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【著者インタビュー】坂上 泉『渚の螢火』/本土返還間近の沖縄で発生した100万ドルの強奪事件

沖縄が本土に復帰する1972年5月15日を2週間後に控えたある日、琉球銀行の輸送車が襲われ、現金100万ドルが奪われた! ドルが円に切り替わる瞬間を狙いすました犯行に、琉球警察は……。手に汗握るタイムリミット・サスペンス!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

100万ドル強奪犯を本土復帰日までに捕まえろ! 注目の新鋭が描く昭和史×警察小説!!

渚の螢火

双葉社 
1870円
装丁/高柳雅人 装画/ケッソクヒデキ

坂上 泉

●さかがみ・いずみ 1990年兵庫県生まれ。東京大学文学部卒。在学中は日本史学研究室・加藤陽子ゼミや鈴木淳ゼミで近現代史を学ぶ。会社勤務の傍ら、天狼院書店の小説家養成ゼミに通うなどし、19年「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で第26回松本清張賞。同年『へぼ侍』でデビューし、第9回日本歴史時代作家協会賞新人賞。翌20年発表の『インビジブル』では第23回大藪春彦賞と第74回日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞候補に。166㌢、60㌔、O型。

文献に淡々と記された史実からかえって滲み出すものを生々しい形で再現したい

 御一新で没落した元士族など、西南の役で官軍に雇われた壮兵たちの人生を通じて、近代明治のもう1つの顔を描いた松本清張賞受賞作『へぼ侍』でデビュー。第2作『インビジブル』では、昭和24年から約5年間、大阪市警視庁、、、、、、が実在した事実を軸に関西戦後史の知られざる実像を活写し、歴史エンタメの新星として期待を集める坂上泉氏(32)。
 注目の第3作となる『渚の螢火』では、舞台を50年前の沖縄にとり、1972年5月15日を2週間後に控えたある日、琉球銀行の輸送車が襲われ、現金100万㌦が奪われた強盗事件と、その迅速かつ秘密厳守での究明を命じられた、琉球警察本部・本土復帰特別対策室班長〈真栄田まえだ太一〉らの奮闘を描く。
 折しも沖縄が日本に復帰し、ドルが円に切り替わる瞬間を狙いすました犯行。そして半月後には解散する琉球警察の威信もかかった事件を前に、八重山出身で、本土や沖縄にも馴染めない自分は一体何者なのかと、真栄田の心は揺れに揺れた。
 それでも彼が警官であることは揺らがない事実で、追う側も追われる側もそれぞれに事情を抱えた、手に汗握る時限サスペンスだ。

「本当なら1か月くらい沖縄に滞在して、地元の生の声などを反映できればよかったのですが、残念ながらそこまでは出来ませんでした。だから、沖縄言葉や返還前後の空気感をどこまで再現できているか、正直、今でも不安は少しあります。
 僕自身は兵庫県の出身ですが、東京中心の公式史観みたいなものって本当なのかなあと、よく思うんです。大阪でも砲兵工廠の跡が市内の中心部にずっと残っていて、小松左京さんが『日本アパッチ族』に書いたような、屑鉄を盗み出す人がいたりする世界がつい最近まで存在した。戦後すぐに経済復興して、オリンピックが来てという、『三丁目の夕日』的な世界とは大阪ですら全然違うし、沖縄はもっと違うだろうと。
 その輝かしさとはかけ離れた、泥だらけの戦後史に部外者がどこまで踏み込んでいいのか。逆に踏みにじることになりやしないかと恐縮しつつ、当事者以外は沖縄を書けないというのも、違うだろうという思いもあった。むしろ部外者だから見えるものもあるはずで、歴史の傍観者としてのフラットな視点を僕は大事にしたつもりです」
 前作の大阪市警視庁同様、琉球警察も、45年6月の沖縄戦終結後、米国民政府、通称ユースカーが設置され、その統治下に約20年存在した、今はなき警察組織だ。
「琉球警察って世間の知名度は1割もないと思いますけど、昨今は伊東潤さんの『琉球警察』や真藤順丈さんの『宝島』など、物語の世界では再注目されている。
 僕もその流れに乗る格好にはなりましたけど、実はデビュー前に初めて書いたプロットが琉球警察の話だったんです。当時から純粋に組織として興味深い境界的世界に主人公を置き、居場所を探す話を書きたいなと。そもそも沖縄の文化自体が古くから多様な人や文化が海を介して行き交う中、その融合と受容の上に形成され、源為朝伝説など客人伝説にも事欠かない。アメリカ文化もその1つで、沖縄にポップスが根付き、数多くのアーティストを輩出したのも事実ですし、その境界上にかつて存在した琉球警察や、本書の返還目前に起きた事件などを通じて、沖縄に限らない、より普遍的で今日的な問いも描ける気がしたんです」

