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【著者インタビュー】佐藤究『テスカトリポカ』/人々を呑み込む悪や暴力を、圧倒的な世界観で描く

家族と兄弟を殺され、メキシコからアジアに逃れた麻薬密売人と、暴力団幹部の父とメキシコ出身の母を持つ孤独な少年が出会ったとき、両者の接点に像を結ぶのは、古代アステカの時代から脈々と続く〈人身供犠〉の文化だった――。凄まじい暴力を描き切った長編クライムノベル!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

人間は暴力から逃れられるのか ミステリー界最注目作家が圧倒的な世界観で描き切る3年半ぶり待望の長編小説

『テスカトリポカ』

KADOKAWA
2100円+税
装丁/川名潤

佐藤究

●さとう・きわむ 1977年福岡市生まれ。福岡大学附属大濠高校卒。04年、佐藤憲胤名義の『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作に選ばれデビュー。が、発表機会は徐々に減り、15年より乱歩賞応募を開始。翌年『QJKJQ』で晴れて第62回江戸川乱歩賞を受賞し、現筆名で再デビュー。18年には受賞後第一作『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞と第39回吉川英治文学新人賞をW受賞した、エンタメ界注目の気鋭。176㌢、71㌔、B型。

無意識に取り込まれている資本主義というシステムは、神様が介在しない分タチが悪い

 本書『テスカトリポカ』はあくまでも小説だ。にも拘らず、人々を呑み込み、加速度的に増殖する悪や暴力に思い当たるふしがあり過ぎるから、佐藤究作品はいい意味でタチが悪い。
 舞台はメキシコ、ジャカルタ、そしてカワサキ―。
「これは国際機関の報告書に載っていた世界地図を参考にしていて、コカインは南米→北米が最大ルートでアンフェタミン系はこのルートとか、品物の流れと同時に人の流れも見えてくる。
 つまり悪いヤツは発想が最初っからグローバルで、それが〈麻薬資本主義ドラツグ・キヤピタリズム〉や〈暗黒の資本主義ダーク・キヤピタリズム〉最大の特性でもあります」
 そんな一寸先は闇な街で、暴力団幹部の父とメキシコ出身の母を持つ孤独な少年〈土方コシモ〉と、家族と兄弟を敵対勢力に殺され、アジアに逃れた麻薬カルテルの密売人〈バルミロ・カサソラ〉が出会った時、両者の接点に像を結ぶのは、古代アステカの時代から脈々と続く〈人身供犠サクリフイシオ〉の文化だ。麻薬や臓器や人の命にすら値段をつけ、商品化してしまう資本主義の暴走もまた、そんな人間的と言えば人間的な所業の1つではあった。

「参考資料にも挙げた『資本主義リアリズム』(マーク・フィッシャー著)に、LAの批評家マイク・デイヴィスがクライムノベルの帝王ジェイムズ・エルロイをアメコミ共々痛烈に批判した文章が引用されていて、僕は衝撃を受けたんです。
 要は善も悪もなく過剰に垂れ流された腐敗や暴力が、レーガン主義への盲信を招く土壌になったとデイヴィスは90年代に言っていて、今年1月、議事堂を襲撃したトランプ支持者も構図は似てるなと。つまり陰謀こそが世界を動かし、俺達は見えざる敵と闘っているんだという、歪んだ主人公感、、、、、、、ですよね。それを抱いて彼らは根拠のない自分勝手な物語の主人公に無反省になりきっている。
 この時代にクライムノベルを書くことの功罪を改めて思い知らされた気がしたし、ならば、暴力描写は必要だとしても、何とかその暴力を解除するカギもエンタメ作品に描きこむことはできないかなって」
 その時、浮かんだのが、現代の資本主義とアステカ文明との並走だったと言う。佐藤氏は1ページ1ページ、資料をコラージュ風に貼りつけた自作ノートをこの日、計5冊も持参してくれた。
「僕はゲシュタルト=形態認識と呼んでいるんですが、前作では2冊で今回は5冊。例えば上段に麻薬関係、下段にアステカ関係の資料を切り貼りしていって、境目が分からなくなるまで読み込むんです。そのコラージュの全体、、が感じられるまで。
 すると昔の人柱も麻薬資本主義も誰かの犠牲の上に成り立っていて、SNSの炎上なんて生贄探し以外の何物でもないとか、いろんなことが見えてきました」
 物語は麻薬密売人に牛耳られた故郷を見限り、アカプルコの食堂から大阪の闇カジノへと流れた〈ルシア〉が、川崎で港湾倉庫とクラブの経営を任される〈土方興三〉と結ばれ、コシモを産む頃から書き起こされる。
 が、暴排条例で食い詰めた父と、あれほど憎んだ薬に結局は溺れる母の下、コシモは言葉も満足に話せないまま体だけは成長し、13歳の時、その怪力ゆえに両親を死に至らしめてしまう。
 一方バルミロは16世紀に征服者が上陸した因縁の地ベラクルス生まれ。後に〈心臓をえぐりだし、アステカの神に捧げる狂信者〉と恐れられるカサソラ4兄弟の3男として、アステカの神官の血を引く祖母に古の儀式や風習を聞かされて育つ。
 表題もその一つ。かつて人々はその〈闇を映しだして支配する、煙を吐く鏡テスカトリポカを神と崇め、人間の心臓や腕を生贄に捧げたという。
「ただし世界中どの文明もやっていることは変わらないし、そもそも文明は血塗られたもの。メキシコシティがアステカの都を埋めた上に築かれたように、人間の歴史も更地からバージョンアップできると思ったら大間違いで、どこまでいっても人は人なんです」

個人に働きかけられるのが小説

 仇敵〈ドゴ・カルテル〉との抗争に敗れ、兄弟で唯一生き残ったバルミロがジャカルタに逃れた第2部以降、事態は急展開。彼はわけあって日本を追われた心臓血管外科医〈末永〉と出会い、川崎・東扇島に接岸する豪華客船を舞台に新たなビジネスに乗り出すのだ。
「今では資本主義が原理主義化し、その極北が臓器ビジネスだろうと。自分だけはまともなつもりでも無意識に取り込まれているのが資本主義というシステムで、神様が介在しない分、タチは悪いかもしれません」
 そうした陥穽かんせいに光を当て、忘れたことさえ忘れている、、、、、、、、、、、、様々なことに気づかせてくれる本作は、読むにも書くにも当然ながら痛みを伴う。
「何度も悪夢に見ましたよ、麻薬組織がやる凄まじい暴力を。その背後にあるのも結局はカネで、例えば『死都ゴモラ』でマフィアを告発した作家のロベルト・サヴィアーノは命を狙われ今はアメリカにいる。僕自身、『これから知るだろうことは、決して自分の気分をよくすることはないと腹を括ること』という彼の言葉をノートに記してから本書に取りかかった。なぜそうまでして書くかと言えば、遊び半分で買った薬の先に誰がいるかを知るだけでも力や変化に繋がると思うから。純文であれエンタメであれ、個人に働きかけられるのが、僕は小説だと思うので」
 正視すら憚られる現実への悲しみ、そして怒りが、善も悪も無垢だけに映りやすいコシモという鏡を通じてあらゆる暴力からの解放を探る佐藤氏の原動力だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年3.12号より)

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