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【著者インタビュー】戌井昭人『壺の中にはなにもない』/マイペースを貫き続ける男の成長物語

呆れるほどマイペースで気が利かない主人公(26歳の御曹司)の初恋や仕事、祖父との関係を軸に展開する長編小説。読むうちに何がマトモな人生なのかわからなくなってくる、怒涛の常識解体エンターテインメントです!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

本誌人気連載の著者、3年ぶりの長編。笑って、しんみりして、心温まる世のおかしみと愛情溢れるマイペースすぎるダメ男の成長譚!

『壺の中にはなにもない』

NHK出版
1400円+税
装丁/宇都宮三鈴 装画/北澤平祐

戌井昭人

●いぬい・あきと 1971年東京都生まれ。玉川大学文学部演劇専攻卒業後、かつて祖父・戌井市郎氏も代表を務めた文学座に参加。退所後の97年に劇団・鉄割アルバトロスケットを旗揚げし、劇作家、俳優として活躍。08年「鮒のためいき」で小説デビューし、09年「まずいスープ」、11年「ぴんぞろ」、12年「ひっ」、13年「すっぽん心中」と、計4回芥川賞候補に。14年『すっぽん心中』で川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞。178.5㌢、74㌔、A型。

人は誰しもズレている以上、とりあえずその時やれることを組み立てていけばいい

 周囲にどう思われようと、マイペースを貫き続ける男。そんな、よく言えば自律的、悪く言えば傍迷惑な人物の残像が、戌井昭人氏の新作『壺の中にはなにもない』の取っ掛かりになったとか。
「その人とは仕事で知り合ったんです。焼肉を食いに行くと、自分だけ肉焼いてサッサと食っちゃう人っているじゃないですか? まさにあれです。彼は猫が好きで寝グセが凄くて家柄がよくて……。あ、こんな主人公、ありだなあと思って」
〈勝田繁太郎。身長一七五センチ、体重六三キロ、二六歳、東京生まれ。独身〉と、ご丁寧に個人情報まで記された主人公の、仕事や恋、そして陶芸家の祖父〈繁松郎〉との関係を軸に、物語は展開してゆく。
 そもそも呆れるほど気の利かない御曹司だけに、出張や見合い一つにも珍道中の趣があり、そんな彼の旅を追ううちに読む側の尺度までが揺らぎ、何がマトモな人生、、、、、、有能な社員、、、、、かもわからなくなってくる、怒涛の常識解体エンターテインメントである。

「実は、WEBで連載中はもっとハチャメチャというか、彼が行商するボウリングの球が突然喋ったり、意志を持ったりする、『スローターハウス5』とか『銀河ヒッチハイク・ガイド』みたいな話だったんです。ただそれだと収拾がつかなくなってしまい、今年に入ってから、一度SFに振れた話を現実に引き戻し、繁太郎の曽祖父まで遡る家族史部分を充実させました。
 芝居ならいいんです、針が振り切っちゃっても。でも小説は力業とは違うという、僕なりの一線もあって」
 劇作家、俳優、小説家と、各界注目の鬼才は、本誌連載でも日常に潜むおかしな人やモノを絶賛発掘中。
「基本は何でも面白がりつつ、バカにはしてないつもりなんです。例えば何かを真面目にやってる姿って、笑っちゃうじゃないですか。でもそれって愛しさに近い気がするし、波風は立てたくない、人は怒らせたくないというのが、僕の人生の最優先事項なので(笑い)」
 愛嬌も意欲も趣味も特にない繁太郎にあるとすれば、大学の〈かるたサークル〉で培った集中力と、〈枇杷のアレルギー〉くらいのもの。茅ヶ崎に建つ祖父の別荘に家政婦の〈タカヨさん〉や猫の〈ダン之介〉と暮らし、発明家夫婦〈ダルさん〉〈ヌルさん〉が営む研究所に自転車で通う彼は、営業担当なのに商品説明も満足にできず、客になじられても、どこ吹く風だ。そもそも商品カタログに並ぶのは〈招き猫の防犯グッズ〉〈絶対にストライクを出すボウリング球〉、人間も入る〈巨大タッパー〉と怪しげな商品ばかり。それでも〈売れるかもしれないよ〉〈単純、単純、世の中は単純さ〉と、ダルさんは胸を張った。
「そう楽観できたらいいんですけどね。昔は常識がないとよく言われた僕もそうだし、アレルギーと知りつつ枇杷やサクランボをつい食べてしまう繁太郎も、やはり社会人としてはダメなんだと思います(苦笑)」
 就活に全敗し、コネで入った銀座のギャラリーでも無能扱いされる繁太郎。繁松郎はそんな孫を何かと気にかけ、馴染みの店へと誘うのだった。