沖縄に限らず歴史には重層性がある

 本作は序章「赤い喪失」や「灰色の帰還」「黒い着火」と、それぞれ色彩も意味深長な全7章で構成される。
 冒頭、基地に忍び込み、マーガリンや砂糖を頂戴する、〈戦果アギヤー〉で食い繋ぐ少年が、収容所時代に出会った〈あいつ〉と呼ぶ少女への思いと、米兵らに身を売る彼女を無残な形で失い、〈世界から赤という色が消え去った〉瞬間を語る序章からして、悲しすぎる動機と結末を予感させる。
 が、そうした事情を捜査班長として難題を担う真栄田が知る由もなく、まずは現場を歩き、情報を収集する。
 強奪された100万㌦は、当時のレートで3億円強。来る本土復帰に向けて回収を急ぐドルの一部だった。復帰の日には、沖縄全域から回収したドルを、本土から運んだ540億円に一気に切り替えるのだ。その金が盗まれたのだから、回収できなければ事は復帰の成否にも関わる。上層部が緘口令を敷くのも当然だ。
 そのわりに人手は乏しく、真栄田が若い頃から世話になり、父同然に慕う室長の玉城たまぐすくや、東京の大学に学び、東京出身の妻を持つ真栄田を敵視する捜査一課班長〈与那覇〉。事務員ながら高い運転技術と洞察力を持つ〈新里愛子〉に、与那覇を慕って警官になった元不良少年〈比嘉〉。さらには米犯罪捜査局の謎多き日系人大尉〈ジャック・シンスケ・イケザワ〉と、最大で6名の凸凹チームで沖縄版3億円事件を追うのだった。
「昔、子供用の新聞で読んだ映画『ミリオンズ』(04年、ダニー・ボイル監督)の解説が妙に心に残っていて。要はユーロが導入予定だったイギリスで、幼い兄弟がポンドの札束を拾い、大騒動になるという話なんですけど、それをドルが円に替わる直前の沖縄で、ドサクサに紛れてドルを盗む物語に翻案したら面白そうだと。
 当時の警察官の回顧録を読むと、沖縄の戦後はそれでなくても本土以上に混乱しているんです。戦果アギヤーが英雄的行為とし賞賛されたり、面白いというと語弊がありますけど、僕はそこに怒れる荒くれ者たちの西部劇的な世界を感じた。
 それも一つの歴史ですし、大学でもとかく近現代史は戦前戦中まででストップしがちで、戦後は未だ歴史の範疇に入らない感じがある。僕はそれを学問としてやりたかったし、文献に淡々と記された史実からかえって滲み出すものを、小説により生々しい形で再現するのが、今の目標なんです」
 坂上氏は自身が接してきた書物や映画からエンタメの神髄を縦横に吸収し、そこに東京や大阪、同じ沖縄でも人によって違う歴史を見る目、、、、、、を、丁寧に描きこむ。一口に沖縄の戦後と言っても、出身や階層、運や性格によっても全然違うからだ。
「それが各人物の造形にもうまく機能すればいいなと。歴史に重層性があるのは、何も沖縄に限りませんし」
 そして作品上、真栄田が直接聞くことはない犯人の胸を抉るような告白を読者のために書き、このタイムリミットサスペンスを沖縄の傷や痛みに寄り添う〈供養〉の物語に昇華させるのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年5.27号より)

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