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【著者インタビュー】今村翔吾『幸村を討て』/直木賞受賞第一作! 数々の謎に大胆に迫る、異色の真田物

『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した今村翔吾氏の最新作は、戦国最後の戦を通じて真田一族を描くエンターテイメント巨篇! 作品が生まれた背景や作品に込めた想いを著者に訊きました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

様々な思惑が交錯する大坂の陣 戦国最後の戦を通じて描く親子、兄弟、そして家をめぐるエンターテインメント巨篇!

幸村を討て

中央公論新社 
2200円
装丁/片岡忠彦 装画/茂本ヒデキチ

今村翔吾

●いまむら・しょうご 1984年京都府生まれ。関西大学文学部卒。ダンスのインストラクターを経て2016年「蹴れ、彦五郎」で第19回伊豆文学賞、「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞、翌年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。18年「童神」で第10回角川春樹小説賞、20年『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞と第8回野村胡堂文学賞、『じんかん』で第11回山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で第166回直木賞。174㌢、76㌔、A型。

真田が名と家の両方をいい形で残せたのは兄と弟が役割を分担したからこそだと思う

「真田信之って90代まで生きていて、弟が死んでからの人生の方が長い。僕も3つ下にやんちゃな弟がいてたんで、自分ばっかり歳取るのってしんどいやろな、どんな感覚なんやろって。そう思って当時小学5年生やった僕は、この武将が気になったんです」
 先頃『塞王の楯』で晴れて第166回直木賞を受賞した今村翔吾氏(37)は、最も好きな戦国武将に真田昌幸の子・信之の名を挙げ、受賞第一作『幸村を討て』でも弟の幸村=信繁共々、物語の重要な軸に据える。
「それこそ小5で初めて読んだ小説が池波先生の『真田太平記』でした。最初は幸村目当てで読み始めたら、むしろ信之が大坂夏の陣で弟を亡くしてからの心情に惹かれるものがあって。
 そうした兄と弟の情景も含めて、今回は真田の名と家、、、の話を書いてみました」
 そもそも『真田太平記』に『真田十勇士』 、江戸期の講談から大河ドラマ『真田丸』まで、なぜこの一家がこうも物語化されやすく、なぜ信繁が幸村になるのか等々、数々の謎にも大胆に迫る、異色の真田物である。

 京都府木津川市出身で、前職のダンス講師時代から活動拠点を滋賀県大津市に置く今村氏。数々の連載を抱える傍ら、近年は「町の本屋さん」の存続や経営にも自ら乗りだしている。
「親に本を買ってもらって、真田信之という武将に出会えたのも、地元の本屋さんのおかげですからね。少しでも恩返しができたらと。
 僕は売り文句でも何でもなく、信之のことが大好きなんですが、一般的には父・昌幸とともに関ヶ原では西軍につき、最後は大坂夏の陣で敗れながらも、〈日本一のつわものと呼ばれた弟の幸村の方が人気です。
 でも、家族の中で唯一東軍につき、1人だけ生き残って、それでも家を守る信之のひたむきな姿勢というかな。僕も田舎の長男やからわかるんです。仏壇やお墓のことも子供の頃から考えてたし。家を軽々と超えていく弟と、どうしても壁になる長男の違いとかも、たぶんこの作品って、弟の作家には絶対書けへんくらい、お兄ちゃん目線の小説かもしれません(笑)」
 例えば冒頭、弟の誕生に立ち会い、その掌に握られたザラザラしたものを見て、〈きっと天の砂だ〉〈凄い。凄い弟になる〉と兄が呟く序章は、ほぼ実体験だとか。
「実際は胎盤の汚れみたいなものらしいんですけどね。それを僕が幼心に天の砂と思ったのは、本当の話です」
 続く第一章「家康の疑」では、慶長16(1611)年3月、齢70を迎える家康が〈あれは綱渡りであった〉と関ヶ原の戦いを振り返り、豊臣恩顧の大名勢の動きをなお警戒しつつ、同19年の大坂冬の陣、翌20年の夏の陣へと突入するまでを追う。
 特に北信濃の国人出身で、かの信玄の最後の弟子ともいわれる真田安房守昌幸は、何度も煮え湯を飲まされた天敵で、秀吉の仲介でその子信幸を婿にしたのも正直渋々だった。が、重臣本多忠勝の娘を養女にしてまで縁組した信幸は人品に優れ、家康は真田家代々の幸の字を之に改めさせるなど、この婿に目をかけてもいた。
 一方、昌幸はやはり曲者だった。嫡男の秀忠がまんまと術中に嵌り、関ヶ原に遅刻するなど、家康にすればまさに疫病神。さらにその死後は息子・幸村の知略に散々苦しめられるわけだから、やはり真田一族のことは憎くてたまらない。
 本書では戦国最後の戦となった大坂夏の陣で実は誰が何をし、何をしなかったのかを、家康が自ら関係者を召喚し、聴取する、全7部構成をとる。
「織田有楽斎や南条元忠、後藤又兵衛に伊達政宗、それから毛利勝永と、大坂夏の陣7不思議といわれる謎の関係者が次々と証言に立つ、真田版『リーガル・ハイ』をめざしました(笑)。
 真田物、幸村物がこれだけある中で、ひとつは名と家に拘ること、ひとつは英雄のことはいっそ現場の人間に語らせた方が、英雄視される過程も含めて、真に迫れそうだったこと。今ひとつは本書を真田に限らない兄弟や親子の物語として描きたかったことがあります。だから、他の武将においても兄弟の確執など、新しい視点や角度をどんどん取り入れていきました」

