港 千尋『写真論――距離・他者・歴史』/写真史・文化人類学・社会学・文学の領域を横断した刺激的な論考
フランスの小さな村で、1822年に写真の原理が誕生してから200年。この二世紀で写真は大きく成長し、変貌しました。改めて写真を社会との関係において捉え直し、それが人間の意識や記憶にとってどのような役割を果たしてきたか論考する一冊を紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
与那原 恵【ノンフィクションライター】
写真論――距離・他者・歴史
港 千尋 著
中公選書
2090円
写真の歴史と未来を浮かび上がらせる刺激的論考
写真の誕生は一八二〇年代、フランスの小さな村で〈光によって版を作る方法を模索していた〉ニセフォール・ニエプスの実験にさかのぼる。暗箱とレンズを使った像を金属板に記録することに成功した彼はジャック・ダゲールとの共同開発を申し出たが、ニエプスが急逝したため、写真の発明者としてはダゲールが認められることになった。ニエプスが写真の原理を手に入れたのは一八二二年とされ、今年は「フォトグラフィー」(光で書く)、すなわち写真の発明から二〇〇年となる。
この二世紀で写真は実験をくり返しながら大きく成長、そして変貌した。カメラの小型化、フイルムからデジタルへ。さらにはスマートフォンや、街角に設置されたおびただしい監視カメラによる「画像」があふれている。
本書は〈写真を、主に社会との関係において捉え直すとともに、それが人間の意識や記憶にとって、どのような役割を果たしてきたか〉を写真史のみならず、文化人類学や社会学、文学の領域を横断して迫った刺激的な論考だ。
新型コロナウイルスの世界的感染によって「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が交わされるようになった。著者は〈写真は距離を前提としながら、距離を廃するような不思議な力を持っている〉と指摘し、文化人類学において空間の「距離」に注目した観察と理論を紹介。人間同士は、親密な関係なのかそうでないのかによって距離をたがえ、離れるほどにパーソナルな関係は薄れる。
けれども写真家は、こうした人間関係に基づかない「よそ者」(ストレンジャー)でもあり、よそ者こそが持つ俯瞰的な視点と客観性を備えたロバート・フランクや鬼海弘雄の作品に注目する。
アメリカの黒人写真家ゴードン・パークス、十九世紀末から二十世紀初頭に撮影されたアイルランドの写真コレクションとジェイムズ・ジョイスなど、縦横に広がるテーマは、社会との相互作用としての写真、その歴史と未来を浮かびあがらせていく。
(週刊ポスト 2022年2.18/25号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【著者インタビュー】 山田ルイ53世『一発屋芸人列伝』
一世を風靡した「一発屋」芸人たちの、栄光のその後を追った傑作ルポルタージュ。自身も芸人であるという立場から、彼らの本音をえぐり出し、雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【2022年「中国」を知るための1冊】橋爪大三郎、中田 考『中国共産党帝国とウイグル』/ウ・・・
中国共産党はなぜ自国民監視を徹底し、香港・台湾支配をめざすのか? 北京オリンピックの開催を控え、その動向がますます注目される隣国、中国を多角的に知るためのスペシャル書評! その第1作目は、作家・嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】『テルマエ・ロマエ』の著者が綴るエッセイ(+漫画)集!/ヤマザキマリ『・・・
『テルマエ・ロマエ』で知られる人気漫画家・ヤマザキマリさんにインタビュー! 著者自身も、14才でひとりヨーロッパへ旅行し、さらに17才からイタリアで暮らすという並外れた行動力の持ち主ですが、その母・リョウコさんの人生もまた、破天荒で規格外でした。
-
今日の一冊
近未来をシミュレーション!圧倒的リアリティ『尖閣ゲーム』について著者・青木俊に訊く!
その迫力あるリアリティと情報量に圧倒される、極上のエンターテインメント小説。その創作の経緯などを著者・青木俊にインタビュー!
-
今日の一冊
夢枕獏著『ヤマンタカ大菩薩峠血風録』で鮮やかに蘇る未完の大作。著者にインタビュー!
未完の大作『大菩薩峠』が、夢枕獏によって平成の今蘇る。理屈では到底割り切れない人間の欲望や本能を巡る光景を、鮮やかに描ききった作品の、創作の背景を著者にインタビュー!
-
今日の一冊
村山由佳著『ワンダフル・ワールド』が描き出す、忘れ得ぬ5つの物語
恋愛とひとくくりにするのは惜しい、さまざまな想いを、香りとともに綴った喪失と再生の物語、珠玉の全五篇の創作の背景を、著者・村山由佳にインタビュー!
