トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』/ブサイクをこじらせる心理の機微にせまる作品たち
美しい少女たちが描かれる少女マンガの世界には、時にブサイクとしか言いようのないキャラクターたちも登場します。今回紹介するのは、そんな「不美人」を主役とした少女マンガばかりを集めたガイドブックです。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター所長】
少女マンガのブサイク女子考
トミヤマユキコ 著
左右社 1700円+税
装丁/いすたえこ、伊藤里織
装画/ハギーK
心に大きな影をおとすルックスから目を背けない尊さ
少女マンガのヒロインと聞けば、たいていの人は瞳のかがやく美少女を、想いうかべよう。それこそ、「美少女戦士」と銘うたれたセーラームーンなんかの女子たちを。だが、このジャンルではブサイクとしか言いようのない主人公も、しばしばえがかれてきた。
こう書きだせば、中高年のおじさんたちは昔の記憶をひもとき、言いかえすかもしれない。どうせ、フィナーレに、じつは意外とかわいい子だったという着地が、用意されているんだろう。メガネをはずしたら、けっこうすてきな少女だった、なんていう落ちが。彼女の王子様がそれを発見した、という話も、妹の読んでたマンガで見たぞ、と。
すこしくわしいおじさんは、萩尾望都の『半神』あたりを、想いつくかもしれない。そして、さすが萩尾先生は別格。少女マンガという枠をこえて、女子の醜貌に正面からせまる稀有な作家だとみなすだろうか。不肖私も、そんな自称マンガ通のひとりであった。
しかし、本書を一読すれば、この手の一般通念はきえうせる。けっして少なくないマンガが、ブサイク少女を主人公にとりあげてきた。「ブサイクをこじらせ」る心理の機微に、さまざまな形でせまっていることが、よくわかる。著者はこの一冊に、二十数点の作品を紹介している。不美人を主役とした少女マンガのガイドブックを、まとめてくれた。
なかでも、うならされたのは夭折の作家・谷口ひとみがえがいた『エリノア』である。ヒロインのつきぬけたブサイクぶりは、マンガ家たちのあいだでも伝説化されているという。原作は1966年にできたのだが、2016年に再刊されたらしい。ここで、その内容にふれることはさけるが、とりよせ読んでみたいものである。
容姿は、人の心に大きな影をおとす。しかし、今の評論や人文諸学は、ある配慮からこの問題へわけいることを、さけやすい。だからこそ、ルックスから目をそむけない少女マンガの存在が、とうとく思えるしだいである。
(週刊ポスト 2021年2.5号より)

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