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稲泉連著の『豊田章男が愛したテストドライバー』をジャーナリスト・森健が解説

「トヨタの話でまさか涙腺が緩ませられるとは思わなかった」ーそう語るのはジャーナリストの森健。職人の熱い物語を紹介しています。

【今日を楽しむSEVEN’S LIBRARY ブックコンシェルジュが選ぶこの一冊】

ジャーナリスト

森健

『豊田章男が愛したテストドライバー』

豊田章雄

稲泉連

小学館 1728円

’05年『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』で大宅賞を受賞、震災で被害を受けた書店を取材した『復興の書店』など数々のノンフィクションを著してきた著者による初めての「ビジネスノンフィクション」。完成に5年を費やした本書からは、男たちがクルマに賭けた熱い思いが伝わってくる。

 

本書で描かれるのはビジネスではなく、

男の魂のせめぎあいと成長だ。

トヨタの話でまさか涙腺が緩ませられる

とは思わなかった

トヨタの話で涙腺が緩ませられるとは思わなかった。本書はクルマに比類なき愛情と熱情を注ぎ込んだ“職人”師弟の話である。

ただの師弟関係ではない。師匠は臨時工で入社した老兵のテストドライバー成瀬弘。弟子はその会社、7万人の社員を抱えるトヨタ自動車の御曹司で社長の豊田章男。会社の身分は異なる二人だが、職人魂に惚れて章男は成瀬のもとへ通いだす。

さまざまな走りを試すことで微妙な運転感や走り心地を追求する。そんな仕事をする成瀬の仕事ぶりに章男は驚き、心酔していく。そこからただ創業家の豊田章男ではなく、心底クルマ好きな人間になっていく。

二人の合言葉は「人を鍛え、クルマを鍛える」。クルマをつくり、運転するとはどういうことかを理解していく中、スポーツ車技術の粋「レクサスLFA」の開発にのめり込んでいく。そして次期社長という身にして、ドイツでの24時間レースにも参加していく。それは経営の数字だけを見ず、一ドライバーとしてクルマを愛する社長の成長でもあった。

だが、米国でのレクサス事故に伴う騒動がまだ残る中で、その師匠は突如事故で逝去する。章男は千々に乱れる心のまま、経営業務をこなし師匠の弔いに向かう。その言葉は二人の長い歩みを踏まえて読むと、心を揺さぶらずにはおかない。

舞台はトヨタだが、本書で描かれるのはビジネスではなく、男の魂のせめぎあいと成長だ。身分を超えた心の綾を著者は長い取材の中で明らかにしていく。なにより本書を能弁に語っているのが表紙の写真だ。この二人の表情こそが著者の5年間の取材を裏打ちしている。

(女性セブン2016年3/31・4/7号より)

 

 

 

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