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【著者インタビュー】水野梓『蝶の眠る場所』/事件の関係者の子供たちは、その後どう生きるか

小学校の屋上から転落した小学生の死と、ある事件の死刑囚が最期に残した「真犯人は別にいます」という言葉。その接点と真相とは? 日本テレビ報道局でも活躍する水野梓氏による社会派ミステリー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

冤罪事件を取材する女性記者が警察権力との暗闘の果てに辿りついた真実とは――驚愕の社会派ミステリー!

『蝶の眠る場所』

ポプラ社
1980円
装丁/鈴木久美 装画/チカツタケオ

水野梓

●みずの・あずさ 1974年生まれ、東京出身。早稲田大学第一文学部とオレゴン大学ジャーナリズム学部を卒業後、日本テレビ入社。警視庁や皇室担当、社会部デスク、中国総局特派員、『NNNドキュメント』ディレクター等を歴任し、現在経済部デスクとして財務省と内閣府を担当。BS日テレ『深層NEWS』金曜キャスター。NNNドキュメント’14『反骨のドキュメンタリスト~大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』でギャラクシー賞月間賞。8歳の息子を持つ母親。160㌢、A型。

弱くて狡くてグレーでも、互いを赦し、助け合うことでしか人間は生きられない

 発端はある日曜、町田市の小学校屋上から転落した5年生、〈清水大河〉の死と、99年12月、小1の女子とその母親が殺された〈相原事件〉の死刑囚〈今井武虎〉が最期に遺した〈真犯人は、別にいます〉という言葉。
 その接点と真相にたどり着くまでの毎朝放送社会部〈榊美貴〉の周到な取材や、誰の中にもある小さな悪意や保身のあり様が、水野梓氏の初著書『蝶の眠る場所』では、社会派ミステリーにとどまらないリアリティと深みをもたらす。
 自身、日本テレビ報道局では本名・鈴木あづさ名で活躍し、『NNNドキュメント』等の制作経験もある彼女にとって、小説の執筆は子供の頃からの夢であり、「通常はなかなか追いきれない、事件のその先、、、を描くこと」でもあったという。

 水野は祖母の姓。
「祖母は『花子とアン』の時代の東洋英和女学院で教鞭をとり、私に本を読む喜びを教えてくれた恩人です。
 私は小学校でいじめられ、図書室にこもった時期があり、その頃から作家になりたくて新聞記者を志しました。父の介護の都合もあって、転勤がない在京局に入りましたが、その間も恋愛小説からミステリーまで、幅広く書いていたんです。
 本作に関して言えば『殺人犯はそこにいる』の著者でもある弊社の清水潔と飯塚事件(92年)の番組を作った経験が大きいですね。
 例えば足利事件(90年)では無効とされ逆転無罪に繋がった、時期も方法も鑑定者も同じDNA鑑定結果が飯塚事件では有効とされ、足利の再鑑定目前に死刑が執行された(その後遺族が再審請求するが、今年4月最高裁は特別抗告を棄却)。当然『おかしい』と誰もが思うわけですが、基本的に記者は事実しか報道できないし、常に新しい取材対象を求められる中、あと一歩のところで真実に踏み込めなかったりもする。そんなもどかしさを日々抱えながら、私は特に関係者の子供たちが事件後をどう生きるかが気になっていて、それはもうフィクションの形でしか描き得ないだろうと」
 折しも2歳の息子〈陸〉の誕生日、デスクの呼び出しを受けたシングルマザーの美貴は、陸を母に預け、町田南署に急いだ。そして大河の母親と思われる女性とすれ違いざま〈ころされた〉という声を微かに聞く。
 美貴は後日、コンビニで泥酔し、吐瀉物塗れで眠る彼女〈結子〉を救出し、自宅まで送り届けることに。
 かつて育児放棄された結子は、衰弱していたところを近所の喫茶店経営者夫妻に保護され、実子〈竜哉〉と兄妹同然に育てられたという。その後、結子は竜哉と結ばれて大河を産むが、その矢先に一家を不幸が襲う。養父・武虎が無実の罪で逮捕され、しかも死刑執行当日、養母までが事故で死亡。さらに竜哉は心を病み、いまは離婚して施設にいて、実はその延長線上に大河の死もあった。
 美貴がその事実を掴むのは、後輩記者を庇い、深夜枠の調査報道番組に飛ばされてなお、曲者揃いの同僚と地道に取材を重ねたからだ。いじめの可能性を頑なに否定する学校側や、大河たちが理科実験クラブで飼っていたインコがふと口にした〈ターイーガクン、ヒトゴロシ〉という鳴き声。絵の巧い大河が遺した1枚だけ拙いクレヨン画など、1つ1つは見逃しかねないピースだけに、全てが嵌った時の衝撃はこの上ない。
「それは現場での経験や清水の背中から学んだ私の実感でもあります。根気よく集めた細部の連なりにこそ、普遍や真実は宿るという」

権力の中枢ほど弱い人が多い

 それにしてもこの作品で異色なのは、町田南署の署長で、警部補時代には相原事件も手がけた〈冴木〉の造形だ。ここは物語の性質上、ある私怨、、、、を捜査に持ち込んだと書くに留めるが、そんな彼に美貴が恋心すら抱くことには、正直、違和感を拭えない。
「確かに。でも恋は落ちるものだし、権力の中枢ほど弱い人が多い感じが私はする。森友事件でもあんな改竄、普通なら拒む人がいそうなものなのに、むしろ組織でやってしまう。そもそも日本は同調圧力に弱く、全員が同じ意見だといいクラス、みたいな面がある。
 私は99匹になりきれない1匹の黒い羊に向けて小説を書いているつもりで、冴木のようなキャリア以外の生き方を選び得なかった、優秀だけど弱くて脆い人も、複雑でいいなと、個人的には思っちゃうんです。この弱さ、惚れちゃうかもなって(笑い)。逆に言うと、弱い人間が権力を握り、無実の人間を殺しかねない怖さを小説だから書けたともいえて、やはり彼は弱くてよかったんです(笑い)」
 冴木に限らず、本書では小さな悪意や保身をあえて点在させた印象すらあり、1つ1つは些細な嘘が冤罪を生みだす構図を否応なく描く。その象徴が〈お前の中にもヒトラーはいる〉という、冴木がポーランドの老人に言われた言葉だろう。
「死刑の是非はともかく、これほど不可逆的な刑罰をこれほど弱い人間が下し、執行経緯も開示しないのは、やはり問題だと思うんです。本作にも真っ白な人は誰もいませんし、誰もが弱くて狡くてグレーな中、制度に頼らなくとも人は人を赦し、〈憎しみの悪循環〉を断てるかを考えたかった。
 互いを赦し、助け合うことでしか人間は生きられないから、たぶん私はこの物語を書いたんです」
 小説を書く時も出発点は常に旺盛な「問題意識」だ。
「怒りや『?』を原動力にこれからも青臭く、書き続けていきたい(笑い)」
 その在庫は当分尽きそうにない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年5.21号より)

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