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山口謠司著の『日本語を作った男上田万年とその時代』が描いた国語の確立。

「坂の上の雲」言語編とも言える、言語という側面から日本の近代化の歴史を描いた一作を、ノンフィクションライター鈴木洋史が解説します。

【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】

評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)

国語の確立を描いた

「坂の上の雲」言語編

『日本語を作った男

上田万年とその時代』

日本語を作った男

山口謠司著

集英社インターナショナル

本体2300円+税

山口謠司(やまぐち・ようじ)

1963年長崎県生まれ。大東文化大学文学部卒業。大東文化大学准教授。中国及び日本の文献学が専門。『日本語通』(新潮新書)、『となりの漱石』(ディスカヴァー携書)、『名前の暗号』(新潮新書)、『にほんご歳時記』(PHP新書)など著書多数。

明治時代、日本にはまだ日本語がなかった。明治維新で近代国家がスタートしたものの、江戸時代同様、出身地、階層による方言が混在し、漢文、漢文訓読体、候文などの書き言葉は話し言葉とかけ離れ、使いこなせるのは知識層だけだった。言葉がそんな状態では軍隊で指揮、命令が混乱し、外国とまともに戦うことすらできない。それひとつとっても、〈すべての日本国民のための言語〉としての日本語、すなわち「国語」の確立が、近代国民国家となるために欠かせなかったことがわかる。

それに生涯をかけたのが、日本で初めて言語学を学んだ上田万年(かずとし(1867~1937)。ドイツ、フランスへの留学を経て27歳で東京大学の教授となり、後には新村出、金田一京助ら多くの弟子を輩出した、日本の言語学、国語学の源流的な存在だ。また、文部省の委員会を通して国語政策に影響力を持ち、言文一致や後に実現する新仮名遣いの推進役となった。

本書はその万年の生涯を辿りながら、明治期の日本語を巡る状況をさまざまな側面から描く。英語を公用語にしようとする動き、漢字を廃止してひらがな、あるいはローマ字だけで日本語を表記しようとする大きな動きがあったこと、出版、取次、販売が発達して全国津々浦々に本屋が出現し、そのことが新しい日本語が普及する土台のひとつになったこと、落語の名人・三遊亭円朝の速記録が二葉亭四迷らによる言文一致運動に大きな影響を与えたこと……。

これは、言語という側面から描いた日本の近代化の歴史であり、その意味で「坂の上の雲」言語編と言っていい。著者は学者だが、文章は平明、エピソードが豊富で、読みやすく仕上がっている。

(SAPIO 2016年5月号より)

 

 

 

 

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