片岡喜彦『古本屋の四季』/本好きの夢を叶えた! 古本屋の店主としての日々
定年退職後、古本屋を開くという夢をかなえた著者。あえて労働運動や社会思想の本を並べ、商いは厳しいながらも、客との会話は楽しい――そんな古本屋の日常を綴ったエッセイです。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
川本三郎【評論家】
古本屋の四季
片岡喜彦 著
皓星社
1800円+税
装丁/藤巻亮一
値引きを諭す良客との会話も楽しむ「人間好き」店主の記
本好きは誰でも一度は古本屋を開いてみたいと思うもの。しかしそれを実行する人は少ない。
著者は定年退職後、三〇代の頃の夢を実現させ、神戸市に小さな「古書片岡」を開いた。商いは正直厳しいが、何より本との暮しは楽しくこの五月で十年を迎えた。
最近多いサブカルチャー系ではなく固い労働運動、社会経済思想の本を並べる。女性客に「むつかしい本ばかりや」と言われても気にしない。
労働運動の専従の仕事をしていたからこの分野に強い。開業に当って先輩に「店主の好きな本を取りあつかうことが、客を呼び客に評価されることになる」といういい助言をもらい、それに従った。
その店主の心意気に惹かれ『共産党宣言』の朗読会を店で開きたいという客も現われる。
著者は本好きであると同時に人間好き。客との会話を楽しむ。
ある時、彫刻家の佐藤忠良の写真集を手にした客がいた。値が張るので「喜ばれる人の手元に行けば、本も幸せでしょうから安くします」と言うと、その客は諭した。
「あなたの(尊敬する経済学者)向坂(逸郎)先生はぶれなかった。一度つけた値に自信を持ちなさい」。いい客だ。
珍しい収集家もやってくる。絶版になった保育社のカラーブックス。出点数約九百冊のうち未収集は二百冊を切った。こういう客は、店主として大事にしたい。
庭師や僧侶もやってくる。時には小学生の子供が来て『フグはなぜ毒で死なないか』を手に取る。思わず親切に声を掛ける。
高齢化社会になって本を整理する人が増えた。長年の愛書を手放す老人たちの悲喜こもごもが泣かせる。「蔵書一代」という。自分の本は、次の世代にまで持越さず自分で整理しなければならない。
本が次第に読まれなくなった時代。売上げゼロの日が年に何日もある。つい店を閉じようかと弱気になると奥さんは言う。
「古本屋をやめたら、ボケるから続けたら。費用はなんとかなるよ」。頼もしい。
(週刊ポスト 2020年7.31/8.7号より)

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