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【著者インタビュー】岩井圭也『竜血の山』/水銀を飲用する一族が日本の国力の一端を担い、水銀産業と浮沈を共にする皮肉な運命を描く

北海道で発見された東洋最大級の水銀鉱床には、水銀を飲用もする〈水飲み〉という一族が暮らしていた――実在したイトムカ鉱山をモデルに、時代に翻弄されながらも成長し戦前戦後を生き抜く青年の姿を描いた大作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

北海道東部の山奥にある秘密を抱える一族がいた 昭和の動乱に翻弄された青年の生き様を描く衝撃作!

竜血の山

中央公論新社 
1980円
装丁/泉沢光雄 

岩井圭也

●いわい・けいや 1987年生まれ、大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。他著書に『夏の陰』『プリズン・ドクター』『文身』『水よ踊れ』など。アシヤや源一の水銀愛にはかつての自身を投影。「YouTubeにも水銀系の映像が結構あるし、昔、割れた体温計から転がり出た水銀を触ろうとして叱られたという読者は多い。人は毒にも惹かれるんだと思います」。177㌢、78㌔、A型。

バラバラな題材の中に人知れず滲み出す人間観や社会観が作家性になればいい

 生物は環境や変化に順応できた者が生き延びるという。かつて現在の北海道北見市で東洋最大級の水銀鉱床が発見され、そこには水銀を飲用もする〈水飲み〉という一族が暮らしていた―。この史実すれすれの大ウソが、岩井圭也著『竜血の山』の重要な背骨だ。
 モデルは北見市留辺るべしべに実在した、イトムカ鉱山。1930年代、台風の際に偶然発見され、約30年後に市況の悪化や公害問題のあおりで閉鎖された同鉱の盛衰史をベースに、岩井氏は一族の存在を世間が知るきっかけともなった当時10代の少年〈アシヤ〉が、時代に翻弄されながらも成長し、戦前戦後を生き抜く姿を描く。
 それこそ〈增產ぞうさんなほ及ばず〉〈鑛山こうざんは叫ぶ“學徒よ來れ”〉等々、各章の冒頭に当時の表現そのままに引用された新聞記事と、山深い洞窟の奥に水銀が湧く湖を聖地とする架空の一族とが本作では違和感なく同居し、幻想的でいて、どう見てもこの国の物語なのである。

