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【著者インタビュー】末並俊司『マイホーム山谷』/ドヤ街のホスピス「きぼうのいえ」創設者の波瀾の人生

山田洋次監督の映画『おとうと』やNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも注目された、ドヤ街・山谷のホスピス「きぼうのいえ」。かつて理想を追い、栄光を手にした創設者は現在、支援する側からされる側にかわっていて……。第28回小学館ノンフィクション大賞受賞作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

ドヤ街にホスピスを作り「理想のケア」を追い求めたある男の栄光と挫折――小学館ノンフィクション大賞受賞作

マイホーム山谷

小学館 
1650円
装丁/名久井直子 装画/田雜芳一

末並俊司

●すえなみ・しゅんじ 1968年北九州市生まれ。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、テレビ制作会社に所属。報道番組制作に従事し、2006年よりライターとして活動。両親の在宅介護を機に、17年介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を取得。介護や福祉を軸に各誌で執筆活動を展開し、昨年、本作で第28回小学館ノンフィクション大賞を受賞。「僕もドヤには1週間泊まったけど3畳は無理。でも山谷みたいなシステムのある町に、将来は住みたい」。168㌢、62㌔、A型。

先進的だが曖昧で不確かなものにも頼る福祉は山谷だから奇跡的に実現している

 介護も、そして取材も、最も悩ましいのは対象との距離感かもしれない。
 相手との近すぎる距離が時に共感や救いを生む一方、その生身ゆえのストレスに従事者が少なからず痛んでもきたことを、末並俊司著『マイホーム山谷』に改めて気づかされた思いがした。
 舞台は大阪の釜ヶ崎や横浜寿町と並ぶ3大寄せ場の1つ、山谷。この台東区と荒川区にまたがる一帯には最盛期で222軒ものドヤが建ち、〈肉体労働者の送り出し元〉として戦後日本の発展を歴史的に支えてきた。
 その山谷が今や〈福祉の街〉と化し、住民の高齢化や介護に関して独自の支援体制を確立してきたことは、実は意外と知られていない。
 本書ではそんな〈山谷版・地域包括ケアシステム〉の一角を担うホスピス「きぼうのいえ」の創設者、山本雅基・美恵夫妻の来し方や町の歩みを追うが、それは美談どころか、理想のケアを夢見、純粋に人のため、、、、を思った人々の、大きすぎる代償の物語でもあった。

 著者自身、〈取材者としてののりえがちなタイプではあった。11年春に別件の取材で初めて山谷を訪れて以来、年末恒例の炊き出しにボランティアで通うように。その間、両親を自宅介護の末に看取り、18年夏、〈今思えば私は何かしらの救いを求めて〉、山本氏を訪ねたとある。〈ところが、待っていたのは期待と大きくかけ離れた現実だった〉と。
「それこそ山田洋次監督の映画『おとうと』やNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも注目された山谷のシンドラーとマザー・テレサが迎えてくれると思いきや、美恵さんは8年も前に家を出たらしく、異臭はするわ、床は酒でベタつくわ、救いどころじゃなかったわけですよ。
 この時、山本さんは既に理事長職を解かれ、統合失調症も最も重い時期でした。雑誌で見開き記事くらいは書けるとも考えたんですが、この人の波瀾の人生を2頁にしていいのかと思い始め、そのうちに山本さんが生活保護を受けることになって。その時ですね、彼や山谷の話を1冊の本にしたいと強く思ったのは。彼はとことん堕ちたからこそ、支援する側からされる側になれた、、、、、、、、ともいえるので」
 山谷は02年に夫妻がこのホスピス(福祉法上は無料定額宿泊所)「きぼうのいえ」を始める以前から、山友会や訪問介護ステーション・コスモスといった各種NPOが活動。末並氏が〈志のあるよそ者たちを引きつける磁力〉を見るように、支援する側も大半はよそ者。18年時で平均年齢約67歳、生活保護受給率89%の約4000人弱を教会や組合系団体が支える、〈共助の考え方が浸透している街〉だ。
 警察官僚の父親をもち、全国を転々とした山本氏と、長野県出身の看護師・美恵さんは失意の中で出会い、ほどなく結婚。〈ホームレスのためのホスピス〉という無謀にも映る夢を叶え、〈スライム方式〉と名付けた患者本位のケアに全霊を傾ける2人の姿は、メディアでも注目を浴びた。 
 が、映画の公開を祝した打ち上げ翌日、美恵さんは〈これ以上、魂に嘘はつけません〉と書き残し、ある男性職員と失踪してしまう。

患者の死からは逃れられない

 昨年夏、都内某駅の駐輪場を張り込んだ末並氏はついに美恵さんを発見する。運転免許の有無に着目した記者の勘が生きた格好だが、この時、〈10年、隠れてたけど、見つかっちゃうものですね〉と呟いた元夫人から見たもう一つの真実を、5章「山谷のマザー・テレサの告白」に綴るのだ。
「山谷は福祉の街としては実に先進的で、当初は僕も山谷こそ『2025年問題』(団塊世代が75歳以上)を先取りする町だという本を書こうとしていたんです。
 でも山本さんやいろんな人の話を聞くうちに、山谷システムは山谷だから可能で、仮に他でやるとしても強制は絶対しちゃダメだと、痛感させられたんですね。
 半径1・7㌔圏に支援対象や福祉インフラが集中し、言い方は悪いけど可哀想な人のために何かしたいという情熱の持ち主が歴史的に集まる特殊性が、山谷の福祉を奇跡的に実現させているんです。医者も看護師も介護士も元青年海外協力隊的な人が多く、制度からハミ出したことを喜びとしてやれる人たちなんですよ。それを山本さんは〈愛〉だなんて格好よく言いますけど、愛や〈善意〉といった曖昧で不確かなものに頼る危うさも、本当は痛いほど知っているはずなんです」
 若い頃から鬱病に悩み、あえて無謀な夢を掲げては生命力としてきた山本氏は、江原啓之氏が資金を提供し、結局決裂した第二のきぼうのいえや、山谷全体をきぼうのいえにする計画も構想。その間も精神薬と酒を同時摂取、心身は悲鳴を上げた。
「むしろこれは、やってはいけない福祉、、、、、、、、、、かもしれず、善意剥き出しで走った結果、痛んでしまうのは何も彼に限らない。患者が垂れ流す呪詛に日々晒され、次々に人が亡くなる生々しさから逃れたくても逃れられないのが、現場の現実なので」
 一方山本氏はこれからは〈ファミレス〉、つまりホームより頼れる家族フアミリーがいないことが問題視される時代だとし、いかに血縁を超えた支援を構築し、家族を再定義するかだと末並氏に言う。
「鋭いことは鋭いんですよ、特に呑んでいない時は(笑)。僕自身は下戸なんですけど、たぶん彼や山谷とは一生つきあっていくと思う。本が出来たからバイバイ、とは、元々言えない性質なんで」
 どこか憎めない山本氏と、戸惑いや違和感を隠さない訊き手の関係性が印象的なノンフィクションだ。人と人は、やはり生身が面白い。

●構成/橋本紀子
●撮影/内海裕之

(週刊ポスト 2022年5.20号より)

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