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【著者インタビュー】蝉谷めぐ実『おんなの女房』/江戸を舞台に、歌舞伎の女形とその女房の2人なりの関係を描く

舞台は江戸の文化文政期。武家の娘が嫁いだ先は、女の自分よりも美しい歌舞伎の女形で……。2020年に『化け物心中』でデビューし、小説野性時代新人賞など数々の文学賞を受賞した注目の新鋭作家、待望の第2作! 

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

歌舞伎も役者も何も知らない武家の娘が嫁いだ先は――大注目の新鋭が綴るいびつな夫婦の恋物語

おんなの女房

KADOKAWA
1815円
装丁/須田杏菜 装画/千海博美

蝉谷めぐ実

●せみたに・めぐみ 1992年大阪府豊中市生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻し、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を執筆。「その頃、児玉先生に勧められたのが落語で、六代目圓生師匠の語り口は五七調をリズムよく書く上で勉強になりました」。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。2020年『化け者心中』で第11回小説野性時代新人賞を受賞しデビュー。翌年、同作で第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞と第27回中山義秀文学賞を受賞。153㌢、A型。

「妻」「夫」も一種のラベル。個人的にはもっと名前のつけられない感情や関係に惹かれる

 伝統がそうさせるのか、今ではどこかお高くとまった感もある歌舞伎の世界。
 そのより猥雑で本来的な姿を蘇らせたくて、一昨年『化け者心中』でデビューするなり話題を攫った著者、蝉谷めぐ実氏(29)は、江戸、特に文化文政期の歌舞伎を舞台に選ぶのだという。
 待望の第2作『おんなの女房』の主人公はそれこそ女形おんながたを夫にもつ女房〈志乃〉。江戸三座の一つ、森田座の若手女形〈喜多村燕弥〉に何の知識もないまま嫁ぎ、目の前に〈女の己より美しい女がいる〉状況を新鮮な驚きと共に報告してくれる、格好の案内人でもある。
 元は奥州の下士の娘で、父親や『女大学』の教えに従ってさえいれば正しくあれると信じてきた彼女が、芝居町特有の流儀に触れ、自分の居場所を一から探す様は、どこか現代的でいて、実は歌舞伎的でもある?

「私は祖母が古文の教師で、歌舞伎にもよく行ったのが入口ではあるんですけど、一番大きかったのは大学の授業で児玉竜一教授の役者論と出会い、その奥深さを知ったことだと思います。
 この頃の女形は普段から女性として生活していた人が多く、そこまで芸に全てを賭けられる心理に俄然興味が湧いたんです。それでいろいろ調べ始めた時期と作家を志した時期がちょうど重なっていて、当時の歌舞伎の、現代にはない魅力を作品に盛り込むようになった次第です」
〈ときは文政、頃は皐月〉という巻頭の呼込よびこみからして名調子が小気味よい本作は、第1話「時姫」から第4話「八重垣姫」の全4部構成。知る人ぞ知る美形の燕弥が、ところてんを食べて逝った立女形〈玉村宵之丞〉亡き後を任され、『鎌倉三代記』の時姫や『安珍清姫』の清姫といった難役に挑む姿が、夫婦の機微や志乃の成長と併せて描かれてゆく。
 ちなみに燕弥は時姫なら時姫に成りきる傾向があり、志乃はそれを〈漬けが甘い日と漬けが深い日〉などと表現。例えば『如月狂言』で初姫を演じた頃の燕弥は日本橋で人気の煮売り屋〈木曾屋〉の芋の煮っ転がしが好物だったが、今の夫は好みからして違う別人なのだ。しきりに頭を捻る木曾屋の主に〈そのお芋のように役が染み込んでいると言った方が近いかもしれません〉と説明する志乃が、ふと相手の煙草入れの根付を見ると高麗屋の贔屓を示す花菱紋が。それほど誰もが芝居を愛し、贔屓の役者絵を競って買ったりした時代の心躍る空気感も、本書の大きな魅力の1つだ。
「要はどんな人にも推しの役者がいて、グッズを買いまくるように人気役者がどこの紅を使い、何を着たかが、経済すら左右した。しかも当時は役者の妻を鳥に見立てた『女意亭有噺』という評判記まで出ていて、どこまで番付好きなんだと。そういう普通はよろしくないとされる俗っぽさや、それもあっての歌舞伎だよねというあたりは、ぜひ描きたかったことでした」

自分と人を比べる傾向が女性は強い

 芸事はもちろん世事にも疎い志乃は、〈どうしてこのお人は私を女房にしたのだろう〉と悩み、武家の娘だから役に立てるのか、それとも役者の女房になりきるべきなのか、常に揺れ動く。
 また、看板役者を夫に持ち、よく嫉妬に駆られて騒ぎを起こす〈お富〉や、夫のために妾を選び、〈わてはあの人の芸に嫁いだんや〉と言い切る〈お才〉とも志乃は親しくなり、船橋屋の芋羊羹などつつきながら本音を言い合う仲となる。
「実はお富やお才にはモデルがいて、実際の評判記の寄せ集め的人物なんですが、水茶屋の娘から関西人まで、いろんな背景をもつ女房を登場させたかったのは確か。
 というのも私は今作で、なぜ女性は自分と人を比べる傾向が男性より強いのか、そして『仕事と私とどっちが大事?』という一見よくありがちな問いについても突き詰めて書いてみたくて、自分自身も含めた女性性や、役者はどこまでが役者かを、女形とその妻を通じて浮き彫りにしたかったんです」
 そもそも嫉妬や執着や、誰の心にも魔が潜む事実を、歌舞伎はよりわかりやすい形で物語化してきた。
「先ほど言った人と自分を比べがちな傾向というのも、私自身がイヤだなあと思う部分で、自分に自信が持てなくてもがく人の気持ちは、今も江戸時代も変わらない。
 現にその評判記にもお富みたいな情深な妻がいたり、完璧なはずの団十郎の妻が人知れず傷ついていたり、それを芸の肥やしだと言う人も怒る人も当時から両方いて、比率が変わっただけだと思うんですね。むしろ私はそういう多様な人々の目や耳や鼻が何をどう感じたか、その人になり切った身体感覚として書いていけたらと思っているんです」
 やがて芝居の魔力を恐れ、距離を置く志乃の内面をも燕弥の演じる物語は浸食し始め、戸惑う彼女の様子を〈頭の中の風呂敷をきゅっと締め直し〉と表現するなど、体の中を情報が出入りする生身の感覚が新鮮だ。
「型に嵌まる方が楽は楽ですけどね。志乃が女としてあるべき型を求めたように、料理上手で掃除好きがいいみたいな型は今でもあって、だからこそ親や世間に押し付けられた価値観やそれに縋ろうとする自分を彼女が乗り越える話にしたかった。
 妻や夫というのも一種のラベルですし、個人的にはもっと名前の付けられない感情や関係に惹かれる傾向はあるかもしれません」
〈言葉にできねえものこそが、いっち凄くて、いっち恐ろしいんです〉と志乃が忠告される場面があるが、役者とその妻の2人なりの関係を描く、時代に拘り、時代を超えた、小説としか言いようのない小説だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年2.11号より)

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