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【著者インタビュー】西尾潤『マルチの子』/ネットワークビジネスにハマる人々の心理をリアルに描く

賢い姉と可愛らしい妹に劣等感を覚えて育ち、何をやっても続かない21歳の主人公。ある日、高額寝具を主に扱うマルチ商法に出会ってしまい……? 自身もマルチビジネスにどっぷりハマった経験がある著者が実体験を基に描く、戦慄のサスペンス!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

目指せ億万長者!!マルチ商法にハマった女性の人生をリアルに描く戦慄のサスペンス

『マルチの子』

徳間書店
1980円
装丁/川名 潤 装画/太田侑子

西尾潤

●にしお・じゅん 大阪府生まれ。大阪市立工芸高校卒。デザイン会社勤務を経て、某ネットワークビジネスに傾倒。最年少記録で表彰される一方、買い取り等で借金が嵩み、23歳を前に脱会。昼は化粧品会社の美容指導員、夜は北新地のクラブのバイトを掛け持ちして700万を完済、カナダ留学も叶える。帰国後はヘアメイクやスタイリストとして活躍する傍ら、山村正夫記念小説講座に通い、18年『愚か者の身分』で第2回大藪春彦新人賞を受賞。翌年同作でデビュー。153㌢、O型。

自己評価が低い人間ほど承認欲求は強く自分が認められない自分を認めてほしい

 正直、『なぜマルチなんかに?』と、傍目には思う。
 が、何事も渦中の景色は外野の想像とは違うらしく、西尾潤著『マルチの子』は、俗にいうネットワークビジネスにハマる人々の心理が実体験、、、に基づくだけに胸に迫り、なおかつ小説的にも抜群に面白い、目下注目の新鋭の第2作目である。
 主人公〈鹿水真瑠子〉は、賢くて美しい姉〈真莉〉や可愛らしい妹〈真亜紗〉に強い劣等感を抱えて育ち、何をやっても続かない21歳。そんな彼女が〈健康増進協会〉お墨付きの高額寝具を主に扱う通称〈HTF〉で仲間と出会い、意外な才能を発揮する様は、ともすれば成長小説や青春小説として読めなくもない。
 しかしマルチは所詮マルチであり、来るべき破綻と転落の先に、西尾氏はどんな景色を用意するのか?

「実体験はそう、私自身のです。20~22歳の2年半強、マルチビジネスにどっぷりハマった、元経験者なので。
 しかも入って早々、〈竹やん〉みたいな優秀な弟分が現れて、一時組織が800人規模までいったのかな。月収も7桁を越え、史上最年少のゴールド会員として『この子は凄い』と方々で誉めそやされた私は、要は調子に乗っていたんです。
 当時は入る金は計算しても出る金のことは頭になく、2年半の間に膨れた借金が700万。どうにか完済できたからいいようなものの、あの時、借金が親にバレて、返済生活に入ってなければ、たぶんここにはいません」
 半グレや臓器売買の今に材を取った前作『愚か者の身分』(大藪春彦新人賞)で「誰もが犯罪に加担しかねない時代」の陥穽を描いたかと思うと、今作は自身がモデル。冒頭、大阪市内の某カフェでHTFがいかに画期的組織かを語り、看板商品の〈KAIMIN2〉、15万円也を無事契約に持ち込んだ真瑠子は思う。〈人が感情を揺さぶられるのは、商品やシステムの“説明”ではない〉〈背景にある“ストーリー”だ〉〈楽してお金を稼ぐ、というストーリーにみんな乗りたいのだ〉
 中でも鉄板は〈瞳さん〉の物語。瞳さんは腰痛が劇的に改善した上にゲートボール仲間らに計25台が売れ、46万円の紹介料を手にしたという虚々実々のお話だ。
 HTFの仕組みは真瑠子の上に南船場のマンションに住む元ミュージシャン〈丹川谷勝信〉が、さらにその上には1万人強を傘下に抱える東京在住のカリスマ〈滝瀬神〉がおり、配下に抱えるダウンの数や実績次第で役職やマージン率も違ってくる。
 最初は妹の彼氏など数人のダウンしか持たなかった真瑠子が、〈マイウェイ〉でも実績のあった竹やんこと〈竹田昌治〉を従え、快進撃を繰り広げるまでが前半。後半では健康被害で訴えられた本部を見切り、滝瀬ラインごと某商社系の環境ビジネスに“お引越し”したものの、その滝瀬とも袂を分かった彼女が、別の知人の誘いで仮想通貨に手を出す顛末が描かれ、そのどれもがひどく危なっかしい。
 特に昇進がかかる締日のこと。ローン審査の結果を待ち、もしダメならキャッシングしてでも現金を突っ込むことを彼女は繰り返し、それも仲間を思えばこそだった。〈下の人が成功体験を積まないと自分も成功しない〉〈人を応援することが自分の利益に直結する。こんなに素晴らしいビジネスが他にあるでしょうか〉
「マージンや引越しの話はほぼ実話やし、仮想通貨やマルチのも極力取材して入れたつもり。時代と寝てこそエンタメだというのが山村小説教室・森村誠一塾長の教えですし、元々私は今しか興味がないんですね。
 実は私、これを書くまで、当時のことを一切振り返ったことがなかったんです。それが栄光であれ恥であれ、『過去は絶対に変えられないから気にしてもしゃーない』が身上なもんで(笑い)。
 そんなわけで、自分では特におもろいとも思わない過去とほぼ初めて対峙したわけですけど、なぜ自分がそこまでハマったかといえば、周囲の大人からマーフィの法則とか超ポジティブ思考を叩きこまれ、成績も偶然上げられただけなのに、〈自分は特別だ〉と勘違いしたことが大きいと思う。私みたいに自己評価が低い人間ほど承認欲求も強く、自分が認められない自分を誰かに認めてほしいんですよね。要は若くて世間知らずやったんですけど、そうやってマルチや新興宗教にハマる心理は私だけのものではない気が今はします」

悪魔にも宝石にもなる言葉の面白さ

〈地獄、踏んでないよね〉と自問しながらも、自分の行為の正当化に走る〈一貫性の法則〉に絡め捕られ、見たくないものに蓋をする真瑠子。そうやって自己欺瞞を常套化させていく姿は、愚かと一言で片づけるにはあまりに身近で、人間的だ。
「自分はいい買物をしたと正当化したり、一度決めたことは貫いてこそ正義だと思い込むのが一貫性理論で、そういう人を頭ごなしに否定しても無理。まずは愛をもって認めてあげないと!!
 しかも自分が成功すると、下の子もと思うのが人情。60万? いいよ、私が突っ込むって、それでますます借金が膨らむ一方、人前で話す自信がついたのも確かです。特に言葉の魔力というのかな。人を自殺に追いこむような言葉もあれば、その一言があるから生きていけるというものもあって、悪魔にも宝石にもなるのが言葉の面白さかと。だから小説を書き始めたんです」
 言葉の凄さも怖さも両方知るからこそ、その言葉の世界で勝負に出た西尾氏。そんな捨身の覚悟すら感じさせる、1行たりとも息の抜けない仰天必至の1冊だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年7.9号より)

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