魅力的な物語ほど二次創作を誘う

 その合間には、信之が真田の家や弟との来し方を語る独白パートが並走する。
「言うなれば『八本目の槍』方式と『じんかん』方式の合体ですね。2つを足して、さらに深みをめざしました。
 常に自分にハードルを課し、新しいことに挑まないと読者は満足しない。これは以前、宮城谷昌光先生から言われた教えです」
 なぜ南条元忠は戦半ばで腹を切り、なぜ伊達政宗は味方を銃撃、、、、、したのか。豊臣方の浪人衆は負け戦になぜ集い、その目的は金か名かそれとも? 等々、人の数だけある思いや事情に迫る、探偵家康がなかなかいい。
「他にも総大将に推された有楽斎はなぜ逃げたかとか、歴史好きが語りそうな謎を現場目線で解いていくことで、幸村の謎っぽい存在感が逆に深まればいいなあと。
 そもそも幸村って名前が唐突すぎるんです。みんなが信繁という本名を知りつつ幸村と呼んでしまうこのフィット感は何やねんと(笑)。他にも真田家では信之が源郎、信繁が源郎と幼名が逆転するなど、名前ネタには事欠きません。
 当時の感覚では家と命は同義に近い。だからこそ名も家も両取りしようとした父親に限界を感じた兄は命、弟は名を残そうと、2人で役割分担したんじゃないかと僕は思うんです。どっちかしか選べないから。信之による名脚本を名優・信繁が演じ、それがみんなの夢になったのが大坂夏の陣かもしれず、魅力的な物語ほど二次創作をいざなうように、兄弟総出で作った伝説が幾多の講談や小説の礎となったのかもしれません」
 信長や『平家物語』など美しい名を残せば残すほど家は滅び、逆も然りだと。
「両方いい形で残せたのは真田家くらいですから」
 ではなぜ人は名を残そうとするのかといえば、〈きっと寂しいのさ〉〈人だけが特別に〉と弟は兄に答え、中でも特別に寂しがり屋なのが武士という結論に至る。
「こういうことを書くのが今村翔吾という作家なんですよ(笑)。死の恐怖も根は同じですし、僕が小説を書くのも寂しいから、死んでも忘れてほしくないからだと思います」
 草の者なる忍びの暗躍や驚愕の新解釈など、楽しみ方は自由自在。それでいて読後に残るのはこの兄弟やあの兄弟の孤独におののく横顔だったりもする。それこそが今村作品らしさなのだろう。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年4.29号より)

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