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【著者インタビュー】頭木弘樹『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』/萩原朔太郎から萩尾望都までよりすぐりの12編を集めた「ひきこもり」アンソロジー

20歳のときに難病と診断され、闘病のために13年間ひきこもっていたという著者が、「そういうときに読むアンソロジーを作ろう」と企画し実現した本書。新型コロナウイルス感染拡大で外出もままならないいま、まさにタイムリーな一冊です。

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

家にひきこもることが正しいとされるいま、闘病で長い間ひきこもっていたときに自分を救った物語を編んだ話題の人にインタビュー!「何が正しいか、普通かってこんなに簡単にひっくり返るものなのか」

『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』

毎日新聞出版 1760円

本書の冒頭に「ひきこもり図書館 館長」こと編者の頭木さんの《ご挨拶》がある。それはこんな文章で始まる。《この図書館の目的は、ひきこもりを肯定することでも、否定することでもありません。ただ、ひきこもることで、人はさまざまなことに気づきます。心にも身体にもさまざまな変化が起きます。/そのことを文学は見逃さずに描いています。その成果をひとつに集めたいと思いました》。選ばれた12の物語は実にさまざま。最後の「あとがきと作品解説」も、頭木さんが各々の作品を「どう読んだか」がわかり、理解が深まる。

頭木弘樹

●(かしらぎ・ひろき)1964年生まれ。文学紹介者。筑波大学卒業。大学3年のときに難病にかかり、13年間の闘病生活を送る。編訳書に『絶望名人カフカの人生論』『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ 文豪の名言対決』など。著書に『絶望読書』『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』『食べることと出すこと』『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』など。アンソロジーに『絶望図書館―立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』『トラウマ文学館―ひどすぎるけど無視できない12の物語』。

『変身』はノンフィクションかと思うぐらいリアルだった

『絶望名人カフカの人生論』や『絶望読書』などで知られる頭木弘樹さんの新刊は、「ひきこもり」をテーマにしたアンソロジー。萩原朔太郎の散文詩や宇野浩二の私小説、SFやホラーの古典に韓国を代表する現代作家ハン・ガンの短篇、萩尾望都の漫画などよりすぐりの12編を集めた。新型コロナウイルス感染拡大で外出もままならないいま、非常にタイムリーな企画だ。
「実はこの本、コロナとは関係なくずっとやりたいと思っていたんです。ぼく自身、長い間、家にひきこもっていたもので。そういうときに読むアンソロジーを作ろうと思ってたら、思いがけずこんな状況になってしまいました」
 頭木さんのひきこもりは病気によるものだ。大学生だった20歳のときに難病に指定されている潰瘍性大腸炎と診断され、入退院をくりかえす。闘病生活は13年続き、就職もかなわなかった。その後、手術で症状は軽減されたが、薬のために免疫力が低下するので、外出時にはマスクをつけ、手づかみでパンを食べるようなときには手指のアルコール消毒が欠かせなかったという。
「花粉症の人もまだそれほど多くなかったから、気持ちの悪い、変な人という目で見られていました。街を歩いていてヤクザ風の人にぶつかっても向こうが謝ってくるぐらい。それがいまは、マスクをしてないといけない、ということになって。何が正しいか、何が普通かってこんなに簡単にひっくり返るものかとびっくりしています」
 長い闘病生活の間に命綱になったのが、本だった。特に、フランツ・カフカの代表作『変身』。ある朝、目覚めると巨大な虫になっていた男を描く不条理文学だ。
「突然、部屋から出られなくなる主人公が、『自分とまったくおんなじだ!』と戦慄しました。不条理文学どころか、ノンフィクションかと思うぐらいリアルでした。人生のレールからとっくに脱線してるのに気づかず、些末さまつなことを気にしてたりするのもまったく同じ」
 カフカにハマり、全集をくりかえし読むうちに、「ここの訳と原文は違うのでは?」という箇所がわかるようになる。独学でドイツ語を学び直し、編訳書『「逮捕+終り」―「訴訟」より』の出版にこぎつけるが、せっかくの本も、版元が倒産、在庫差し押さえの憂き目を見る。
「20代から30代前半の、普通の人が社会に出ていろんなことを学ぶ時期にずっと闘病していたので、ぼくは本当に世慣れてなくて。出した本を持って出版社を回ればいいのに、そんなことも思いつかなかった。本を読んだ誰かから電話がかかってくるんじゃないかと、ひたすらじっと待っていました」
 奇跡は起こる。本が出てから10年以上たったある日、図書館で頭木さんの本を読んだ編集者から、カフカの本を作りたいと電話がかかってきた。編集者の意向はポジティブな生き方の本だったが、頭木さんは、ネガティブをきわめるカフカ像を恐る恐る提案する。東日本大震災の後、「絆」や「希望」という言葉が躍るなか、それでも企画は通り、『絶望名人カフカの人生論』は、ベストセラーになった。