-
今日の一冊
山田稔『山田稔自選集I』/90歳を迎えるフランス文学者の上質な散文集
言葉や人の生と死などを淡々と語る随筆をあつめた一冊。その文章には、もうじき九十歳になるフランス文学者である著者の、老いの悠然枯淡があります。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】早見和真『笑うマトリョーシカ』/山本周五郎賞受賞第一作! 政治の世界を・・・
40代で官房長官に登りつめたカリスマ政治家が、もしも誰かに操られているとしたら……? 執筆に際し、約40名の政界関係者に会い、ラストはほぼ寝ず食べずの極限状態で一気に書き上げたという著者渾身の一作!
-
今日の一冊
川崎賢子『もう一人の彼女 李香蘭/山口淑子/シャーリー・ヤマグチ』/まるでスパイ映画のヒロ・・・
戦後には自民党の国会議員にまでなった、インテリ女優の「山口淑子」は、いくつもの名前を持ち、国境を超えて活躍した美女でした。まるでスパイ映画のヒロインのような、その生涯を調べ上げた意欲作を紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】佐藤究『テスカトリポカ』/人々を呑み込む悪や暴力を、圧倒的な世界観で描・・・
家族と兄弟を殺され、メキシコからアジアに逃れた麻薬密売人と、暴力団幹部の父とメキシコ出身の母を持つ孤独な少年が出会ったとき、両者の接点に像を結ぶのは、古代アステカの時代から脈々と続く〈人身供犠〉の文化だった――。凄まじい暴力を描き切った長編クライムノベル!
-
今日の一冊
マゾヒズムじみた自己分裂の性向をとらえた、丁寧な評伝/黒川 創『鶴見俊輔伝』
名門の子息として生まれた思想家・鶴見俊輔をよく知る人物による、本格的な評伝。実は鶴見氏には“ジキル博士とハイド氏”にもつうじる「人格分裂」があり……。
-
今日の一冊
木山捷平著『暢気な電報』に見る心温まる筆致とノスタルジー
ユーモアと哀愁に満ちた未刊行小説集。昭和を代表する私小説家の、意外な一面も垣間見える短篇を多数収録した一冊を、雑文家・平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】広野真嗣『消された信仰 「最後のかくれキリシタン」―長崎・生月島の人々・・・
長崎県の西端、生月島は、かくれキリシタンが先祖代々の信仰を守り暮らす奇跡の島。しかし、長崎県のパンフレットからは、なぜかその島の名前が消されていた――。謎の解明に挑む渾身のノンフィクション。
-
今日の一冊
安藤祐介著『不惑のスクラム』創作の背景を著者に訊く!
涙を誘う、青春ラグビー小説がここに誕生!それぞれの事情を抱えながらボールを追う大人たちの姿に感動必至!そんな名作の創作の背景を著者にインタビューします!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】唯川恵『淳子のてっぺん』
女性として、世界初のエベレスト登頂に成功した登山家・田部井淳子さんをモデルに書かれた長編小説。読者の心を打つ物語の裏側にある、著者の想いを訊きました。
-
今日の一冊
法心理学者による慧眼の書『虚偽自白を読み解く』
やってもいない犯行を自白した冤罪被害者たちの、自白調書や取調室での録音記録を精緻に分析。「無実の人がどのような心理過程を経て虚偽自白に陥る」かを、丁寧に解説した一冊。
-
今日の一冊
D・デッター、S・フォルスター著『政府の隠れ資産』が紹介する国家の隠された富を上手に活用す・・・
政府の隠された資産の実態を暴く一冊。隠された富の上手な活用法の紹介などがつぶさに解説されています。経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
譚璐美『戦争前夜 魯迅、蔣介石の愛した日本』/多くの中国人革命家を育てた明治東京の物語
現代も多い中国人留学生。しかし、明治末期のそれはほとんど全員が「革命家」で、かの魯迅もその一人でした。日本と中国の血を受けつぐ著者が、当時の混沌とした東京と中国を克明に描いた書を、作家・関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】瀬尾まいこ『傑作はまだ』/血がつながっていても家族じゃなかった父と子の・・・
50歳の孤独な作家の前に現われたのは、生まれてから一度も会っていなかった25歳の息子。とくにわだかまりも感じさせない息子のペースに巻き込まれ、やがて彼は人と関わって生活する喜びを知り……。2019年の本屋大賞受賞作家・瀬尾まいこ氏による、感動の長編小説!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】砂原浩太朗『黛家の兄弟』/代々筆頭家老を務める黛家の三兄弟の命運と絆の・・・
直木賞候補作『高瀬庄左衛門御留書』に続く、「神山藩シリーズ」第二弾! 二転三転するお家騒動とともに、しみじみとした人生模様を描く時代小説の著者にインタビュー。