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【著者インタビュー】東山彰良『怪物』/著者初の恋愛小説でもある圧倒的エンターテインメント長編!

2015年に『流』で直木賞を受賞した著者が、再び日台中の歴史を織り込んで二人の男の運命を描いた長編! エンタメ小説であると同時に、男女の性愛や孤独を表現した恋愛小説でもある本作についてお話を伺いました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

中国、台北、東京――二人の男の運命が交じり合う。「読む喜び」に満ち溢れた圧倒的エンターテインメント長編!!

怪物

新潮社 
2860円
装丁/新潮社装幀室 装画/益村千鶴

東山彰良

●ひがしやま・あきら 1968年台北市生まれ。9歳の時、家族で福岡県に移住。2003年「このミステリーがすごい!」大賞銀賞及び読者賞受賞作を改題した『逃亡作法TURD ON THE RUN』でデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞、15年『流』で直木賞、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞、17〜18年『僕が殺した人と僕を殺した人』で織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞。『夜汐』『どの口が愛を語るんだ』など著書多数。183㌢、72㌔、B型。

人間の尊厳や自由を炙り出す装置として戦争を描いて今日的な価値を見出したい

 主人公は、〈鹿康平ルウカンピンが怪物を撃ったのは一九六二年のことだった―『怪物』という小説を、わたしはそのように書きだした〉と語る台湾出身の作家〈柏山康平〉。
 鹿康平のモデルは台湾空軍として広東省上空を偵察中に撃墜され、59年~62年まで大躍進政策下の中国に囚われていた母の次弟〈二叔父さん〉だ。叔父自身はホラ話しか語らなかった3年の空白を創作によって埋めようとする主人公の姿を、同じく作家の東山氏は同名の新作『怪物』に描く。
「いうなればこれは作家が不倫して、失恋して、加筆修正をする話。僕は海外文学をよく読むせいか、愛や自由を臆面もなく語るのが好きなんです(笑)」と当人も言うように、本作は男女の性愛や孤独について描いた著者初の恋愛小説であり、〈物語から手が伸びてくる〉〈愛が家に入ってきたら、自由は窓から逃げ出す〉といった箴言に事欠かない虚と実のめくるめく関係を巡るエンタメ小説でもある。
 つまり〈東山彰良の黄金期〉(帯より)も、どうやら一筋縄ではいかないらしい。

 作風、テーマ共に幅広い東山作品屈指の代表作といえば、自身のルーツに材を取り、「20年に一度の傑作」と北方謙三・直木賞選考委員を唸らせた『流』(15年)だろう。が、同じく日台中の歴史を織り込みながら、本作は「『流』とは独立した作品」だと東山氏は言う。
「これまでに僕は台湾が舞台ということでは、『小さな場所』と『僕が殺した人と僕を殺した人』という作品も書いていますが、主人公の職業や年齢は今回が自分に最も近いかもしれません。
 僕はここ数年、自分が書いたことのないものを書きたいと考えていて、最初に頭に浮かんだのが恋愛物でした。それも青春物ではなく、大人の恋愛小説。それともう一つ、最近僕は何とか戦争や歴史的事件を現代の話に盛り込めないか模索してもいて、いわゆる戦争小説とは違う、もっと過去の戦争が現代の僕らの生活に直接影響するような書き方をしたかったんです。
 となると自分と縁のある土地の方が当然書きやすい。今回は国共内戦と文化大革命に挟まれ、人が大勢死んでいるわりに影が薄い大躍進政策に注目しました。色々と調べるうちに台湾の黒蝙蝠中隊の話を知り、現に共産党軍に撃墜されて中国大陸を何年も彷徨った隊員もいたらしいし、これで日中台の3点が繋がるなと。
 そうして柏山が失恋や改稿をする現代パートと、彼が鹿康平の物語を書くことで叔父王康平おうこうへいの死の真相に近づく作中作パートとが同時進行する、本書の骨格が固まっていきました」
 それこそ第一部第一章は〈二叔父さんは怪物を撃ったか〉と疑問形で始まり、 62年に大陸から命からがら逃げ延び、その後自殺した叔父が何を悔い、誰を殺したのかを巡って物語は進む。
 まだ柏山が台北の祖父母の家に暮らしていた頃、彼や三歳上の従兄〈王誠毅せいきが幾ら大陸での冒険譚をせがんでも、叔父の重い口からは〈餓死者〉〈人民公社〉〈民兵〉といった単語が語られるばかりだった。そこで彼らは〈じゃあ、その共匪きようひのミンペイのボスがソーダ水だったんだね? 二叔父さんはそいつを撃って逃げたんでしょ?〉などと、叔父のホラ話に登場したソーダ水と同じ発音を持つ悪玉的親分蘇大方そだいほうに関する勝手な妄想を日々膨らませていた。
〈化け物が中国大陸で跋扈ばつこしているというのは、当時の台湾の子供にとっては不思議でもなんでもなかった。わたしたちの台湾が正義なのだから、あちらには正義に災いをなす邪悪なものがわんさかいて当然だった〉
 それから幾年月。6歳の時、東大で学ぶ両親に引き取られる形で台湾を去った柏山は長じて作家となり、結局は何も語らずに逝った叔父のことを小説に書いた。その小説『怪物』が海外の文学賞候補に上ったことで彼は一躍脚光を浴び、台湾の催しに呼ばれることに。

