巴特尓『内モンゴル近現代史研究 覚醒・啓蒙・混迷・統合』/民族の誇りと実存をかけた難しい選択に挑戦するモンゴル人
1911年のモンゴル独立宣言に入らなかった内モンゴルは、独立と高度自治と自治のいずれをとるべきなのか――モンゴル民族の誇りと実存をかけた難しい選択に挑戦するモンゴル人指導者や民衆の姿を、歴史と国際関係の中で描いた力作。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
山内昌之【武蔵野大学特任教授】
内モンゴル近現代史研究 覚醒・啓蒙・混迷・統合
多摩大学出版会
2800円+税
国際社会の干渉に翻弄される自国の独立と自治を巡る歴史
中国は14ヶ国と国境を接する大陸国家であり、2013年から着手した「一帯一路」という広域経済圏の戦略構想を推進している。このデザインに連なる中国の辺境経済圏と東北アジア経済圏の二つに重なるのがモンゴル国と内モンゴル自治区である。1911年のモンゴル独立宣言に入らなかった内モンゴルで繰り広げられた民族運動は、中国国民党・中国共産党・ソビエト=ロシアそして大日本帝国と関東軍という多彩な政治アクターの関与と干渉に翻弄された。複雑な状況下の内モンゴルは、独立と高度自治と自治のいずれをとるべきなのか。本書は、モンゴル民族の誇りと実存をかけた難しい選択に挑戦するモンゴル人指導者や民衆の姿を歴史と国際関係の中で描いた力作である。
1920年代に入ると内モンゴルといっても、中華民国の熱河省と重なる2盟・20旗の実在する区分は無視され、モンゴル人の土地に漢族農民が開墾入植してモンゴルの王公も「巨戸」にすぎなくなった。盟・旗のモンゴル統治と省・県の行政権をいかに共存させるのか。この難問解決は、モンゴル人の側に新旧の王公対立を引き起こした。その分裂に中華民国や関東軍が介入する隙を与えたのである。そのなかで注目すべきリーダーは、徳王(デムチュグドンロブ)であった。
日本の敗戦、ロシアの意を受けたモンゴル人民共和国の思惑、中国の国共内戦など、歴史のめまぐるしい変動によって、徳王も内モンゴルも政治の激しい嵐に翻弄され続けた。とはいえ、まがりなりにも日本に認めさせた内モンゴルの自治権を共産党は無視できなかった。
著者は、内モンゴルの民族運動の各段階で近代的な思想と知識に触れたモンゴル人知識青年の役割を重視する。彼らの多くは日本を留学先として選んだが、これは奇しくも現代日本のモンゴル人留学生の状況と一致しているというのだ。日本と日本人が内モンゴルの経済や文化に対して、何がしかであれ貢献できたとすれば喜びこれにすぐるものはない。
(週刊ポスト 2020年7.3号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
谷田博幸『国家はいかに「楠木正成」を作ったのか 非常時日本の楠公崇拝』/戦時下メディアミッ・・・
昭和十年の「大楠公六百年記念祭」のタイミングで、菊池寛、直木三十五、大佛次郎、武者小路実篤ら人気作家たちが続々と「太平記」「楠公」をモチーフにした作品を上梓。さらに雑誌の特集や新聞記事なども連動し、国家をあげて集中的に「楠木正成」のメディアミックスが展開された、その背景は……。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】原田宗典『〆太よ』
阪神淡路大震災やオウム事件の起こった1995年前後を舞台に繰り広げられる、ジャンキー小説にして、極上の恋愛・青春小説! 構想20年の創作背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
溝口敦著『闇経済の怪物たちグレービジネスでボロ儲けする人々』に見る闇社会の経営哲学とは。岩・・・
グレービジネスの勝者と呼べる人物が多数登場する一冊。法律スレスレの世界で暗躍するグレーゾーンの企業家たち。彼らの知られざる実態やその経営哲学に、極道取材の第一人者が迫る…!ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】峯村健司、小泉悠、鈴木一人、村野将、小野田治、細・・・
ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃といった衝撃的な事件が次々に起きた2022年。大きな歴史の分岐点に立つ私たちはいま、何を考え、どう処すべきなのか? その手がかりとなる1冊を紹介するスペシャル書評! 第1冊目は作家・嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
【2020年の潮流を予感させる本(6)】志垣民郎 著、岸 俊光 編『内閣調査室秘録 戦後思・・・
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第6作目は、コンピューターが発達することでデタラメな歴史も増えるなか、とても正確な史料を記す一冊を紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】木下半太『ロックンロール・トーキョー』/才能と運だけがモノを言う東京で・・・
『悪夢のエレベーター』シリーズが累計90万部を突破し、小説家として成功しながらも、映画監督になるという夢を追い続けた木下半太氏。その自伝的小説執筆の背景を訊きました。
-
今日の一冊
酒の飲み方に見る、学者たちの資質『京都学派 酔故伝』
京都大学の人文学をになった学者たちの、酒の飲みようや酒席での振る舞いに焦点をあて、彼らの資質を書きとめようとした本。井上章一が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』/ベストセラー『82年生まれ、キ・・・
『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめ、注目の韓国文学作品を次々と翻訳する話題の著者にインタビュー!