欲しかったのになかった本を自分で作っている

 その後の頭木さんは、「文学紹介者」の肩書で、ネガティブな心に寄り添う、ユニークなアンソロジーをいくつも世に送り出している。
「よく、本を出す人って、自分が書きたい本を出す人と、こういうのが売れるから出す人がいるって言われますけど、ぼくはどちらにもあてはまらなくて、欲しかったのになかった本を自分で作っている感じです。『絶望読書』もそうで、絶望したときに倒れたまま読む本ってほんとになかったんです。みんな立ち直るための本ばかりで。今回のひきこもりも、いい悪いじゃない本にしたいと思いました」
 自分自身がひきこもり生活を送っていたからこそ、ひきこもりを描いた文学作品がたくさんあることに気づいたと頭木さんは言う。
「収録作の『フランケンシュタインの方程式』を〝ひきこもりもの〟と思う人はまずいないでしょうけど、ぼくにとっては宇宙船に閉じ込められているあの状況はひきこもりだと感じました。今回、SFが多くなったのは自分でも意外でしたけど、極限状況を描くSFとひきこもりは、きっと相性がいいんですね」
 アンソロジーは、「本を読むのが苦手な人に向けて作る」と頭木さん。
「自分がもともと本を読まず、途中でやめる人間だったので、読みやめる人の気持ちがすごくわかるんです。
 ほかの人の本を読んでも、これは読書好きの人が作った本だな、とか気がつきます。そういう本は、いまでもぼくにはちょっと読みにくいんです」
 だから頭木さんのアンソロジーには必ず漫画が入っている。今回は、萩尾望都「スロー・ダウン」。
「萩尾望都さんは、こういうテーマのあるアンソロジーへの収録は難しいんじゃないかと編集者から言われましたが、快諾していただいて、本当にうれしかったです」
 本を編むときは、著者や、著作権継承者に、周囲からは作品への「ラブレター」だと言われる手紙を書いて収録許可を求めている。
 ハン・ガン「私の女の実」はこの本のために初めて訳された。訳者の斎藤真理子さんと親しいからこそ可能になったことで、アンソロジーのテーマを伝え、いくつか梗概こうがいを送ってもらって収録作を決めた。
 頭木さんが気に入っているのが岡山県新見市に伝わる「桃太郎」。よく知られたものと違い、こちらの桃太郎は鬼退治に行かないばかりか、ほとんど家から出ない。
「『桃太郎』って大嫌いな話だったんですけど、鬼退治に行かないバージョンも結構、伝わっているんですよ。昔話は物語や心の原型みたいなもので、出世をめざす話だけじゃなく、外に行かないやつの話もまた伝わっていると知って、なんだか救われましたね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
『桂文我 上方落語全集』。ぼく落語好きなんですけど、このかたは、忘れられた噺を掘り起こし復元することに取り組んでおられてその志に感動します。実は、自分の『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』の文庫解説を文我師匠にお願いしたら、「読んでみてよくなかったら批判します」と言われ、読んでいただいている間の2週間はドキドキして眠れなかったです(幸い、気に入っていただいたようです)。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 作家ではありませんが、医学書院の「ケアをひらく」というシリーズは本当に面白いので、出るたびに読むようにしています。

Q3 最近気になる出来事は?
 それはコロナにつきますね。食料品もほぼ宅配で、完全ひきこもり生活をしています。昔の生活が戻ってきたようです。

Q4 好きなテレビ・ラジオ番組は?
 WOWOWの「リーガ・エスパニョーラ」。スペインのサッカー・リーグです。病気になる前はずっとサッカーをしていて、いまも見るのは大好きです。

Q5 最近ハマっていることは?
 オンラインですね。楽しくてしょうがない。病気でひきこもっていた13年間にこういうものがあったらと思うほどです。
 ぼくは、スカイプが始まったときもすごく早く導入したんですけど、やってくれる相手がいなくて。編集者にやろうと言っても、会社のデスクで、一人でしゃべるのも迷惑だし、そのために家に帰るのも、なんて言われてたんですけど、今はこうやって当たり前にオンラインで打ち合わせや取材もできるようになって(今回のインタビューもオンライン)、コロナは嫌ですけど、こういう道が開けたことはよかったなと思うんです。
 トークイベントも、これまでは病気のこともあって行きづらかったのが、オンラインだと気軽なので、結構、参加してます。途中でトイレにも行けるし、聞き逃したところもアーカイブで聴けたりする。最近では、旅行作家の田中真知さんのイベントが面白かったですね。

●取材・構成/佐久間文子

(女性セブン 2021年6.10号より)

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