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【著者インタビュー】日高トモキチ『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』/エンタテイメントの神髄が味わえる自由で豊かな物語世界

挿画家や写真家など様々な顔を持つ著者が「私は好きに書いた、あとは好きに読んでくれ」と世に送りだした短編集。どこか幻想的でいながら、今と何かが重なる、極上の7編が収録されています。

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ジャンルは与太話? 様々な創作活動をみせる奇才が縦横無尽に繰り広げる幻想世界 初めてにして極上の短編集

『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』

光文社 2090円
装丁/坂野公一(welle design) 装画/磯 良一

日高トモキチ

●ひだか・ともきち 1965年宮崎市に生まれ、大阪、神戸、東京で育つ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中にゲームブック『機動戦士ガンダム シャアの帰還』でライターデビューし、92年「PARADISE LOST」(『近代麻雀オリジナル』連載)で漫画家、またSF同人誌『パラドックス』掲載の「アンビストマの大迷宮」で小説家としてデビュー。『トーキョー博物誌』『里山奇談』等著書共著多数。京都精華大学講師を経て現在は新潟・開志専門職大学専任講師。167㌢、84㌔、A型。

永遠に生きたりするより、終わりがあるからこそ精一杯遊ぶのが楽しいと思う

 漫画家でもあるせいか、日高トモキチ氏(55)の初小説集『レオノーラの卵』は、ありもしない世界をあるかのように現出させる、文章の画力、、、、、にまずは驚かされる。
「以前、筒井康隆さんが、自分は状況の説明がヘタで、絵の方が早いと思ってしまうと何かに書かれてましたけど、私の場合は逆というか、自分では絵にできないものを、小説に書いている。
 目に見える分、受け手を縛りかねない絵と違って、文章の世界は自由でいいなあと、常々思っているので」
 どこか幻想的でいながら、今と何かが重なる全7編は、それぞれ物語としての精度も高く、全く飽きさせない。作中、〈小説は事実より奇なり、じゃよ〉〈なに当たり前のこと言ってるんですか〉という会話があるが、こんな当たり前なら大歓迎だ。

 挿画家や写真家など様々な顔を持ち、駄洒落の端々に昭和が香る年頃ながら、これが初単独小説集という、貴方は一体、何者ですか?
「音楽でも何でも一通り手は出すけど、結局飽きっぽくて何も続かない、器用貧乏な男です(笑い)。
 その中で唯一続いたのが絵と文章ですが、私は何事も人から頼まれないとやらない類の怠け者で、独りでコツコツ小説を書いたりはできない性分なんですね。そんな私になぜか30年前、絵ではなく小説を書かないかと頼んでくれた方がいて、その某SF同人誌に載った実質的初小説を後々読んでくれた1人に、作家の宮内悠介さんがいたんです」
 そう。宮内氏は高校生時代に日高氏がかつて麻雀雑誌に連載していた漫画『PARADISE LOST』の愛読者だった。その縁から、目下注目の鬼才自らが編んだ『博奕のアンソロジー』(19年)に請われて筆を執ったのが、表題作「レオノーラの卵」なのだ。
「宮内氏からのお題は博奕全般でした。麻雀が書ければよかったんですが、小説をほぼ30年ぶりに書く私にいきなり『麻雀放浪記』が書けるわけもない。
 そこで博奕↑賭け↑子供が男か女かを賭ける話と、遡って展開してみたんですが、レオノーラも母親の〈エレンディラ〉もなぜ卵を生むのかとか、私もわからないことだらけです(笑い)」
 物語はこう始まる。〈レオノーラの生んだ卵が男か女か賭けないか、と言い出したのは工場長の甥だった〉
 ちなみにレオノーラとは彼の叔父がかつて工場長を務めた、〈黄色コッペパンを焼く工場〉で働く娘のこと。その叔父が25年前に失踪し、現在は叔母が工場長だが、工場長の甥にとって自分は今もって叔母ではなく叔父の甥だった。〈ものの名前は単なる固有名詞ではなく、その属性を示すべきであるというのが日頃の彼の主張であり、またこの街の不文律でもあった〉
 彼がその〈プールバーと呼ぶにはあまりに撞球場〉な店に呼び出したのは3人。眼鏡の僕〈チェロ弾き〉と、町鼠と違って冬は冬眠する眠り鼠の〈やまね〉。そして胴体こそないが器用に煙管を吸う〈時計屋の首〉だ。 撞球場の壁には〈ピアノ弾きを撃たないでください〉と張り紙があり、実は25年前、なぜ父が撃たれたかを知るために、チェロ弾きはその賭けに参加していた。
 そして25年前にも当時の工場長とピアノ弾きと時計屋と〈駄菓子屋〉の4人がエレンディラの卵を巡って賭けをし、命運を二分した顛末を、当時はまだ普通の時計屋だった時計屋の首や老鼠から聞かされるのだ。
「表題作は四半世紀を跨ぐ卵と賭けの物語。第2話の『旅人と砂の船が寄る波止場』は、ある港町にやってきた主人公〈物集旅人〉〈万有引力先生〉や秘書の〈笛木女史〉の協力を得て、13年前に町の命運をかけて建造された作業船が市長や要人を乗せて出港した直後、突如発生した虹に似た〈閃光〉により、中身の人だけが消えた、、、、、、、、、、謎に迫る話で、基本的には昔語りが多いんですけどね。
 それこそ宮内さんが帯に〈かくも軽やかに放られる幻想と与太と博識〉と書いて下さったように、与太ですよ、与太。SFでもミステリーでもなく、幻想小説ほど格調も高くない本書は、どんな本かを説明するのにいつも苦労するんですが、ジャンル=与太話といえばシックリきます(笑い)」

