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【著者インタビュー】阿武野勝彦『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』/東海テレビの名プロデューサーによる、テレビの未来を思えばこその訣別の書

遺体を映すことは本当に〈タブー〉なのか、「セシウムさん事件」はなぜ起きたのか、なぜテレビはつまらないと言われるようになったのか……。テレビ界の異端児と呼ばれた名プロデューサーが、テレビの舞台裏を明かし、業界の再起を期して書いた仕事論。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

人々の想像を軽々と超える理解不能で圧倒的な「現実」 それを届けるべく奮闘するテレビ界の異端児による仕事論

『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』

平凡社新書
1210円
装丁/菊地信義

阿武野勝彦

●あぶの・かつひこ 1959年伊東市生まれ。同志社大学文学部卒業後、東海テレビ入社。報道局アナウンサー、ディレクター等を経て、現在役員待遇ゼネラル・プロデューサー。芸術選奨文科大臣賞等受賞多数。また『平成ジレンマ』『青空どろぼう』『死刑弁護人』『長良川ド根性』『約束』『ホームレス理事長』『神宮希林』『ヤクザと憲法』『ふたりの死刑囚』『人生フルーツ』『眠る村』『さよならテレビ』『おかえり ただいま』と現在13作を数える一連のドキュメンタリー劇場で18年に菊池寛賞。181㌢、76㌔、B型。

マスゴミと呼ばれ壊れかけた視聴者との信頼関係は再構築できつつある

 例えば遺体を映すことは本当に〈タブー〉なのか? だとしたらどこがタブーで、保身や忖度とどう違うのか等々、一から考え、問うことをいかにこの社会が怠ってきたか、全ての働く人に突きつけるような1冊だ。
 阿武野勝彦著『さよならテレビ』は、〈ドキュメンタリーの東海テレビ〉を長年牽引してきた名プロデューサーによる、テレビの未来を思えばこその訣別の書。
「この国の隠蔽体質を散々ただしてきた我々こそ裸になれなきゃ危ないよ、むしろ強さより弱さを認め、正直でいた方が組織の自由度は高いよね、という話です」
 特に戸塚ヨットスクール校長らの今を追った『平成ジレンマ』(11年)以降は、東海テレビドキュメンタリー劇場と題した映画化にも挑み、26万人超を動員した『人生フルーツ』を始め、異例のヒットを記録。それも一地方局がミニシアターを拠点に積み重ねた数字だけに、可能性を感じさせる。
 だが、それにはまず「さよなら」から。身内にカメラを向け、業界内の禁忌すら対象化した同名映画同様、前進には痛みも伴うのだ。

「先日大学時代の後輩が日経新聞の『交遊抄』に書いていたんですが、僕は『本当にそうなのか』ってことを口癖のように言ってたらしいんです。40年前から。
 例えば『ヤクザと憲法』(16年)で言えば暴対法施行から20年が経ち、無菌化された社会を作ることに何の意味があるのかと。ヤクザにも人権や職業選択の自由はあるのに、一度泥を被った人間の再起を許さない社会では、いつその潔癖さが転用されてもおかしくない。その歪さを問うためにも密着取材は必要で、それがタブーか否か以前に、私だけは大丈夫と思い込む、無臭で清潔な社会は本当に住みやすいのか問いたかった」
 業界の再起を期し、後続の素材となるべく書かれた本書では、一連の代表作と自身のテレビマン人生とを併せて検証。特に報道志望でもなかったお寺の三男坊が紆余曲折あってドキュメンタリーと出会い、数々の傑作を生むまでが、独自のテレビ論も交えて綴られる。
 例えば1章「テレビマンとは何者か」。〈「セシウムさん事件」はなぜ起きたのか〉とある。実は『さよならテレビ』が制作されたのも11年夏、ある生番組のプレゼントコーナーでダミーの当選者名が誤って流れ、風評被害に喘ぐ東北の農家を応援するはずが、「セシウムさん」という不謹慎な人名、、が映った、〈開局以来最悪の不祥事〉が発端だった。
 その背景に横たわる外注依存体質や労働格差、とりわけ〈「うち」の苛烈な仕事を強いながら、意識のうえでは外部スタッフを「そと」に押し出し続けた組織〉の姿には、著者自身傷ついた。全スタッフが腸をねじる思いでタブーに挑んだ同番組は、放送当初から社内外に大きな反響を呼んだ。
「社の名誉を棄損したとか、社内でも散々言う人がいたけど、今や就活生の大半が『さよなら~』を観ているんです。もちろん結果論ですけど、想像を軽く超えてくるのが現実で、先回りってキリがないんですよ。特に最近はただでさえ強烈な安心安全圧力にコロナ禍が輪をかけ、この異物排除への引力には誰も抗えないのかと思うと、ゾッとします」

仕事を分業でなく「私有」してほしい

 県郊外のニュータウンに暮らす元設計者夫妻の日常を追った『人生フルーツ』では、生産より消費を尊ぶ社会へのアンチとして真の豊かさを問い、ナレーターを務めた樹木希林氏とのご縁も濃密になった。
〈山ほどの禁止事項に埋もれて被害者を気取っていた私は、希林さんとの仕事で、頭と心を自由にすることを教わった〉と恩人を悼む。
「今思うと不思議なくらい、最晩年の貴重な時間を割いてくれたんですよね。希林さんの言う〈地方の恵まれないローカル局〉のために(笑い)。ご本人は『報道の世界を知って得したわ』と話してましたけど、やはり仕事は誰とするか、、、、、が大事。僕はよく言うんです、番組を分業でも共有でもなく、私有、、してくれって。そして全員がそう思えるチームが組めたら、僕の仕事はもう終わったも同然なんです」
『ホームレス理事長~退学球児再生計画』 の被写体が金策に窮し、土下座で借金を乞う姿や、〈鬼畜弁護士を描く鬼畜番組〉とも揶揄された『死刑弁護人』など、カメラは時に不体裁な現実をも映し出し、炎上はザラ。
 が、〈「わかりやすさ」という病〉からどう離れ、〈世の中には理解不能な現実がある〉という事実と切り結ぶかが生命線であり、結論ありきの作品などあり得ない。
「テレビってビックリ箱だと思うんです。その瞬間は嫌なものを観たと思っても、明日は違うかもしれないし、10年後はもっと違うとか。 
 特に最近は今にしか、、、、生きられなくなってますからね。すぐわかる、、、、、も結構だけど、もっと長い時間軸で理解を深める番組もあっていいし、番組をソフト化しないのも、観客との関係作りも含めて全国の独立系映画館が育ててくれたから。作品を商品として消費するんじゃなく、多少観るのは不便ですけどよろしくって、まずはこちらがきちんと手渡し、向こうも応えてくれる関係性が、ここ20年でようやくできてきました。一時はマスゴミと呼ばれるほど壊れかけた視聴者との信頼関係が、ドキュメンタリーを通じて、再構築できつつある実感があるんです」
 メディアが人と人を繋ぎうるのも信頼があってこそ。その再構築を、今はドキュメンタリーが担いつつあるらしく、わかりやすくなど全然ない現実のゴロッとした感触にテレビマンたちの誠意と願いを読み取りたい。

●構成/橋本紀子
●撮影/黒石あみ

(週刊ポスト 2021年8.13号より)

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