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【著者インタビュー】相場英雄『アンダークラス』/日本そのものの下層階級化に光を当てた警察小説

秋田県の介護施設に入居する85歳の女性が、ベトナム人職員に車椅子ごと川に突き落とされて即死した。職員は、末期がんだった女性に頼まれて自殺を助けたと供述するが……。日本の暗部を照らす、人気シリーズの最新刊!

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捜査線上にあがったのはネット通販覇者のIT企業だった―社会の最暗部を照らし、日本の今を描く人気警察小説シリーズ最新刊!

『アンダークラス』

小学館
1700円+税
装丁/川谷康久 写真/保坂昇寿

相場英雄

●あいば・ひでお 1967年新潟県生まれ。「この中に出てくる元新聞奨学生の過酷な体験はほぼ僕の話です」。89年時事通信社に入社、主に経済畑で活躍し、2005年に第2回ダイヤモンド経済小説大賞受賞作『デフォルト 債務不履行』でデビュー、翌年専業に。12年、BSE問題や地方空洞化を題材にした『震える牛』がベストセラーに。続編『ガラパゴス』や、みちのく麺食い記者シリーズ、『血の轍』『不発弾』『トップリーグ』など話題作多数。172㌢、71㌔、A型。

繋ぐべき技術を次世代に繋がなかった頑固な人たちがこの国をおかしくした

 愛用のB7判リフィルを、事件が終わるまでに何度も買い足さなければならないほどのメモ魔で、ガラ携ユーザーでもある、警視庁捜査一課継続捜査班の窓際警部補〈田川信一〉。
『震える牛』(12年)では食肉偽装や大型モール進出による町の崩壊を、『ガラパゴス』(16年)では非正規労働や格差の実態を田川に目撃させてきた相場英雄氏は、第3作『アンダークラス』でついに、日本そのものの下層階級化、、、、、、、、、、、、に光を当てる。
 端緒は19年2月、秋田県能代で起きた老女殺害事件。市内の介護施設に入居する〈藤井詩子〉85歳が、ベトナム人職員〈ホアン・マイ・アイン〉29歳に車椅子ごと川に突き落とされて即死し、ベトナム大使館に出向中、技能実習生の彼女と面識があったという管理官〈樫山順子〉に協力を依頼された田川は、早速秋田へ飛ぶ。
 半年前に神戸市内の実習先から失踪し、秋田に逃れたアインは、末期がんの詩子に殺害を頼まれたと自供、自殺幇助容疑で逮捕されていた。が、俗に〈殺しの手〉と呼ばれる遺体の形状から彼女の嘘を見抜いた田川は2人の接点を神戸に探り、孤独な老女の死に映り込むこの国の来し方、行く末に改めて震撼することになる。

「僕は取材ではメモより写真を撮りますね。例えば詩子が生前口にした〈ヤマガワ〉という言葉や、昔からの繊維の町で彼女も働いていたことを手掛かりに、田川と樫山が聞き込みに歩いた三宮や長田界隈を僕も歩きました。そこで写真を撮りまくるわけですが、西の下町はホント、濃いキャラのおっさん、おばちゃんばかりで(笑い)。おかげで県道沿いに大型チェーンが並び、町の顔が見えなかった、、、、、、、、、、前作に比べると取材も断然楽でしたし、特に神戸は今まで縁のなかった土地だけに発見が多く、その新鮮さ、面白さが田川の旅に生きた気もします」
 微かな手掛かりを頼りに各地をゆく地道な捜査行は、松本清張作品を彷彿とさせ、カメダケならぬヤマガワ、、、、、、、、、、、が事件を解く鍵となるなど、「そこは完全に『砂の器』を意識しました!(笑い)」。
 また、相場作品では常に日本の今、、、、が物語を形作り、田川の語りに並走する大手通販〈サバンナ・ジャパン〉の敏腕マネージャー〈山本康裕〉の独白からは、今や各国の公取にマークされる巨大企業の本音も窺える。
「事件自体は19年の設定で、コロナは無関係なんですが、実は連載から大幅に書き直す矢先に緊急事態宣言が出ちゃった。すると、うちでも買い物は通販に頼るしかなくて、アマゾンやゾゾタウンの大量の空箱を横目に見、ヤマトや佐川や、最近は孫請けも多い配達員さんの疲弊に胸を痛めつつ、結局は注文しちゃうんです、便利だから。サバンナの場合、その便利さと引き換えに購買情報を吸い取り、通販業が赤字でもデータで儲ければいいというのが経営戦略だったりするんです」
 かたや内外で大型施設を展開する〈オックスマート〉から高報酬で引き抜かれた国際派の山本。かたや能代の料亭の仲居の非嫡子に生まれ、神戸の縫製工場まで生きるために働きに出た詩子と、幼い娘を残し、借金をしてまで日本での実習に賭けたアイン。そんな社会の端と端を結ぶ糸を何度も見失いながら手繰る田川の手帳は当然膨らみ、各地で足を棒にする彼にとって、その土地土地の安くておいしいものと、昨年のお宮参りで撮った孫娘の写真が励みだった。

間近に迫るAIが人を働かせる時代

「僕の仕事場の近所のマクドナルドの前に、いつもウーバーイーツの注文待ちのお兄さんが並んでるんです。たぶん時給換算で300円も怪しそうだし、『日本はどんだけ貧乏になったんだ⁉』って見てて本当に思う。
 それこそ高校から海外に出た倅の友達が去年まではよく遊びに来てたんですが、日本に来たい一番の理由は食べ物でもアニメでもなく、『安いから』なんですね。デフレに日本中が疲弊し、町や人が壊れていく光景を『震える牛』で書いてから8年、事態はより悪くなっている。作家の橘玲さんが帯に寄せてくださった〈日本人はこうしてアジアの「下級国民」になっていく〉という言葉は、まさに至言だと思います」
 サバンナ社では、年間一千万の娘の留学費用を稼ぐために転職した山本など、誰もが厳しい数字や馘首の恐怖にさらされ、その皺寄せがアインのいた縫製工場の劣悪な環境を生んでもいた。実習生らに性的接待を強い、懲罰として〈鉄製のおりまで使う工場の女性常務〈黒田〉はしかし、〈ウチも人権無視されている〉と田川にこぼす。1割が富を握り、残る9割は〈死ぬまで働かされる〉社会に誰がしたのか、〈政府が精査した形跡〉は皆無だ。
「某大手人材派遣会社とか、海外の人材を合法的に受け入れたかった勢力は幾つも思い当たりますけどね。
 最近はコロナで仕送りがなくなった大学生が風俗で働いて家賃を捻出したり、下層への底がいよいよ抜けた感じがする。新首相も自助と言ってるし。僕も田川同様、個人経営の店や町中華は大好きですが、そういう店ほど姿を消し、AIに人が働かされる時代も間近に迫る今、少なくとも日本のイイ面だけを煽る番組なんかを観て喜んでちゃダメだと思う。誇りがどうとか言って繋ぐべき技術も次に繋がなかった頑固な人たちが、この国をおかしくしたと僕は思ってるんで」
 日本の今を克明にスケッチし、「田川が違和感を覚える限り続くと思う」という本作品群は、私たちが何を失おうとしているか、、、、、、、、、、、、、、、を巡る、気づきの物語でもある。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年12.11号より)

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