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【著者インタビュー】凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』/全人類が死を迎える場面に、筆1本で向き合った

1か月後に小惑星が地球に衝突する世界で、「特に生きたいと思っていない」登場人物たちは、どう生きるのか――本年度の本屋大賞受賞後第一作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

1か月後、小惑星が地球に衝突――滅亡を前に荒廃する世界で最後に残されたのは希望か絶望か? 本屋大賞受賞後、待望の第一作

『滅びの前のシャングリラ』

中央公論新社
1550円+税
装丁/bookwall 装画/榎本マリコ

凪良ゆう

●なぎら・ゆう 滋賀県生まれ。京都在住。2006年『小説花丸』に掲載された中編「恋するエゴイスト」でデビュー。翌年『花嫁はマリッジブルー』を刊行。以降、BL小説界で幅広く活躍。17年に非BL作品『神様のビオトープ』で注目され、19年刊行の『流浪の月』は20年度本屋大賞第1位に選出されベストセラーに。著書は他に『わたしの美しい庭』等。本書は初版に限り、雪絵視点によるスピンオフ短編「イスパハン」が付録に。158㌢、A型。

「生きてるのが楽しい」と思いにくい空気が最近は濃厚すぎると感じる

 ある種、物語の王道ともいえる人類滅亡もの。1か月後、小惑星が地球に衝突し、生存率は多くて2割という設定は、人々を丸裸にする一方、作家・凪良ゆうの筆を一層冴えさせる装置となった。
 本年度本屋大賞受賞後第一作『滅びの前のシャングリラ』。全4章、4視点で構成される本作は〈江那友樹、十七歳。クラスメイトを殺した〉との告白で始まる。第1章では〈井上くん〉のパシリに甘んじてきた彼が、人気歌姫〈Loco〉の公演を口実に家を出た同級生〈藤森雪絵〉を守るべく広島〜東京間を奔走。が、続く第2章も〈目力信士、四十歳。大物ヤクザを殺した〉と始まり、4人のうち3人の話者までが殺人を告白するのである。
「終末を描く以上、暴力は避けて通れませんでした。むしろこんな状況になって、人間の暴力性や汚い部分が出てこないと思いますか?」

 本屋大賞受賞作『流浪の月』を始め、目下最注目の作家にとって“終末”は「自分もいつか挑戦したい、と思っていた身近な題材」だったという。
「40代後半の私の世代は、子供の頃から人生の設定にノストラダムスの大予言が組み込まれていたんです。1999年を無事越えてやっと『これで純粋に物語として楽しめる』と思ったほど、終末を身近に感じて育ってきました。ただ、いざ書くとなると覚悟が要りました。私の小説にヒーローは出てこないので、人類は全滅するしかないのです。 
 そんな中『いつか書きたい』が『よし書こう』に変わったのは昨年の夏でした。いつも作品を書くときは感覚に従っているだけなので、コロナ禍と刊行が重なったのは、あくまで偶然です」
 数ある終末小説の中でも特筆すべきは、本書の登場人物が特に生きたいとも思わない地点、、、、、、、、、、、、、、から、最後の1か月を生き始めていることだろう。友樹にしても小学生の頃、一瞬だが心を通わせたこともある雪絵の前で井上らに日々虐げられ、口は悪いが情に厚い母〈静香〉を悲しませたくない一心で生きているようなもの。
 その静香から死んだと聞かされてきた父親が、2章の話者・信士。だが親に殴られて育った信士自身、ヤクザ稼業から足を洗えないまま兄貴分の命令で敵若頭を殺め、その兄貴にも使い捨てにされた矢先、静香と再会するのだ。
「なんだか最近は『生きてるのが楽しい』と思いにくい空気が濃厚すぎると思うのです。かといって人間は綿菓子みたいにしゅっと消えてなくなることもできないから、“とりあえず生きてる”人も多いのかなあと。
 人類平等に余命1か月という宣告は、そんなどっちつかずのしんどさから解放してくれる面もあると思う。惑星衝突を知った友樹の感情が愉快↑理不尽↑恐怖と揺れ動くように、1か月って微妙な長さなんですよ。終末小説は死までの期間に作家性が出ると私は思っています。1週間なら激情に身を任せたまま死ぬこともできる。でも私は、夢を見続けるには長く、何もしなければ餓死してしまう時間を、彼らに生きてほしかったんです」

全人類の死と筆1本で対峙

 各種交通網がマヒする中、東京行きにこだわる雪絵を友樹は陰ながら見守り、井上の魔の手から間一髪で彼女を救出。そして品川駅で逆襲されかけたところを見知らぬ男に助けられるが、それが息子の身を案じる静香を広島から乗せてきた父・信士だった。
 互いの存在すら知らなかった父と子、そしてかつてお腹の子を暴力から守るために家を出た静香は、雪絵と4人、家族同然に暮らし始めるが、巷では略奪が常態化し、〈波光教〉の幹部が細菌兵器をもって逃走中との噂も。地球より先に壊れたのは人間の方で、地球最後の日、歌姫が地元大阪で開くというラストライブまでを生き抜く日々は〈ぼくたちって、実はこんな生き物だったのか〉と思い知るには十分だった。
「Locoこと〈路子〉の視点で本作の最後を締め括ったのは、アーティストという存在が巫女的だと思うから。私は音楽が好きで、ライブもよく行くのですが、人気アーティストになると1対何万人という関係の中でその空間を制圧してしまう。それって物凄いことですよね。私自身も、全人類が死を迎える場面を筆1本で制圧するためには、音楽の力が必要でした」
 『流浪の月』もそうだが、蜜月を描くのが憎たらしいほどうまい彼女にかかると、友樹の遅れてきた家族関係や路子と故郷のバンド仲間〈ポチ〉の友情など、美しいものほど失われ易い不条理を本気で恨みたくなる。
「ポチのように、なんでこんな死に方せんとあかんのやろと、理由、、を欲しがる方が普通だと思うんです。人間、ただ死んでいく、、、、、、、のを受け入れるのは難しすぎるし、人生の意味を捏造してでも納得したいのが人情なので。でも信士たちが残り1か月で手に入れたのも結局はありふれた幸せでしかなく、別に人を幸せにするのって大げさなものじゃないのでしょうね。
 その幸せも数日後には失われ、希望も残酷さも1冊にとじこめ、最後の最後に希望が僅差で逃げ切るくらいの物語になっていたらいいなと思います」
「3ページ書くのに2か月かかった」というラストでは、心理描写を極力抑え、事物の描写に徹した。書かないことで際立つものがあったり、死が生を輝かせたり、「世の中、善いことや正しいことだけでは出来ていませんもんね」と笑う作家のシビアにして温かな目線が生きた終末譚である。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年11.20号より)

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