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【著者インタビュー】小野寺史宜『タクジョ!』/女性タクシー運転手の葛藤や日常生活を描く

タクシー営業所に入社した23歳の女性ドライバーを中心に、個性豊かな先輩・同僚らが繰り広げる、騒動ともつかない騒動を描いた小説。爽快な成長物語です。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

「街を走るこの仕事が好き」女性タクシー運転手が個性溢れる先輩や同期と共に成長していく爽快な仕事小説

『タクジョ!』

実業之日本社
1700円+税
装丁/フィールドワーク(田中和枝) 装画/田中海帆

小野寺史宜

●おのでら・ふみのり 1968年千葉県生まれ。2006年に「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞、08年、ポプラ社小説大賞優秀賞受賞作『ROCKER』で単行本デビュー。昨年の本屋大賞第2位に選ばれた『ひと』の他、『みつばの郵便屋さん』シリーズや、『人生は並盛で』『東京放浪』『ひりつく夜の音』『太郎とさくら』『本日も教官なり』『夜の側に立つ』『ライフ』『縁』『今日も町の隅で』『食っちゃ寝て書いて』等、著書多数。175㌢、50㌔、B型。

特別な場所は誰に与えられるでもなく自分にとって何があったのかで決まる

 昨年、本屋大賞第2位に選出された『ひと』を始め、小野寺史宜氏(52)の著作はどこか祈りにも似た「今、ここ」の肯定を感じさせる。
 そんな著者に『タクジョ!』、つまりタク、、シー運転手の日常を描かせたのは、どんな動機なのか。
「一つはデビュー作以来となる女性一人称で10数年ぶりに書きたくなったこと。それと僕は元々昼より夜が好きで、特に銀座の少し地味な道を歩くのも好きなんです。そういう夜の町に乗り物を走らせるなら、電車や飛行機よりも実際に移動している体感、、、、、、、、、、、があるタクシーはいいなと思いました。町から町へ移動するとき、出発地と目的地がであるわけではなく、そのにも人がいて、生活があることを、運転者は経験的に知っていると思うのです」
 舞台は東京・江東区にある東央タクシー東雲しののめ営業所。ここに大学卒業後、新卒で入社した〈高間夏子〉23歳や、実は高学歴で人気俳優似の先輩ドライバー〈姫野民哉〉、さらに夏子が小6の時に離婚した〈硬~い父と、やわらか~い母〉や、その母の勧めで夏子が見合した公務員〈森口鈴央〉らが繰り広げる、騒動ともつかない騒動を本書は描く。
 初見の客を乗せ、密室ゆえの危険もあるその職に、夏子は女性客の不安軽減のためにも就きたいと思った。そんな真っ直ぐな心を過酷な現実から守るも守らないも、結局は自分次第?

〈わたしは隔日の女〉と、ミステリアスに始まる本作は、当初の予定では表題も『隔日の女』だったとか。
「タイトルにするには怪しい響きですよね(笑い)。要は朝8時から翌朝4時頃まで乗って、その日はそのまま休みに入るシフトのことを指します。他にも、安全上1日の走行距離は365㌔が上限とか、車は1台を2人で使う等、お仕事小説としての職業あるある、、、、、、は網羅しつつ、夏子の個人としての葛藤や普段の生活も描きたいと思っていました。
 各社のHPを見ても、最近はどのタクシー会社も女性や新卒採用に力を入れていて、同期入社が100人いることもあるようです。業界全体が若返りや体質改革を図る最中の期間に取材できて、面白かったです」

客の利益と自分の利益は両立できる

 夏子にとって、家から徒歩で通えるこの営業所は理想の職場だ。紳士服販売店の凄腕セールスの母〈想子〉と、都立高で数学を教える父〈室山薫平〉は客として出会い、母が得意な〈卓球デート〉を重ねて結婚。だが、出産後も母が仕事を続ける中で溝が生じ、10年前に離婚。以来父とは疎遠だが、憎み合って離れたわけではない。その証拠に夏子の見合が父の発案によるもので、鈴央は父の元・教え子だったことを、夏子は当の鈴央から聞かされるのだ。
 それはとあるクリスマスのこと。銀座の焼鳥屋で、彼は元は〈室山先生〉の紹介だったと打ち明ける。そのときの夏子の反応がこれまた好ましい。〈串から外した豚バラを食べ、生グレープフルーツサワーを飲む。どちらもおいしい〉〈つまり腹は立ってないのだ〉
「彼女は自分の感情を別の角度から客観視できる人で、鈴央もフェアでいいヤツなんです。その鈴央にして、運転手の仕事はやめてほしいとその後、夏子に言ってしまいます。
 もちろん運転手として災難にも遭った夏子が心配で言うのですが、仕事観という大事なことに、意見されて堪るかという話でもあるんですよね、これは。元々運転が好きな彼女は、少しでも自分の存在が女性客の助けになればと思って進路を決めた。その決意を他人に覆されていいのか悪いのか、決めるのも自分なので」
 夏子が遭った災難、駕籠かご抜け〉とは、到着後に金をとってくると言って、そのまま逃げられる手口のこと。夏子の場合は五反田で乗せた女を東神奈川の自宅前で降ろして待機中、裏口からまんまと逃げられ、被害は1万3千円。ショックを受ける夏子に、営業所長は言う。〈お客様の安全が第一。でも自分の安全も大事。それを第二にしなくていい〉〈お客様のことは信用しなきゃいけない。警戒もしなきゃいけない〉〈両立させていいんだ〉と。
「タクシー業界に限らず客のためと自分のためは両立できるはずだし、1つの便利のために9つの不便を我慢しちゃうようなことが、最近は多いと感じます。
 もちろん現場には現場の事情があるとは思う。ただ、客も自分も大事というのはごくごく基本的なビジネスモラルで、それ以上のものなんてないと思うんです」
「十月の羽田」から「三月の江古田」まで半年に亘る物語は、事件こそ起きずとも、行く先々で夏子が出会う人や場が確かな残像を刻む。例えば父を客として初めて乗せた時、たまたま2人で降り立った川で夏子は思う。〈中川。川っぷち。何の縁もなかった場所〉〈場所との縁は、こんなふうに生まれるのかもしれない。もう来ることはないだろうが、後々、ここがわたしの思い出の場所になるようなことは、あるのかもしれない〉
「これは僕も発見でした。特別な場所は誰に与えられるでもなく、自分にとって何があったのか、、、、、、、、、、、、、で決まり、そうやって縁は作られていくんだなあと。特に夏子はタクシードライバーだし、今後も増える一方でしょうね。大事な場所が、東京中に、たくさん!」
 と聞いて、そっと光る点がもなく並ぶ地図が思い浮かぶ。その一つ一つを全て肯定できたら何て素敵だろうか。自分のことは自分で決め、運転も自分でする、程よく自己中心なこの夏子という運動体を、一層応援したくなった。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年10.2号より)

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