好きに書いたから好きに読んでくれ

 続く「ガヴィアル博士の喪失」は、発明王になった人喰いワニに〈かぎ男爵〉が送りつけた脅迫状を機に、年老いたウェンディが営む駄菓子屋に例の面々が集う、和解と再生の物語。第4話「コヒヤマカオルコの判決」は、判事の横暴に業を煮やした公証人〈古本ねずみ〉の策略で裁判官のバイトをすることになった16歳の図書委員の冒険譚と、各種名作の細部やその後を、日高氏はまるで接ぎ木するように発展させ、全く違う花を咲かせてしまうのだ。
「本は昔から好きで読んではいますけど、私は粗筋を聞かれるのが苦手というか、例えば『ドン・キホーテ』も少年版で読み、主役よりサンチョ・パンサの活躍とか、取るに足らない細部、、、、、、、、、だけを憶えている類の本好きで。
 ほら、会話とか雑談ってそうじゃないですか。断片的な記憶や知識から話題があちこち飛んで、気づくと全然違う話になってるけど、まあいいかっていう(笑い)。私の小説もそれに似ていて、読者を迷子にしない程度に手綱は握りつつ、調和とか伏線の回収はほぼ考えない。昭和なギャグも別にわからない人はスルーすればよく、特に今は好みが細分化し、みんなが知ってること、、、、、、、、、、など皆無に近いので、調べたい人は調べて下さいと、委ねている、、、、、ところはあります」
 読みたいものを読みたいように読み、自由に楽しむ。エンタテイメントの神髄を、日高氏は信じているのだ。
「仮に本書で訴えたいことがあるとしたら、それです。細部を気にした方が楽しいから私は気にするだけで、大抵のことは放っておいても何とかなり、でも世界は着実に破滅に近づいている。
 その間、与太話に興じるのも一興ですし、終わりがあるからこそ精一杯遊ぶのが楽しいと思うんですよ。永遠に生きたりするよりも。
 映画『シン・ゴジラ』に『私は好きにした、君らも好きにしろ』という有名な台詞があるけど、あれです。私は好きに書いた、あとは好きに読んでくれっていう。特に後半はコロナが猖獗しようけつを極めた時期や父を亡くした時期に書き、より現実との地続き感が増した気もしますが、あくまで基本は与太話なんで」
 執筆に際しては紙芝居や駄菓子屋の佇まいにも似た既視感を大事にしたと言い、遊びをせんとや生まれけんを地で行くような、自由で豊かな物語世界を、ぜひ!

●構成/橋本紀子
●撮影/喜多村みか

(週刊ポスト 2021年7.2号より)

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