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【著者インタビュー】宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』/木下杢太郎、北原白秋らが一堂に会し、美と謎を大いに語る!

時は明治。木下杢太郎、北原白秋、吉井勇、山本鼎、石井柏亭、森田恒友等々、後に名を成す才能がズラリと西洋料理屋に集まり……。公衆の面前で“殺された”菊人形について推理する「菊人形遺聞」や、市谷・陸軍士官学校長の死の謎を解く「未来からの鳥」など、当時の時代風俗を反映する6つの事件を収録した連作ミステリー。

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明治末期に実在した若き芸術家たちが謎解き合戦を繰り広げる青春連作ミステリー

かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖

幻冬舎 1870円
装丁/鈴木成一デザイン室 装画/出口えり

宮内悠介

●みやうち・ゆうすけ 1979年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2012年の単行本デビュー作『盤上の夜』で日本SF大賞を受賞。13年に(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞、『ヨハネスブルグの天使たち』で日本SF大賞特別賞、17年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞、18年『あとは野となれ大和撫子』で星雲賞、20年『遠い他国でひょんと死ぬるや』で芸術選奨新人賞。172.5㌢、68㌔、O型。著書多数。

耽美的なるものに私自身は抗い難い吸引力や儚さ、危うさのようなものを感じている

 時は明治41年12月12日。両国橋に程近い西洋料理屋、第一やまとで、〈美のための美〉を求める若き詩人や画家らの会合が催された。
 名を〈牧神パンの会〉という。
 面子はドイツの芸術運動に因んでそう命名した木下杢太郎を始め、北原白秋、吉井勇、山本鼎、石井柏亭、森田恒友等々、後に名を成す才能がズラリ。そしてこの第1回会合から、1話につき1事件で全6回、彼らに虚構の事件を解かせ、美についても大いに語らせたのが、宮内悠介著『かくして彼女は宴で語る』だ。
 ちなみに彼女、、というのは、毎回名推理を披露するのが杢太郎たちではなく、やまとの女中〈あやの〉だから!
 が、万事あやの頼みのこの事件帖を読み進めるうちに、実は美も謎も、それについて語り、追い求める過程にこそ、真実は宿ると思えてくるのである。

 第1回「菊人形遺聞」や第2回「浅草十二階の眺め」、さらに明治40年の東京勧業博覧会に遡る形で謎解きが進む第4回「観覧車とイルミネーション」、市谷・陸軍士官学校長の死の謎を解く「未来からの鳥」まで、宮内氏は当時の時代風俗を映した6つの事件を用意する。
 また各章末には膨大な参考文献と共に、〈本作はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』の形式を、明治期に実在した会にあてはめたものとなる。したがってアシモフにならい、覚え書きを附すことにした〉と、創作の手の内や元ネタまで開示した覚え書きが付され、律儀なこと、この上ない。
「今作では読者満足度より実験性に傾きがちだった従来の自分を脱却したいと考えました。そこで当時の文人などを知らない方でも楽しめて、豆知識的なお得感もある親切なミステリーを目指しています」
 明治末期、それもパンの会時代の杢太郎を主人公にした背景には、近代詩の伝道師として活動する妻の存在があったという。
「近代詩の好きな妻は中でもパンの会が大好きで、その話になると人が変わったように話し始めるのです。
 しかも好きな気持ちって、人に伝わるじゃないですか。そんなわけで私も大のパンの会好きになり、今度はそういう『好き』を読者の皆様に手渡せればいいなあという思いもありました。
 中でも私が敬愛するのが杢太郎で、詩人で後に医学者としてハンセン病と闘う彼の魅力の一つが、その生真面目さ。国の隔離政策に異を唱え、自分より世界を優先するような人物像に惹かれます。会の創設当時、彼が芸術か医学かで揺れ動いていたのは史実で、その心中は日記から窺えます。日記があるのは他に石川啄木ですが、他の人たちは結構な物臭揃いで(笑)、日記はあまり書いていません」
 彼らの行動履歴を評伝などで逐一調べ、何月何日に誰はそこにいて、誰はいなかったのか、裏を取るのも「当たり前」だという。
「さすがにこの作品を書いていなければやりませんが、1つ調べ出すと知りたいことが指数関数的に増えていく。それも明治の文人のように贔屓も多い実在の人物を描く以上、何分にも責任が伴いますので」
 例えば第1回では6人が集い、牛鍋に燗酒で乾杯。翌月の『スバル』創刊や与謝野鉄幹の悪口も飛び出す中、杢太郎が森鷗外邸の歌会で耳にした謎の話題に。
 何でも3年前、団子坂名物の菊人形が〈公衆の面前で“殺された”〉のだという。しかも被害者は乃木将軍の人形で、日露戦後の暴動が相次いだ頃の話だけに推理は迷走。そのお喋りを整理し、犯人や犯行方法を見事見抜くのが、〈一言よろしゅうございますか、皆様〉と、一見控えめに登場する安楽椅子探偵・あやのなのだ。
「全体としては序盤と終盤に昔ながらのミステリー短編を置き、中盤に新本格的要素を挟みこむようなサンドイッチ構成を意識しました。舞台がほぼ料理屋だけと狭いので、事件は極力時代性を物語るものにし、料理も当時確実に存在した牛鍋はもちろん、せっかく出す以上はと凝ってみました。私自身が料理好きの凝り性ですので(笑)」

時代を立体的に多角的に見たい

 まだカフェもない時代に隅田川をセーヌ川に見立て、〈人が芸術のみを考えて生きていける時間と空間〉を夢見た杢太郎たちのひたむきさが、宮内氏は愛おしいという。
「その一方で四谷の細民窟や当時の様々な社会問題に触れてはいます。その理由としては一つの時代を立体的に、多角的に見てみたかったのが一つ。もう一つは私自身の興味です。
 私は綾辻行人氏の『十角館の殺人』を読んで作家を志しながら、なぜか作品はどことなく社会派なんです。社会派ミステリーへのアンチテーゼ的な綾辻さんの耽美的な世界に嵌ったのが、原体験のはずなのに。自分でも不思議なんですが」
 第1回の会で白秋が言う〈美のための美は、本物をも超えうる〉といった言葉や、美と政治の関係を彼らが全力で考えたこの頃、日本も一つの青春期を終え、この先、大逆事件などが起き暗雲が垂れ込めはじめる。
「もしかすると美のための美を素朴に追求できたギリギリの時代。だからこその青春の爆発や先駆性に、私は惹かれたのでした。私自身は耽美的なるものに抗い難い吸引力や儚さ、危うさのようなものを感じています。本書の美にまつわる記述は全て、私の本音です」
 元々が自分たちの「好き」から始まった物語だけに、「謎解きやこの会のことを読者が面白く読んでくれるのが一番」と宮内氏は言う。それでは終わらない魅力や示唆に本書が多々富むことは、もちろん言うまでもない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年3.11号より)

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