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【著者インタビュー】伊岡瞬『仮面』/外見や肩書からは窺い知れない人間の本性に迫る

読字障害を持つ美形の社会福祉評論家や、テレビ業界の暗部に切り込む週刊誌の記者など、総勢7人の視点から語られるクライムミステリー。「どんなに親しい人でも、心の中のすべてを覗き見ることはできない」ことを感じ取ってほしいと、著者の伊岡氏は話します。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

新たな怪物モンスター登場! 表の顔に隠された〝真の姿〟とは―ベストセラー連発の著者が描く衝撃のクライムサスペンス!!

『仮面』

KADOKAWA 
1925円
装丁/國枝達也

伊岡瞬

●いおか・しゅん 1960年東京都生まれ。広告会社勤務を経て、05年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞を受賞しデビュー。16年には『代償』で啓文堂書店文庫大賞を受賞。同作は累計50万部を突破し、19年の同賞受賞作『悪寒』等ヒット作多数。173.5㌢、74㌔。「実はここ1か月で5、6㌔落としたんです。ほぼ毎日自転車を2時間ほど漕ぎ、食事内容も改善しました。動機?やはり作風に合わせてストイックにならないと (笑い)」。O型。

親しい知人や友人、あるいは家族でさえも心の中のすべてを覗き見ることはできない

 伊岡瞬氏の作風は、特に『代償』(14年)以降〝悪〟を描く傾向が強くなる。
「僕は『後味が悪い』というのも、一種の褒め言葉と受け止めています」
 その後味のよくない話がなぜこれほど読まれるのか、「それは誰もが持つ〝真の顔〟を描いているからではないでしょうか」という伊岡氏の最新作、その名も『仮面』は、外見や肩書からは窺い知れない人間の本性に迫る、新たな問題作だ。
 端緒は西武球場に程近い武蔵野の山中で発見された、東村山のパン屋の妻〈宮崎璃名子りなこ〉の白骨化した遺体。実は彼女が夫の旧友と不倫関係にあり、妊娠中だったこと。さらに愛娘を亡くしたその友人〈新田文菜あやな〉も姿を消していることなどが、総勢7人の視点から徐々に語られていくのだが、実は「何が起きているのか、途中までよくわからない」のも伊岡作品の特徴の一つ。
 それでいてこの禍々まがまがしく、どこかザラついた空気感を、私たちが嫌というほど知っているのも確かなのだ。

「『代償』を書く前のことです。自分の作品にさらに何が必要なのかを考えてみました。ひとつは大どんでん返しのような構造上の大仕掛け。そして際だったキャラクター。最後に、これまで描かれなかったような〝悪〟です。ならば、読んでいる途中で本を投げ捨てたくなるような、徹底した〝悪〟の存在を描こうと思ったのが、転換点だったかもしれません。
 悪人でなくとも、外面と中身がまったく同じという人はいないでしょう。わかりやすい例でいえば、ネットで匿名性を獲得した途端に悪意をむき出しにする人など。今回は、仮面性がより際立ちやすい、テレビ業界を舞台にしようと考えました」
 視点は璃名子と文菜の他、読字障害デイスクレシアを持つ美形の社会福祉評論家〈三条公彦〉の秘書を務める〈菊井早紀〉や、無名の三条にベストセラーとなる自伝本を書かせ、NBTテレビ『ミッドナイトJ』の曜日レギュラーまでにした名参謀役の〈久保川克典〉。『本性』(18年)の最終章で高円寺北署に転任となった刑事〈宮下真人〉とその新たな相棒〈小野田静〉巡査部長。そしてテレビ業界の暗部に切り込む『週刊潮流』記者〈小松崎真由子〉の計7人。相変わらず大食漢な宮下&クールな小野田の新コンビ結成はともかく、璃名子の死と文菜の失踪がどう繋がり、イケメン評論家がどう絡むかなど、一切の紹介を拒むほど緊密な構造を持つクライムミステリーだ。
 注目はやはり三条の造形だろう。父祖は藤原北家の末裔で、両親が死に、親戚に疎まれる中、交通事故で後天的に読字障害を発症。苦学の末にカリフォルニア大学バークレー校に留学を果たし、選挙ボランティアで頭角を現わした彼は、その劇的な人生と容姿の落差も奏功し、人気急上昇中だ。
 だが彼には、有能な秘書として存在感を見せ始めた菊井にすら見せない、素顔がありそうだった―。
「特にここ数年顕著な気がしますが、好感度も人気も高かった芸能人や著名人が突然表舞台から消えるようなケースが続いています。理由はさまざまで、ほんのささいなトラブルもあれば、人格を疑うような事例もあります。そんなニュースに接するたびに思うのは、やはり誰も彼も仮面をつけて生きているではないか、ということです。
 三条に関してもしかり。彼は、まさに最近話題になっているルッキズム(外見至上主義)の象徴でもあります。ハンサムで知的だけれど、それだけで『いい人』だと信じていいのか。テレビの中の人だけではありません。読者に問いかけたいのは、あなたの知人や友人、あるいは家族でさえも、あなたが思ったとおりの人ですか。仮面を被ってはいませんか、ということです」

読者の心に小さな引っかき傷を残す

 執筆に煮詰まると、行きつけの喫茶店で構想を練るという。そこで見聞きした、客同士や客と店員の印象に残ったやりとりなどを密かに〝取材〟し、キャラクターづくりに役立てることもあるとか。
「世の中、いろいろな人がいるなというのが、正直な感想です(笑い)」
 また、散歩もよくする。自然林などを散策中に『このあたりは死体を捨てたら発見が遅れそうだ』などと考えることもあり「作中の遺体発見現場となった森にはモデルとなった場所があって、そこで本当に白骨遺体がみつかる事件がありました」とのことで、リアルな空気感にこだわるという。
 実は読字障害に関しても個人的な興味はあった。
「僕自身、幼い頃はみんなと一緒に学んだり歌ったりが苦手でした。もしかすると、今でいう学習障害に近かったのかもしれません。あまりに厳格だった父親に萎縮し、積極性を失ったことが影響しているかもしれません。そもそも僕は、作品内にも書きましたが読字障害を一種の〈特性〉だと思っています。その特性を利用してでも世に出ようとするか否か、それは人それぞれの価値観です」
 やがて点と点とが連なり、明らかになる真実は、目を背けたくなるほど醜悪だ。
「誰もみな『仮面』をつけていると思うんです。どんなに親しい人でも、心の中のすべてを覗き見ることはできない。そんなことを感じ取って欲しい。映画に例えれば『ソフィーの選択』のように、読んだ人の心に小さな引っかき傷を残すことができれば、本望です」
〈誰にも覗かせない秘密の小部屋〉とあるが、「自分には小部屋どころか大部屋が幾つもあります」と最後に笑った。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年7.16/23号より)

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