来を期待された女性は「偉人の妻」として幸せだったのか

 日本でも「内助の功」という言葉は、女性への最大限のほめ言葉とされる。社会的に活躍する夫の陰で家事や育児をこなし、時には秘書やマネージャー役もつとめる〝理想の妻〟。「ウチの家内もそのタイプかな」と思っている男性には、ぜひ本書をおすすめしたい。
 ここで取り上げられているのは、マルクスやアインシュタインなど偉人の妻だ。賢妻という以外、ほとんど知られていない彼女たちだが、実は子ども時代からいろいろな能力を発揮し、とくに父親からは将来を期待された才人だった。夫になる男性も、そんな才能にひかれて彼女にプロポーズする。 
 しかし、いったん結婚すると対等な関係は一変する。作曲家のシューマンは、音楽家として活躍していたクララと結婚するとき、今後は自分の姓を名乗るように勧め、その後も妻のコンサート成功に喜ぼうとしない。著者は言う。「成功した妻への嫉妬、自分がダメになってしまうのではないかという不安、昔ながらの男女の役割にはまらないことから生じる葛藤、妻への依存……。」それでもクララは演奏を続けるが、その精神は次第に不安定になっていく。
 一方、優秀な書き手であったマルクスの妻や科学者であったアインシュタインの妻は、結婚後、自分の仕事をあきらめ、内助の功に徹する。そうすると世間からは賢妻などと言われるが、はたして本人たちは幸せだったのか。逆に、高名な神学者カール・バルトに公式の場でも研究のパートナーとして謝辞を送られたキルシュバウムのような女性もいるが、彼女は生涯、バルトの妻にはなれず、なんと彼が家族と暮らす家の納屋で仕事に専念し続けた。
 いまはずいぶん状況が変わり、活躍する妻を支える夫もめずらしくなくなった。それでもまだ自分を犠牲にして夫に尽くすのが〝妻のかがみ〟と思っている男性もいるはずだ。あなたは妻を、本書に出てくる「自分の夢や能力を押し殺して生きた女性たち」のようにしていないか。「耳が痛い」などと言わずにぜひご一読を。

(週刊ポスト 2020年7.3号より)

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