 数学に香港、青春小説や社会派まで作風は幅広いが、「常に自分が面白いと思うものを書くという1点では、ブレてないつもり(笑)」と、18年のデビュー以来、会社員生活の傍ら既に7作品を上梓する注目の気鋭は言う。
「私は元々理科系の人間で、水銀にも興味があったんです。それこそ中高時代は元素表を見るのが大好きで、常温では液体の金属であり、有毒なのに美しい水銀は、心惹かれる存在でした。
 その水銀について調べる中でイトムカのことを知り、それが北海道にあることにも並々ならぬ縁を感じたのは確か。でもただの鉱山史じゃつまらないし、切り口を探していた矢先、本書の担当編集者さんから『次はマジックリアリズムを書きませんか?』と提案があったんです。
 そこからはもう、こんな一族がいて、湖があってと発想が次々に湧いてきて。自分でもなぜそんな発想をしたのか不思議なんですが、編集者の助言と私の中高時代に遡る化学的興味が、水銀を飲んでも無害な人間がいたら? というイフを書かせた気はします」
 ちなみにアシヤにはさかき芦弥〉という漢字名もあり、北海道が近代化に組み込まれた最後期に鉱脈共々発見された彼ら一族を、著者は公的な場では漢字、生活の場では音で厳密に表記する。
「といっても彼らは独自の文化を何ら持たず、衣食住も平凡すぎるくらい平凡な、あくまでも虚構の一族ですけどね。その戦前教育の埒外にいて、皇国とか臣民と言われてもまるでピンと来ない人々が、戦争を挟んだ一時期、日本の国力の一端を担い、水銀産業と結果的には浮沈を共にする。その皮肉すぎる運命を書こうと。
 面白いのはイトムカってたった30年の間に超のつく好景気と、そこから凹んだ時期が2回ずつあるんです。開山当初は軍需産業の1つとして人もお金も国ぐるみで集まったのが、敗戦後は後ろ盾を失い、朝鮮特需で盛り返したと思うと、今度は水俣病を始めとする公害問題で水銀離れが起きる。それでも山を離れられないのが水銀と共に生きる水飲みであり、アシヤでした」
 辰砂しんしや、もしくは竜血とも呼ばれたその石を、水飲みたちは赤い岩フレシラと呼ぶ。昭和13年、北海道工業試験場の鉱山技師として道東・辺気沼へんけとう一帯を調査に訪れた〈那須野寿一〉は、火薬や艦底塗料に不可欠な水銀を80%も含む赤黒い石を前に〈この山には、竜が眠っている〉と興奮を隠せなかった。
 そんな時、笹薮の奥から不意に現れたのがアシヤだ。慌てて後を追い、その近代化から取り残された集落を執念で見つけたのは数日後。それほど寿一は少年の目に宿る〈純粋であることを運命づけられた者にのみ与えられた透明さ〉に魅せられ、同年代の息子〈源一〉にも似た光を見ていたのだ。
 ところが集落の長老らは調査を拒み、〈世話になった記憶がないのに、なぜ国のために尽くさねばならん〉と寿一の説得を一蹴。そこに抜け駆けで手紙をよこしたのが、開発を望むあざみ多蔓たつるだった。彼は自然水銀が滾々と湧く秘密の湖の所在を明かし、そこに入れるのは自分たちだけだと那須野に倍の賃金を要求する。実は水銀採取最大の障壁が汞毒症こうどくしようであり、中毒にならない一族の特異体質は〈高島財閥〉が鉱業権を獲得し、〈フレシラ鉱業所〉が稼働してからも大きな武器となっていく。

繁栄の陰で多くの犠牲者を生む構図

 母が湖に姿を消し、幼馴染十草とくさの父・多蔓に引き取られたアシヤはやがて鉱夫として働くようになる。購買で働く〈山本光子〉と結婚する一方、幼馴染〈萩実苗〉との間にも子を儲けたのは一族の血を絶やさぬためだ。加えて親友を襲った崩落事故や労働争議、社内外にはびこる差別感情など、己や一族のためを唯一の行動原理とする彼の前に理不尽と波瀾だらけの過酷な人の世が立ちはだかる。
「彼らの多くは、山の浮沈と同調するようにダメになっていくけれど、元々ダメで悪いヤツだからダメになるわけじゃない。アシヤにしても山から離れられないという呪縛の中でどうよりよく生きられるか、ずっともがき続けていて、彼らなりに限られた世界を懸命に生きただけなんです。
 特に滅ぶ間際の組織って、普通ではあり得ないことをやっていて、その人が狡いから隠すとかじゃなく、組織の側にも道を誤らせる要素があるように思う。私も社会に出て10年近く経ちますが、何かあった時に隠しちゃうとか逃げちゃうというのはもう、人間の本能だと思うんですよ。その辺りの狂い方というのは私自身、既視感はありました」
 その点、アシヤがアシヤだから起き得た出来事と、誰にでも生じ得た事態とが作中には混在し、個と組織、血や時代といった抗い様のない宿命を、考えてみれば私たちの誰もが生きていた。
「彼には中国や朝鮮出身の鉱夫を含む当時抑圧された全ての人を仮託していて、繁栄の陰で多くの犠牲者を生む構図は今も変わらない。その心の深奥を掬いとれば純文学になりますが、私はエンタメでそれをやりたい。だからつらい場面も楽しい場面も両方描き、一見バラバラな題材の中に人知れず滲み出す人間観や社会観が作家性になればいいのかなと、今は思っています」
 水銀を戦争に使うか平和に使うかも実は人間次第だ。
「自然界にただ存在していた水銀を、勝手に見つけて悪者扱いしたのも人間で、その点は極めて不幸な物質と言えなくもありません」
 アシヤたちも然り。だが彼はその宿命を超えようとする主人公でもあった。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年2.4号より)

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