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【著者インタビュー】西村健『激震』/震災やサリン事件が起き、日本の築いた神話が崩壊した劇的な一年を描く

1月に阪神・淡路大震災が起き、3月には地下鉄サリン事件が起こった激動の1995年は、戦後日本が築いてきた多くのものが砂上の楼閣だと露呈した一年でした。自分はそのとき、どこで何をしていただろうかと思わず自問したくなる一冊です。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件 未曾有の災厄が相次いだあの年――雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ長編小説

『激震』

講談社
1900円+税
装丁/岡 孝治

西村健

●にしむら・けん 1965年福岡生まれ。6~15歳まで大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。在学中から作家志望で、故・内藤陳氏が営む「深夜+1」と日本冒険小説協会に出入りするも、「酒だけ飲んでデビューはできないまま」労働省に入省。約4年で退官しライターに。96年『ビンゴ』で小説デビューし、05年『劫火』と10年『残火』で日本冒険小説協会大賞、11年『地の底のヤマ』で吉川英治文学新人賞など4冠、14年『ヤマの疾風』で大藪春彦賞。170㌢、60㌔、A型。

1995年、戦後日本人が誇ってきた多くのものが砂上の楼閣だと露呈した

 26年前のあの日、自分はどこで何をしていただろうかと、思わず自問せずにはいられなくなる1冊だ。
 西村健氏の最新作 『激震』 。戦後50年にあたるその年、巷談社、、、の月刊『Sight、、、、、』記者〈古毛こも冴樹〉はいつになく多忙な毎日を送っていた。1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起き、他にも國松長官狙撃事件や沖縄米兵少女暴行事件、二信組事件や大蔵省接待汚職事件等々、彼の記者仲間が〈矛盾が一気に噴き出して来た感じだな。戦後、営々と築いて来たこの国の神話が次々と崩壊してる〉と嘆く節目の年、1995年が、本書の真の主役だ。
 故郷の炭鉱町に層を成す光と影の昭和史を活写した『地の底のヤマ』等で知られる著者自身、東大工学部から労働省を経て、講談社、、、Views、、、、、』記者に転じた異色の経歴を持ち、神戸市の焼け跡から発見された男の刺殺体を巡るミステリー、、、、、、、、、、、、、として、あのただでさえ劇的な1年を描くのである。

 震災当時、現地には?
「いや。行けと言われても行けなかったと思います。
 特に役人時代に赴任した監督署の管轄する長田区。合成靴やゴムの零細工場が密集し、労働問題に事欠かなかった町が炎に呑まれる様は、テレビですら正視に堪えなくて。担当したのは長田とかソープ街で有名な福原とか、いわゆる神戸とは趣の異なる地域でしたが、純粋に面白かったんですよ。人間が理屈や体裁じゃなく、生身で生きてる感じがして。
 そんな思い入れもあって、雑誌が今とは桁違いに売れ、その熱気の只中で私自身も記者として戦った95年を書こうと。要するに記者の古毛は狂言回しで、実質的な主人公はあの時代であり、その光と影を丸ごと投影させたヒロイン〈余寿々絵〉や、古毛が取材を重ねる東大中退のオウム信者〈桐田純人〉なんだと思います」
 1月17日未明。M7・3の直下型地震が阪神全域を襲ったとの一報を自宅で受けた翌日、古毛は予算の潤沢な写真週刊誌に便乗する形で一路神戸へ。被災地に留まり、公園に簡易テントを張って野宿仲間と鍋を囲んだり、不動産屋で安いアパートを探して拠点にしたりと、取材の実際がまず興味深い。
「月刊誌は速報性を欠く分、読むに値する題材をじっくり探せるのが強みで、逆に言うと見つかるまで帰れない。現地の状況については実際に取材に行った人に話を聞きながら、市内に入るには新神戸からいったん山側に抜け南下すると早いとか、有馬温泉がメディアの拠点と化したとか、細部は出来る限り再現しました」
 そして神戸市内の火災跡で、古毛は焦土に佇む女の瞳に魅入られたのだ。〈横顔に夕陽が差し、赤く照り映えた〉〈あの眼だ〉〈俺はあれと同じ光の眼に、出会ったことがある〉〈アフガニスタン内戦の戦場を取材した時だ〉〈中でも最も若い兵士と、古毛は話した。まだ十三歳で、戦闘に参加するのは今回が初めてだと〉〈怖くなんか、ないさ〉〈これから、なすべきことをやるんだ〉〈強い想いに満ち満ちた目が、こちらを見返していた〉―。
 それが余寿々絵だった。

変えるべきものほど変わらない

 被災地で炊き出しや物資の運搬に率先して当たる反社会勢力の行動力をテーマに取材を続ける古毛は、焼け跡で収容された遺体の中に他殺と見られる死体があり、兵庫県警〈滝川警部〉らが動き始めたと小耳に挟む。そして住民たちの証言から、死体の主がバブルに足を掬われた元高利貸〈余廉将〉で、妻は横暴な夫を恐れて逃げ、福原のソープで働く娘も古毛が姿を見かけたあの日以来、消息を絶った事実を掴むのだ。
「自戒も込めて言いますが、メディアというのは物事を安直に煽りがちで、当時はオウムのことも散々叩いた。ただ個々の信者に関しては他人事とは思えない感覚を私も共有していたし、なぜ優秀な彼らが凶行に走ったかは、今も社会全体の問いとして残されたままです。
 仮にバブルとその崩壊が、戦後日本人が信奉してきた物質主義や金銭至上主義に対する疑念を生み、彼らを宗教に走らせたとすれば、いつまた似たことが起きてもおかしくはありません」
 古毛は父殺しを疑われた寿々絵の行方を追う一方、麻原逮捕後も教団傘下のパソコンショップで働く桐田を度々取材。大手企業の重役を父に持つ元東大生に聞きにくいこともあえて聞き、信頼を築くが、やがて一見バラバラな事件と事件の間にある接点が浮上する。
 その衝撃の結末もさることながら、今もって続く政官財の腐敗と搾取の構造には眩暈すら覚える。
「何しろ書き出しが〈変わらないものは変わらない〉ですからね。95年の本編を2020年の序章と終章で挟む形にしたのも、何が変わって何が変わらないかを可視化するためで、前者は何といってもウィンドウズ95の登場です。私も当時はネットって何? と思ったクチですが、今ではネット抜きの巣ごもり生活なんて考えるだけでゾッとする。
 かと思うと官僚接待や日米地位協定など、真っ先に変えるべき腐敗や不条理ほど変わらない。それでも95年が、戦後日本人が誇ってきたものの多くが砂上の楼閣だったと露呈した転換点であることは事実で、少なくとも国は信用するな、そんな枠は超えて違うことを考えようよと、私は元役人だから言うんです(苦笑)」
 日本に再び陽が昇るとしても、「全く別の方向に昇るんじゃないんでしょうか」と西村氏は言い、渦中では見えなかったものが離れて初めて見えてくることはよくあると、26年前のあの夕陽の輝きに思いを託すのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/喜多村みか

(週刊ポスト 2021年4.9号より)

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