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【著者インタビュー】彩瀬まる『新しい星』/ごく平凡な日常に訪れる理不尽な変化を描いた快作

娘を生後2か月で亡くし、優しい夫とも離婚した29歳の塾講師の語りからはじまる、4人の人生の物語。理不尽な試練の連続でも、精一杯生き切る姿に心動かされる快作です。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

大切なものを失って途方に暮れたら――美しく、静謐に佇む喪失と再生の物語

新しい星

文藝春秋 
1650円
装丁/大久保明子

彩瀬まる

●あやせ・まる 1986年千葉市生まれ。上智大学文学部卒。会社勤務等を経て、2010年「花に眩む」で第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞しデビュー。著書に第5回高校生直木賞を受賞し、第158回直木賞候補にもなった『くちなし』の他、『骨を彩る』『やがて海へと届く』『不在』『森があふれる』『まだ温かい鍋を抱いてお休み』『草原のサーカス』等。ノンフィクション作品『暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出』も。168㌢、B型。

いつ何時にも一変し得る人生を生きてる同士、違いは違いだと受容できればいい

 第1話の語り手は、娘を生後2か月で亡くし、子煩悩で優しい夫とも離婚した、29歳の塾講師〈森崎青子〉。今なお掌に娘の体温を感じ、実家を出た彼女の、〈私は、失ったのではなく、得たのではないか〉という発見から、彩瀬まる氏の最新連作集『新しい星』は始まる。
「そんな時、自分の状況をフラットにぶつけて共有できる空間が大人にこそあってほしいのに、実際はどんどん難しくなる感じがして。青子でいえばその空間は大学の合気道部の同期で、女2男2の、誰かの結婚式で再会したくらいの関係が、ちょうどよかったんです」
 つまり本作の登場人物である青子、〈茅乃〉、〈卓馬〉、〈玄也〉の4人組である。茅乃と卓馬は既婚者で青子はバツイチ。玄也は独身で実は引きこもりという状況の中、茅乃が乳癌になり、青子の発案で元恩師の道場に4人で通うことに。その間にも第2子の出産で帰省した卓馬の妻はコロナで戻れなくなり、少しずつ働き始めた玄也には友人ができたりと、10年余の出来事が交互に語られてゆく。
 表題はごく平凡な日常にも訪れ得る理不尽な変化のこと。その容赦のない星に振り回されてはしがみつく、これは誰の物語でもある。

「以前『くちなし』という短編集に、『茄子とゴーヤ』という、私にしては実験的な作品を書いたんです。特に奇想に走るでもなく、夫を事故で亡くした主婦が床屋のおじさんにゴーヤをもらうだけの話が意外にも好評で、普通の人の現実を訥々と書くことの面白さが、本書の第1話に繋がった。
 それも女の1対1よりは、この話は彼とはできるけど、彼女には無理とか、角度がほしかったのと、新領域に挑む以上、ベースは身近なもので固めたくて、4人を合気道部にしたんですね。いちおう私も元合気道部の2段、黒帯保有者なもので」
 昔も今も恋愛感情抜きな4人の関係や、小柄な茅乃でも男子を制圧し得る合気道など、設定が絶妙なのだ。
「相手の動きを利用するのが合気道の基本。肉体的な接触も多いので、愛着というとヘンですけど、私は当時の仲間のことを、手首の感触や技のかけ方で憶えていたりするんですね。仮に誰かが亡くなったとしたら、あの握り具合の子はいないんだって、身体的な喪失感を覚えると思う」
 青子もまた短い生を主に保育器の中で送った娘〈なぎさ〉に思う。〈あの子に―なぎさに触れた時間は、気が狂いそうなほど苦しくて、でも素晴らしかった。命が一つ、目の前で熱を放っていた。忘れていないし、きっともう死ぬまで忘れない〉
 が、その確かな熱と共に生きようとする彼女に母は再婚を勧め、現実を見ろと言う。〈青子が見つけたどんな真実も、幼稚な妄想として拒まれる〉〈新しい星で、青子はやはり一人だった〉
「でもこれは青子がこの時、生存するために選んだ戦略で、それが家族とは合わなかっただけ。どっちが正しいとかではないんです。
 たぶん人間関係に限らず、その時は折り合えなくても、自分を閉ざさず、循環させた状態で生活していれば、大事な何かに出会えるって、私自身が思いたいんですね。救いはどんな孤独な場所にもある。ただそれも、生きていればこそ、なんです」
 そうした状況を、青子と茅乃はよく車で出かけては報告し合った。観光施設では手術の跡を気にする茅乃が銭湯には入れることや、1人娘〈菜緒〉の前で泣けずにいることも聞いた。
 それが4人なら尚更だ。上司に苛められ、失意の底にいた玄也も、自分をゲンゲンと呼ぶ3人とは会え、コロナ下にはズーム飲み会も開催。寝落ちした卓馬を、青子が新しく始めた翻訳の仕事の傍ら見守り、30男の自慰の悩みを聞かされる場面など、思わぬ時に思わぬ角度から飛んでくるのが救いらしい。

誰も可哀想なんかじゃ全然ない

〈あるものとないものは似ている〉〈「ある」ものは、常に数パーセントの「ない」を存在の内に含んでいる〉等々、本書では有無、男女、強弱といった対立的概念が境なく交じり合い、包括的に語り直されるのがいい。
「このモヤモヤは何なのか、自分でも考えながら言葉に落とし込んでいくんですね。もちろん4人は4人なりの答えをそれぞれ探すしかなく、その答えは場面場面で変わっていい。一致させる必要なんか全然ないのになって、しみじみ思います」
 それでも普通や規範を求めてしまうのも人間で、そこからハミ出した自分に勝手に傷つくくらいなら、人間を型に嵌め、査定すること自体やめませんかと語る。
「彼と彼はここが違うけど、その違いに救われることもあるわけですし。いつ何時にも一変し得る人生を生きてる同士、どっちが上とかではなく、違いは違いだと受容できたらいいなあと」
 病気や肉親との齟齬など、4人の人生も試練の連続だが、不幸では決してない。
「長い人生、思いもしなかった新しい星に一度も叩き落とされずに済む人なんて、たぶんいないと思うんです。それを恥じたり隠すよりは、私は助けてって言いたいし、困ったら抱え込まず外部に連絡できる自分でいたい。 
 誰かが病気になった時も、その状況を共有し、『キミは格好よかった』とお葬式で言えるだけで傍にいた意味はあるし、誰も可哀想なんかじゃ全然ないんだって、それが私の最も言いたかったことかもしれません」
 決して王道とは言い難い部活を選び、特に熱心でもないこの4人が残ったのも、全ては成り行きだ。だからこその縁を精一杯生き切る彼らに背中と涙腺を押され、どうかみんなに幸あれと、祈らずにいられない快作だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年12.17号より)

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