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【著者インタビュー】本橋信宏『出禁の男 テリー伊藤伝』/天才とは一つのことを愚直に考えられる、生真面目さのことだった

映像化され世界的なヒットとなった『全裸監督 村西とおる伝』の著者、本橋信宏氏がつぎにスポットを当てたのは、テリー伊藤氏でした。コンプライアンスが厳しくなかった時代にも出入り禁止をくらいながら、テレビの世界を変えていった天才ディレクターの半生をつづった評伝。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

今ほどコンプライアンスが厳しくなかった時代にも出入り禁止ばかり食らっていた天才ディレクターの半生

『出禁の男 テリー伊藤伝』

イースト・プレス
2750円
装丁/鈴木成一デザイン室 写真/野口 博(フラワーズ)

本橋信宏

●もとはし・のぶひろ 1956年所沢市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。フリーライター、写真誌『スクランブル』編集長、クリスタル映像スタッフを経て、85年に『「全学連」研究』を上梓。『裏本時代』『素敵な教祖たち』等、サブカル系の人物評伝で注目され、16年刊行の『全裸監督』は19年にNetflixで映像化。今年6月にシーズン2も世界同時配信され話題に。『東京最後の異界鶯谷』等の街歩きシリーズも好評。近々歌舞伎町編が刊行予定。170㌢、69㌔、AB型。

人が一生懸命生きてる姿は時にコミカル。当時のテレビには剝き出しの熱量があった

 何かはわからない。が、何かとんでもなくギラギラしたものがそこには横溢し、映像化されるや世界的な大ヒットとなった、『全裸監督 村西とおる伝』 。その著者、本橋信宏氏(65)には、村西と出会う前、IVSテレビ制作(当時)の若手社員だった伊藤輝夫、後のテリー伊藤と知り合い、一緒に働いていた時期がある。
 本人及び周辺人物の証言を改めてかき集め、テレビが元気だったあの時代を再現してみせたのが本書、『出禁の男 テリー伊藤伝』 。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』『ねるとん紅鯨団』『浅草橋ヤング洋品店』等、今のバラエティ番組の原型を全て作ったとも言われる鬼才は、意外にも夢も仕事もない〈負け犬〉から、そのキャリアを始めていた。
 例えばかつて伊藤の薫陶を受けた元『電波少年』の土屋Pこと、土屋敏男氏が言う。〈伊藤さんが教えてくれたのは、要するに人間にとって大切なのは才能なんかじゃないと。ひとつのことを考える時間なんだと〉
 そう。天才とは何か一つのことを愚直に考えられる、生真面目さのことだった。

「村西監督の次は伊藤さんか、うまくやったなあって言う人がいますけど、出会った時、村西とおるはただのビニ本屋ですから。伊藤さんだって私が20歳の頃、東早慶の芸能合戦みたいな番組に出て以来のお付き合いで、そのときは製作会社の無名のディレクターでしたから。若い頃、私は人見知りが酷く、こんなに長く関係が続いたのは彼らくらいかもしれない。例えていえば、大昔に何気なく買った株がアマゾンだったみたいな(笑い)。それくらい裏も欲もないニュートラルな関係だから、向こうも脇の甘いところを見せてくれるんだと思います」
 そんな近しい人の評伝を著者は「第1章 斜視」から始める。68年の日大闘争で味方の投石が左目を直撃、特に手術もされぬまま眼球が55度外を向く外斜視に。視力を失っても、〈ボールを壁にぶつけて捕る〉我流のリハビリで平衡感覚を鍛え、看護師をデートに誘うなど、めげない姿を本書に綴る。
「なぜ医者はちゃんと説明してくれなかったのかとか、八つ当たりしないんです。身体的なダメージって心に影を落とすし、伊藤さんはオシャレだから毎日鏡を見るじゃないですか? それでも誰も恨まないのは本当に凄いと思う。
 あれは最初の取材の時かな、壁にボールをぶつけて捕るリハビリというのを、実演してくれたんです。その時、『あ、この本は成功するな』って確信したし、本来ノンポリな彼がデモに参加したのも、地方出身の友達の親御さんが苦労して工面した学費を不正流用した大学は許せないっていう、身近な怒りからなんですね。そこは東大闘争と日大闘争の違いであり、江戸っ子らしい義侠心でもあろうと」
 そして大学卒業後、アパレル関係の就職に失敗した築地丸武の四男坊は、両親の勧めで寿司職人の道へ。だがこれも不器用で続かず、紹介に次ぐ紹介でIVSの創業社長と会う機会を得る。

考え抜いてこそのブレークスルー

 こうして74年、創業2年目の同社の電話番から始め、プロ野球の中止時に備えた〈雨傘番組〉でディレクターデビューを飾った伊藤は、『びっくり日本新記録』や『スター㊙訪問!!』等々で力を発揮。が、その企画力を見込まれた正月特番で視聴率6%と大惨敗を喫し、日本テレビを出入り禁止に。新天地を東京12チャンネル『日曜ビッグスペシャル・いじわる大挑戦』等に求め、さらなる限界に挑むのだ。
「たこ八郎さんに東大生の血を輸血するとか、稲川淳二さんにワニの歯を磨かせるとか、今だったら絶対あり得ないですけどね。
『全裸監督』があれだけ世界的関心を集めたのも、人が一生懸命生きてる姿って時にコミカルに映るからだと思うんです。当時はコンプライアンスという言葉自体なかったし、ひたすら面白い番組を作ることに情熱を傾け、それでいて芯の部分に哀愁や愛があるのが伊藤流演出術だと、元側近中の側近、松崎俊顕さんも証言していた。最近はフランスや中国からも村西とおるを取材に記者が訪れ、『こんなにセクシーな人がいたなんて』と驚かれるらしいんですが、今では珍しい剝き出しで滑稽なくらいの熱量が、当時のバラエティにもあったんだろうと」
 当時その下には先述した土屋Pや後の高橋がなり氏など錚々たる面々がおり、証言内容も読み応え十分。テレビに限らず社会全体が寛容だった時代と正しさ、、、に雁字がらめな今とを比べ、つい羨みたくなるが、伊藤氏当人はそうでもないとか。
「流行を否定しないし、常に最先端の売れてる人を評価する一方で、30年近く前に、これからは金正日がくる! と日本ではほとんど知られていなかった人物に注目する。さすがに早すぎると思った『お笑い北朝鮮』(93年)もあれだけ売れた。
 伊藤さん自身が、大谷のようにテレビと本の二刀流ですし、本書に登場する人は全員、仕事に関しては誠実なんです。本来怠惰な私ですら時間を忘れて書き、いわゆるゾーンに入る瞬間はある。過剰労働を強いていいとは言いませんが、自分に圧をかけ、とことん考え抜いてこそブレークスルーは訪れ、彼らのように誠実に狂う、、、、、こともできる、とは思います」
 当初は演出家の自分語りを恥じ、「俺が死んだら何を書いてもいいよ」と言っていたという伊藤が、〈みんな、おれのこと語るっていっても、自分なんだよね〉〈自分の青春もオーパーラップしてる〉と本書を冷静に評する辺りはさすが。そこにはテレビやこの国の青春までが透けて見えるのだから。

●構成/橋本紀子
●撮影/朝岡吾郎

(週刊ポスト 2021年9.17/24号より)

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