話がどんどん自転していく

 そもそも勝田家の繁栄は、柔術家を志す曾祖父が南米ペルーに渡り、さる日系人実業家の信頼を得たことで始まる。
 兄が事業を継ぐ一方、次男繁松郎は美大に進み、苦労の末に檜原村に工房を建設。故郷リマの空の色に因んだ壺天明群青咲麻呂戯てんみようぐんじようさきまろげなどの作品には今やウン千万の値が付き、50を境に山を下りてからはもつぱら酒色三昧の日々を送っていた。
 てらいのない孫を唯一評価するこの大陶芸家は、〈邪心などどこ吹く風の、繁太郎にこそ焼き物をやって欲しい〉と切望する。が、単なる壺に高値がつくこと自体、腑に落ちない繁太郎は、高級鮨屋でゲソの値段を聞いて仰天し、〈ゲソのありがたみというのがわからなくなってきます。やはりゲソは安くて美味しいというのが良いところなので、高いとなるとありがたみが半減します〉と、とことん考え抜くマイペースな男でもあった。
 そんな繁太郎のおかげで物の値段や価値が逐一問い直され、それがゲソのありがたみという一言に集約される辺り、実に痛快だ。
「自分ではシックなものを書いたつもりが読者の反応が違ったり、え、そんなに笑える話? と思うことは実はよくあります(笑い)。
 もちろん大して言いたいことがある話じゃないんだけど、表題が決まってからはそれに引っ張られた感じもありましたね。つまり“壺”です。空っぽの。それが中に何かある話、、、、、、、に最後はなっていくんですが、何も入ってない壺に高い値段がついたり、あの人はどんな人だと他人から評価されたり、考えてみると面白いですよね?」
 その後も祖父は孫を銀座に連れ回し、ご贔屓のママ〈蘭さん〉や昼は専門学校に通う山形出身の〈ミナミさん〉と4人、タカヨさんお手製のタンシチューを囲む日を心待ちにしたりもする。この計画は諸々あって流れてしまうのだが、それまで人を気遣うことのなかった繁太郎が相手の気持ちをおもんぱかる喜びに目覚めるほど、恋の力は偉大だった。
 母親の看病で帰省中のミナミさんに思いを告げるべく、行商先を山形と決めた繁太郎は、クセの強い品々を着々と売りまくる。ダルさんが言う通り、どんな商品も買い手は探せばいるという原点にすら、彼の珍道中は気づかせてくれるのだ。
「僕も昔、物産展で団子を売るアルバイトをしていて、ほぼ毎週同じメンツで全国を回り、帰りはカラオケに行ったりとか、この仕事を一生続けてもいいと思うくらい、楽しかったんですよ。
 その感覚の上に、仕事で行ったペルーの日系人の話とか、過去に思い付いた地方のボウリング場に球を売る話なんかが重なっていって。あと、八百屋をやっていた母方の祖父がユニークな人で、繁松郎に少し似ているかな、とか。とにかく話がどんどん自転していくので、やり過ぎないように、いつでもブレーキを踏める状態で書きました。
 繁太郎は確かにダメな人間だけど、人を騙すとか、悪意があるわけではない。人は誰しもズレている以上、とりあえずその時、その場でやれることを組み立てていけばいい気もするんです」
 共感よりも観察、、、、、、、に徹する作家にしか見えないものが、本作にも脈絡なくちりばめられ、声をあげて笑ったり、思わぬ急所をつかれて涙したり、何やら忙しい読書になった。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年11.27/12.4号より)

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