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【著者インタビュー】垣根涼介『涅槃(上・下)』/汚名を背負い続けた戦国武将・宇喜多直家の実像を描く

幼少期は豪商の家で肩身の狭い思いをしながら育ち、実家を滅ぼした相手に仕えた果てに独立した武将・宇喜多直家。悪名高く、一殺多生をよしとしたという男の素顔とは……。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

死後、汚名を背負い続けた戦国武将・宇喜多直家 その実像と生涯を浮き彫りにする新たな歴史小説の傑作!

涅槃(上・下)

朝日新聞出版  
各1980円
装丁・写真/大路浩実

垣根涼介

●かきね・りょうすけ 1966年長崎県生まれ。筑波大学卒。旅行代理店勤務等を経て、2000年『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞と読者賞をW受賞。04年『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞した他、山本周五郎賞受賞作『君たちに明日はない』や『室町無頼』『信長の原理』も人気。大の車好きで「30年来の愛車マツダユーノス500 2.0GT-iさえあればいい自分を幸せだと思う」。165㌢、67㌔、A型。

地味な勝ちしか望めない日本人は、幸福や妥協点を何とか見出して生き抜くしかない

 13年刊行の『光秀の定理』以来、近年はもつぱら歴史小説に軸足を移しつつある。
「僕は、現代的な視点で切り取れる人物を描いてきたつもりですし、今回の宇喜多直家も、まさにそうです」
 垣根涼介氏3年ぶりの新作『涅槃』は、あの斎藤道三や松永久秀と並ぶ三大梟雄、宇喜多直家の「名誉回復のために」、書かれたと言っても過言ではない。
「彼は、後世で言われるほど悪いことはしてない。なのに、現代になっても評価が散々で、気の毒に思いました。で、ならばせめて僕なりとも彼の味方をしてあげよう、と(苦笑)。
 特に宇喜多家に関しては、直家が50代半ばで病にたおれ、息子秀家も関ヶ原で西軍について敗れた後、岡山城に入った小早川秀秋が記録を全て焼いてしまったせいで、俗にいう勝者に都合のいい歴史、、、、、、、、、、だけが語られてきた。確かに彼は舅の寝首をかき、一殺多生をよしとした。でも、その生き残るためのある種の合理性、、、を、武士道云々で叩くのは違うと思う」

 光秀、信長ときて、なぜ秀吉ではなく宇喜多直家?
「秀吉って、僕にはあまり興味がそそられない人物なんですよ。今で言えばグーグルやアマゾンに入社して、たまたま最後に社長になっただけだよね、と感じる。
 直家は違う。阿部善定という備前福岡の豪商の家に父・興家共々引き取られ、居候同然の父親が善定の娘を孕ませたり、母親が出て行ったり、特に満5歳から14歳までは肩身の狭い環境で育った。その商家育ちの経験が後々の行動様式に影響したのは確かですし、武芸経験もろくにない中、実家を滅ぼした相手に仕え、果ては独立した武将なんて、彼以外にいないと思います。
 しかもその時点ではもう、東の織田、西の毛利が勢力を二分し、あとは限られたパイを食い合うしかない。そんな大勝ちなど望めない状況で負けない戦、、、、、に徹し、撤退戦を生き抜いた直家の姿が、僕にはアメリカと中国に挟まれ、国内市場がシュリンクする中で何とか妥協点を見出すしかない今の日本及び日本人と、重なって見えるんです」
 物語は天文3年、商用で平安以来の潮待ち港、ともの津を訪れた善定が、同地に隠棲する興家一家の消息を知ったことに始まる。元々先代の能家とは親交があり、砥石城下の治安と発展にも寄与したこの勇将を善定は敬愛したが、嫡男興家はというと、〈あわれなほどに人が良い〉1点のみ。乱世を生きるには〈悪とは何かを充分に知りながらも善人である必要〉があるが、その興家に家督が移る隙を同じく浦上家配下の島村盛実に突かれ、能家は島村と結託した弟に城を奪われる形で死亡。敗走した興家は妻女や嫡男八郎(直家)共々、鞆まで落ち延びた。
 この時、八郎の利発さに善定が着目し、だからこそ一家の面倒まで見たというのが、垣根氏の見立てだ。
「幾つかポイントを言えば、直家は5、6歳で善定宅に引き取られ、12歳まではいたらしい。その間に善定の娘が直家の異母弟を2人産み、母親はお家再興を頼むべく浦上家に出仕。興家は無為のまま自死した。継母とは相当に折り合いが悪かったらしく、12歳で伯母の尼寺に転居した。
 それでも善定とは良好な関係が続いていたはずで、それから約30年後、直家は石山城下で最もいい土地を、善定と手代の源六に与えている。ちなみに源六、後の魚屋九郎右衛門の養子が、小西行長で、善定が直家を見出したのと同様、直家もまた行長を見込んで武士に取り立てる。少なくとも善定が何を見て宇喜多家の世話を焼いたかといえば、愚鈍で人がいいだけの父親より、幼少期から物事の理に聡かった直家に希望を持って支援したと考える方が自然ですよね」

人間の好みは大抵10代で型が出来る

 中でも出色は、元は美作みまさかの地侍の娘だったが、諸々あって今は西大寺に小さな店を構える、訳ありな年上女性、〈紗代〉との関係だ。
〈もし私でよろしければ、八郎殿を男にして差し上げましょう〉と言って奥義を仕込む彼女との逢瀬が彼の心身を覚醒させていく様を、垣根氏は濃密かつ具体的に描き、本書の約3分の1を占める少年期を締め括る。
「歴史小説でこうも性描写が続くのかって、連載中も結構苦情は来たらしい(苦笑)。ただしこの紗代との関係が、後々お福という、連れ子までいる後家を直家が娶ったことの説得力になるだろうという逆算から、僕は一連の性描写を書いたんですね。
 彼は一度、中山信正の娘、奈美と政略結婚させられている。その岳父を結局は敵に回し、奈美と別れてから妻帯しなかったのも、たぶん最初から利害ありきの武門同士の婚姻に懲りたんだと思うんですよ。その直家がお福と再婚したのは、単に好きになったからとしか考えられないし、大抵人間の好みは10代で型が出来る。逆にその型がない人間ほど、もっと美人で若い子がいいとか、欲望のインフレーションを起こす。が、直家は違う。そういう精神のモダンな部分も、書きたかったことの一つですね」
 こと垣根作品においては歴史から人間を俯瞰するというよりは、渦中の人間が生き、もがいた結果が歴史を成す。順番が常に逆だ。
「僕たち日本人は今後、おそらく大きな繁栄は望めない。よくて地味な勝ちがあるだけの状況に、何とか幸福や妥協点や折り合いを見出し、生き抜いていくしかない。そういう生き方の何かしらの『引っかかり』に、直家の物語がなれば幸いだと感じます」
 それでこそ読者もまた、直家と同じ地平に立てるのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/朝岡吾郎

(週刊ポスト 2021年10.8号より)

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