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【著者インタビュー】南 杏子『ブラックウェルに憧れて』/女性医師たちが直面する不条理に立ち向かう!

女性医師たちが、現実の厳しさにくじけそうになりながらも、懸命に我が道を探る感動作! 現役医師として現場を知っているからこそ、圧倒的なリアリティーをもって現代医療のあり方を問い続ける著者・南杏子氏にインタビュー。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

女性医師はなぜ入試でも現場でも別と戦わねばならないのか――話題作連発の現役医師が紡ぐ切実な人間ドラマ

『ブラックウェルに憧れて』

光文社
1500円+税
装丁/鈴木久美 装画/しらこ

南 杏子

●みなみ・きょうこ 1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒業。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入し、卒業後、都内大学病院老年内科や終末期医療専門病院で勤務する。小説教室で執筆の楽しさに目覚め、講師だった五十嵐貴久氏、根本昌夫氏らのもとで学ぶ。2016年『サイレント・ブレス』でデビュー。18年に刊行した『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』は現在NHKにてドラマ放映中。他の著書に『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』『いのちの停車場』がある。161㌢、A型。

人間的な医療をするために積んだ経験を公平に判断できるシステムになればいい

 モンスター・ペイシェントや経営優先の病院方針に悩まされる女性医師が、患者との信頼について葛藤する『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』が、現在、NHK「ドラマ10」で放映中。今年5月に出版した『いのちの停車場』は、故郷に戻り訪問診察医になった女性医師が、老老介護やセルフネグレクトなど深刻な状況を前に医療や人生の意味を考える作品で、早くも映画化が決定している。
 次々と話題作を発表している南杏子氏は、終末期医療に携わる現役の医師でもある。最新刊『ブラックウェルに憧れて』では、東京の医科大学で長年教鞭を執ってきた女性教授と4人の教え子が、女性として日々直面する不条理に立ち向かう。女性医師たちが現実の厳しさにくじけそうになりながらも懸命に我が道を探り、希望を見出す感動作だ。

 プロローグで、〈中央医科大学〉の女性教授・城之内泰子に、記者がつめ寄る場面が描かれる。複数の大学の医学部で長年、女子受験生や浪人生に対し不適切な減点が行われていた事件が発覚したのだ。現実においても、2018年に同様の不正入試問題が明るみに出て、社会に衝撃が走った。
「医師の男女比が不均衡なのは誰が見ても明らかですし、医学部の不正入試は、大学や病院にいる者なら『そんなことだろうと思った』と感じる出来事でした」
 ようやく明かされた不正問題だが、南氏は、この騒動を糾弾するつもりで書いたわけではないという。
「むしろ私を含め、働く女性たちの生きづらさや違和感はどこから来るのだろうと。自分を見つめ、4人の女性医師それぞれに何かを託すような気持ちで、書いては直し……。それこそ10年ぐらいかけて大事に作ってきた人物たちなんです」
 いまは女性医師として活躍する長谷川仁美、坂東早紀、椎名涼子、安蘭恵子の現在と、彼女たちが医大生だった20年前、2つの時空を行き来しつつ、物語は進む。解剖学教室で同じ班になった縁で、卒業後も連絡を取り合う仲だが、いまの境遇や立場はみな違う。
「働く女性のモデルケースを挙げたというより、それぞれ私の心に刺さったエピソードを組み合わせて、4人を肉付けしました」
 未婚の仁美は白内障手術にかけては医局内随一の腕を持つ眼科医だが、これ以上の出世はできない現実を突きつけられる。シングルマザーの早紀は、認知症の父の介護が加わり、循環器内科医からフリーランスの健診医に転身せざるを得なかった。救命救急医にやりがいを感じていた涼子は、エスコートドクターという新しいミッションを宛がわれて戸惑い、恵子は新生児科副部長としてひとりで責任を背負い込み過ぎて周囲から孤立したことも。そこに重なる、結婚や家庭不和などプライベートの悩み。男性医師にももちろん仕事上の障壁はあるのだろうが、女性が女性というだけで背負う困難の大きさはあまりに痛切だ。
「医療現場って徒弟制みたいなところもあるので、男性の先輩医師が上にいれば、部活の後輩に対するような感覚で男性を引き上げたがる。一方、女性医師に対しては『妊娠出産などで戦線離脱する人は、うちには要りません』という空気がありありとある科もあって、私も〝期待されていない感〟は半端じゃなかったです(笑い)。でも大事なのは、患者さんにとって最良の医療、人間的な医療ができる医師になること。長期的に見れば、子育てや介護での離職も、研究のための留学も、戻ってきたときにひとつの経験として医療のパフォーマンスに結びつけられれば、同じはずなんです。そういうところを公平に判断してもらえるようなシステムになればいいですよね」

若い世代の息苦しさを汲む役目

 脳そのものには器質的な性差はないという事実を誰よりも知る医師たちが、性差を盾に差別する/されるのは矛盾以外の何ものでもない。まして、建前は平等でも、取り巻く環境に少しでも差別があれば、何かにチャレンジしようという気力そのものも削がれる。
 もっとも、女性医師差別は医療界だけの問題ではない。「女性医師の方が男性医師よりも患者の死亡率や再入院率が低い」という論文が世界でいくつも出ているにもかかわらず、担当医が女性だと「頼りない」「不安だ」という意識は、患者側にもいまだに残る。
「そんな世の中での解決ってなんだろうなと。一足飛びに社会が変わることは考えられないから、ならば女性側が生き方そのものを見直すことで活路を見出す、明るいエンディングを目指そうとは考えました」
 その4人をつなぐのが、恩師の城之内教授と、世界で初めて公的に医師として認められた女性、エリザベス・ブラックウェルだ。
「ブラックウェルについては、実は私もあまりよく知らなかったんですね。編集さんからもらったヒントです。日本で最初に国家資格を持った女性医師には、荻野吟子さんがいます。そうした女性医師の先駆者たちが縦軸になり、テーマのひとつである女性たちの闘いが、よりくっきりと描けた気がします」
 城之内教授は、常に学生を男女の別なくフェアに扱うことに必死だった事実が、それぞれの回想の中で描かれる。片や、何か負い目でもあるかのように、仁美たち4人に目をかけてもいた。それはなぜなのか。もやもやした謎が、最終章の城之内の語りの中で明かされるカタルシス。
「跳ね返り者は組織に組み込んでもらえません。女性が社会に順応しようとするなら、男性が牛耳る中で足場を築こうとあがき、立場を得たときに目標を実行するしかないから、城之内教授のように一度はシステムに飲み込まれてしまうのもめずらしくない気がします。そもそも『自分は女だから評価されない』と目くじら立てるのはカッコ悪いじゃないですか(笑い)。女性であることの差別を感じてはいても、それを言い訳にするのは私はイヤでした。
 でも小競り合いの時期を過ぎて下の世代を見てみれば、やはりただ実力だけで決められてきたことではないんだなと痛感する。その息苦しさを汲んであげるのは、還暦も近くなった私のような世代の役目かなと」
 現場を知るからこそのリアリティ。実体験から得た医師、患者、家族それぞれの思い。それらを心揺さぶるストーリーに溶け込ませ、現代医療のあり方を問い続ける稀有な作家なのだ。

●構成/三浦天紗子
●撮影/横田紋子

(週刊ポスト 2020年9.11号より)

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