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【著者インタビュー】伊集院 静『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』(上・下)/日本で最も有名な復讐劇を、新しい視点で描いた大作

大石内蔵助良雄と〈四十八番目の志士〉の働きに光を当て、今までにない忠臣蔵を描き切った伊集院静氏にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

日本史上最も有名な復讐劇を生と死を見つめ続けた作家が独自の視点で描き切った歴史エンターテインメント巨編!

『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』

KADOKAWA
各1700円+税 装丁/片岡忠彦 装画/遠藤拓人

伊集院 静

●いじゅういん・しずか 1950年山口県生まれ。立教大学卒。81年「皐月」で作家デビュー。91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、02年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞、14年『ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石』で第18回司馬遼太郎賞。16年紫綬褒章。『海峡』『春雷』『岬へ』の自伝的三部作や『羊の目』、『大人の流儀』シリーズ等著書多数。180㌢、83㌔、A型。

一度尽くすと決めたら何があろうと貫く侍の〝信〟のあり方は騎士道とも通じる

 驚くことに伊集院静氏、初の時代小説は、大石内蔵助良雄及び、〈四十八番目の志士〉の働きに光を当てた、今までにない忠臣蔵だった。
「私自身、海外出張などで読むのは時代小説が多いし、いつかこういう肩の凝らないただただ面白い作品を書いてみたかった」
 題して『いとまの雪』 。
〈生きるは束の間、死ぬはしばしのいとまなり〉との山鹿素行の教えを体現するかのように忠義を全うした47士プラス1の物語を通じて、氏はその奇跡にも近い計画を成功に導いた物理的、経済的な要因に迫る一方、彼らの一途さがなぜ人々を魅了し続けるのか、美学の問題をも問うてみせる。
「彼らは損得や効率は求めない。あとは物事の多寡やサイズも求めない。どんなにちっぽけでもそれが真の忠心からの死であれば大きさは関係ないんだと、そういう世界のお話なんです」

 昨年1月にくも膜下出血で倒れ、緊急手術。その後順調に回復し、各種連載も順次再開しつつある中での復帰後初小説の刊行である。
「元々これは新聞連載で、書いたのは倒れる前ですね。最近はゴルフも普通にやるけれど、何となく謙虚って概念を脳の中に忘れてきた気がしなくもない(笑い)。
 まあそれはそれとして、ある史実の中に物語を探るのが時代小説だとしたら、赤穂事件の経緯は大半の人が知っている。そのわりに謎や空白が多いのも事実で、実は専門家と事前に会議をした時も私は純粋に疑問を投げかけたんです、『こんな仇討ち、1人でも裏切り者がいたら成功しませんよ』と。元禄15年12月14日、本所松坂町に移った吉良の屋敷では上野介が殺せと言わんばかりに待ち受けていて、47士のうち剣を使えるのは19人程度。それなのに、警護に雇った傭兵が外を固める中、19対250の状況で首を取るなんて、普通に考えたらあり得ない。
 しかも、どんな刺客も半年も経てば金がなくなり騒ぎ出すのに、1年半も潜伏するなんて、資金はどう調達したんだ? と。
 そうした経済的観点から、赤穂藩の勘定方家老ながら途中で逃げ出したと言われる大野九郎兵衛に注目した。『皆さん彼を不忠臣扱いするけど、子孫はどうしてるの?』と専門家に聞いたら、大野家の一族は今もって赤穂に戻れていないらしい。『でも先生が書けばたぶん大野家は救われます』って誰かが言うんで、だったら救ってやれと思ってね(笑い)」
 そんな伊集院版忠臣蔵は導入からして意表をつき、貞享元年の5代将軍綱吉の謁見当日、大老堀田正俊を稲葉石見守正休が斬りつけ、その場で成敗された、江戸城史上3番目の刃傷沙汰で始まる。石見守は〈天下のため、お覚悟めされよ〉と堀田に囁いたとも言われ、早急な処分(切腹)には反論もあったが、この時、誰もが敬遠する石見守の葬儀に素行の名代で列席し、水戸光圀に姿を見られてしまうのが、若き日の大石良雄だ。
「その17年後、今度は勅使饗応役を務める浅野内匠頭長矩が指南役の吉良義央を斬りつけて切腹を命じられたわけだけど、特に綱吉の時代は大名家取潰しが多かった。要は財政に窮した幕府が問題のある藩を改易に追い込んで利権ごと召し上げた。その不穏さを察知する憶病者を私は書きたかった。つまり〈弱虫、泣き虫、竹太郎〉です。
 朱子学を批判して江戸を追われ、一時赤穂にいた素行が認める逸材が大石だったのは間違いなく、そこに私は恐怖の要素、、、、、をプラスした。競走馬の走力は恐怖心が左右するし、マイク・タイソンの元コーチも言ってますよ、恐怖心こそが五感を覚醒させるって。その点、赤穂の塩もいずれ狙われかねないと慄き、〈仁助〉たち間者を使って万一に備えるこの大石は自分でも珍しくよく書けたと思う。妻の理玖にも妾の〈かん〉にも優しい艶福家の彼が、遠方から嫁いだ新妻の足を初夜の床で揉んでやり、彼女が昔、木から落ちたと聞いて〈豊岡では、娘は木にのぼるのか〉と返す台詞なんて私は好きだな。時代小説は色気も大事ですから」

人は奇跡に恋い焦がれる

〈怖れ〉を身に纏うことは弱さとは違うとの教えは、令和の今、一層切実に響く。
「たぶん元禄と今は似てるんです。武家社会や政治が行き詰まり、金に精神まで侵された連中が元々人から盗んだ富を奪い合う一方、自分がどう生きていいのか、めざす姿が見つからなくて、特に若い人が困っている」
 そんな時代に大石は言う。〈禄とは、殿、すなわち君から頂戴した“信”をかたちにしたものです。禄を金と考えると、そこに多寡が出てきましょう。しかし、禄には大小も、不足すらもない〉〈君なくば臣ならず。“忠義”なくば臣ならず〉
「そもそも侍は死が前提というか、殿様に自らの死を御受け下さいという覚悟で仕えている。実はスコットランドやイギリスでも忠臣蔵は支持されていて、騎士道とも通じるんでしょうね。その一度尽くすと決めたら何があろうと貫く信のあり方が、当時は町衆の間でも既に廃れかけていたんだろうし、自分たちの日常には滅多に起こらないからこそ、人は奇跡に恋い焦がれる。
 それを『太平記』の時代の大星由良之助と高師直に近松門左衛門が置き換えたおかげで忠臣蔵は今に残り、現に小説だけで230以上あるからね。だとすれば、その顛末を誰が何のために書かせ、、、、、、、、、、残そうとしたのか、、、、、、、、、まあ読んでみて下さい」
 その反逆は政治や経済の思惑が絡んだ中で起きた。
「今だってよく暴動が起きないなって私は思うよ」
 声は形にしてこそ声なのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/太田真三

(週刊ポスト 2021年2.12号より)

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