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小村明子『日本のイスラーム 歴史・宗教・文化を読み解く』/2010年代から取り沙汰されだしたハラール食

ムスリムの食習慣になじむとされた食材・料理「ハラール」。日本でも2010年代から注目されており、イスラームは私たちの身近な存在となりつつあります。日本で暮らすムスリムについて、もっと知りたい人におすすめの一冊。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター所長】

日本のイスラーム 歴史・宗教・文化を読み解く

小村明子 著
朝日選書
1500円+税
装丁/柳沼博雅(GOAT)

ハラール食への関心をかきたてるのは労働問題でなく観光

 ハラールとよばれる食べ物がある。ムスリムの食習慣になじむとされた食材や料理を、そう名づけている。ほんらいは、「許容される」というほどの意味合いになる。非ムスリム圏の日本では、食事に特化してこの言葉をつかっている。ムスリムにも「許容される」食べ物という意味合いで。
 反対の「禁止される」ことはハラームと言われる。これが英語のハーレム(harem)になった。日本語も、こちらをうけいれている。もっぱら、おおぜいの女性をかこった後宮という含みで、つかわれてきた。「許容」は食い物で「禁止」は女。日本のアラビア語受容は、なかなかあじわいぶかい。
 日本でハラール食がとりざたされだしたのは、二〇一〇年代からである。いわゆるインバウンド対策として、注目されるようになった。インドネシアやマレーシアなどから、おおぜいのムスリムが日本へやってくる。そんな観光客に、安心して食事をたのしんでもらおうという配慮のたまものではあった。現政権の観光立国という方針によっても、関心はあおられていただろう。
 二〇世紀までの日本が、ムスリムをうけいれていなかったわけではない。旧大日本帝国は、領土的な野心もあって、接点をもつようつとめている。一九八〇年代以後の経済界は、労働力確保のために、ムスリムの流入をあとおしした。不況の時は解雇にふみきれる働き手として。中年以上の読者はおぼえているだろう。バブルの崩壊で職にあぶれたイラン人たちが、代々木公園にむらがった光景を。
 モスクは二〇世紀の前半期からできだしていた、その後半期には、ムスリムの支援をこころがける諸団体も、設立されている。しかし、ハラール食は、ようやく二一世紀になって浮上しはじめた。食生活への関心をかきたてるのは労働問題でなく観光だと、かみしめる。
 日本での滞在資格を延長する。その都合で、日本人女性との結婚をあせる男たちへの取材は、おもしろい。彼らと所帯をもち、改宗した女たちの談話も、読ませる。

(週刊ポスト 2020年7.31/8.7号より)

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