岸 宣仁『財務省の「ワル」』/キャリア制度発足以降、地下水脈のように生き続ける『ワル』という精神風土
読売新聞で長年にわたり大蔵省を担当した経験をもつ著者が、財務省のエリート官僚の実態をつまびらかにする一冊。ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
岩瀬達哉【ノンフィクション作家】
財務省の「ワル」
岸 宣仁 著
新潮新書
814円
装丁/新潮社装幀室
日本を牛耳る「墜ちた偶像」の知られざる顔
霞が関に君臨し、日本経済だけでなく中央政界をも裏で操ってきた旧大蔵省は、90年代半ばの「大蔵不祥事」によって、財務省と金融庁に分離された。以来、かつての権威と栄光を取り戻せないでいる。
読売新聞で長年にわたり大蔵省担当記者だった著者は、ジャーナリストとして独立してからもこのスーパーエリートたちへの取材を続け、事務次官レースという人事面から組織の凋落の原因を探求。「明治期のキャリア制度発足以降、地下水脈のように生き続ける『ワル』という精神風土」に、その遠因を求めている。
予算編成にあたり、もっとカネをつけろと声高に叫ぶ政治家の圧力をかわし、「花を持たせながら折り合い」をつけるには、「相手を幻惑する仕掛けができたり、時には仕掛けたハシゴを外したり、それらを平然としれっとこなしてしまう」「ワル」でなければ務まらない。
かつて料亭などで、他省庁の官僚と懇親会を開く際、彼らは突然まっ裸になって鴨居にぶら下がったり、自らの「シンボル周辺の陰毛に火を点け」、相手の度肝を抜いてきた。「ジャングル・ファイア」などと呼ばれるこのような傍若無人な振る舞いは、相手を驚愕させるだけでなく、精神的隷従をもたらすのに大いに役立った。
交渉相手を見下しているからこそできる蛮行だが、その手ごたえが大いなる勘違いを生み出し、「仕事のワルが生活全般のワル」へと変質させてきたのである。「『ノーパンしゃぶしゃぶ』に象徴される過剰接待問題」は、ここから生まれた。
しかし単なる「ワル」を気取ったところで「胆力」がなければ、しょせん張子の虎である。頭脳明晰な彼らは、「先読みのセンスが鋭い」だけに「先下り」も早い。これでは国家のために尽くそうという官僚の矜持は育たないものだ。
財務省では、いまだ森友学園の公文書改ざんや、事務次官による女性記者へのセクハラ問題を引き起こしている。「墜ちた偶像」の知られざる顔がここにある。
(週刊ポスト 2021年10.1号より)

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