現実と小説はあくまで双方向

 その際、同行したのが担当編集者〈植草〉と海外担当の〈椎葉リサ〉だ。柏山はこの一見地味な人妻についほだされて一夜を共にし、かと思うと彼女が植草とも寝ていたことに傷ついたりと、大いに心を乱される。
 一方、従兄の王誠毅が台北市内で饅頭を商う傍ら予兆的小説を書いたり、ある時には〈藤巻琴里〉なる人物から祖父が『怪物』の主人公を知っていると、古い写真を同封した手紙が舞い込んできたりもする。
 そうする間にもリサとの仲は深まり、琴里の祖父の証言や誠毅の小説にも影響されながら、柏山は『怪物』の改稿に鋭意取り組むのだ。
「僕も戦争の話は祖父から多少聞いている程度ですし、次の世代にどう記憶を繋げればいいのかと考えた時に、こうして小説にさりげなく盛り込む形が、今の僕には最も有効に思えたんです。
 夏場に増える戦争番組も若い子にすれば教科書的で、自分のこととして捉えにくいかもしれません。例えば人間の尊厳や自由や極限で見せる愛を炙り出す装置として戦争を描いて、今日的な価値を見出したい。現にそういうことをやれている作品はたくさんあって、それに背中を押された部分もあります」
 自身、祖父世代の昔話を好んで聞いて育ち、それが嘘や虚飾に塗れているほど、言うに言えない思いを言外に感じ取ってきたという。
「聞く度に話が変わるから怪しいとは思いつつ、本当に銃創があったりもするし、それを生で見た時の恐怖は、後々頭で理解した歴史とは全くの別物だと思います」
 だからだろうか。本作では虚構と現実、ホラ話と本当の話に上下関係がなく、歴史的事件とごく個人的な家族史が優劣なく混在する。
「自分が小説を書く行為を振り返っても、現実で得たものを小説に反映もすれば、小説を書いて気づいたことが自分の日常を規定したり、あくまで双方向なんですね。
 この鹿康平の物語自体が柏山が書いた虚構に過ぎず、その柏山の物語を僕はさらに書いたわけで、そもそも何が本当かなんて誰も知り様がないと思うんです」
〈自分は誰かが書いた物語の登場人物に過ぎない……そんなふうに感じてしまうことはありませんか?〉等々、思い当たる節がありすぎる言葉に誘われ、時空を跨ぐ感覚はまさに読書の醍醐味。〈なにもかもが虚構なのではないか〉とは思う。それでも人は愛や自由や確かさを求め、〈あきらめることがありのままの自分を受け入れることなのだとしたら、たしかにそれこそが小説の本分なのだ〉と、小説家を小説に描いた小説家は書く。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年3.4号より)

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