-
今日の一冊
迷える青春群像が大人になった姿『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』
主人公は大正から昭和の途中まで「青春のバイブル」とされていた『三太郎の日記』の著者・阿部次郎。栄光を手にしたあと、徐々に負け組になっていく阿部の波乱万丈な人生を記した評伝を紹介します。
-
今日の一冊
新興IT会社の実態とは?『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』
ニューズウィークをリストラされ、新興IT企業に再就職した著者。ところが、この会社がとんでもない代物だった――。新興ITと株式上場の闇に光をあてたノンフィクション。
-
今日の一冊
【2022年「中国」を知るための1冊】譚璐美『中国「国恥地図」の謎を解く』/中国が列強に盗・・・
なぜ中国は、帝国主義的膨張をためらわないのか? 北京オリンピックの開催を控え、その動向がますます注目される隣国、中国を多角的に知るためのスペシャル書評! 作家・関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】三橋順子『歴史の中の多様な「性」 日本とアジア ・・・
LGBT+を擁護する声がますます高まるなか、対応が遅れていると思われがちな日本。しかし実は、西洋化する前の日本では同性愛がひろく受け入れられていた――そんな「性」に関する歴史を丁寧にときほぐす一冊! 国際日本文化研究センター所長・井上章一が解説します。
-
今日の一冊
國松淳和『仮病の見抜きかた』/医療現場の“嘘”を暴く、小説仕立ての医学書
原因がわからず、仮病と見えたその背後に珍しい感染症が隠れているのを発見したり、逆に奇病としか思えない症状が、サプリメントの過剰摂取によるものであることに気づく……。10篇のショートストーリーから成る、新しい医学書!
-
今日の一冊
田内 学『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識の・・・
経済学が苦手な人にこそおすすめ! なぜ日本の財政が破綻しないのかを国立競技場を作る事例で説明するなど、経済学を一切使わずに、経済の本質をわかりやすく解明する入門書です。
-
今日の一冊
忘れてはいけない「平成」の記憶(13)/與那覇潤『知性は死なない――平成の鬱をこえて』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
躁うつ病(双極性障害)と診断された著者による闘病記は、とうてい他人事ではないスリリングな本で、平成という時代の本質を衝いている――と、作家・関川夏央は語ります。 -
今日の一冊
自裁を遂げた西部邁の絶筆『保守の遺言 JAP.COM衰滅の状況』
1月21日にこの世を去った保守派の評論家・西部邁氏が、自裁する前に言っておきたいことを、すべてつめこんだ書を紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】中山七里『護られなかった者たちへ』
仙台市の福祉保健事務所職員と現役県議が、全身を縛られたまま放置され、餓死させられた――。驚愕の連続殺人事件を軸に展開する物語。単に犯人探しを目的とするのではない、社会派ミステリーの傑作!
-
今日の一冊
有田芳生『改訂新版 統一教会とは何か』/元信者たちの生々しい手記が収録された、統一教会問題・・・
1992年に、女優や歌手として活躍していた桜田淳子がソウルでの「国際合同結婚式」に参加したことで、世間から注目を集めた統一教会。以降30年間にわたって営々と続けられていた「詐欺商法」や、与野党の議員たちとの関係など、統一教会問題に鋭く切り込む一冊を紹介します。
-
今日の一冊
オルダス・ハクスリー著『すばらしい新世界[新訳版]』はすべてのディストピア小説の源流。鴻巣・・・
すべてのディストピア小説の源流であり、不朽の名作の、新訳版。テクノロジーの的確な予言とは?翻訳家の鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
手塚治虫『ママー探偵物語』/“戦時下のこども”としての手塚治虫の姿を滑り込ませた習作
手塚治虫が10歳から16歳までに描いた作品を収録した貴重な一冊。まんが原作者の大塚英志が解説します。