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【著者インタビュー】高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』/誰の周りにもある釈然としない人間関係をリアルに描く職場恋愛小説

心がざわつく? 誰に共感? あなたの価値観を問う話題の小説 『おいしいごはんが食べられますように』についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「大好きでもなく尊敬もしてなくて面白いとも思わない…なのにどうしてそんな人と結婚しようと思うのか」

『おいしいごはんが食べられますように』

講談社 1540円

物語の舞台は≪食品や飲料のラベルパッケージの製作会社≫の埼玉支店営業部。入社7年目の「二谷」と、一年後輩の「芦川さん」、そのさらに一年後輩の「押尾さん」を中心に描かれる。芦川さんは仕事ができない。そんな芦川さんのことを周りが理解し、優しく接するのが押尾さんは≪むかつく≫。二谷は言う。≪「職場で、同じ給料もらってて、なのに、あの人は配慮されるのにこっちは配慮されないっていうかむしろその人の分までがんばれ、みたいなの、ちょっといらっとするよな。分かる」≫。意気投合する二人だが、なぜか二谷は芦川さんと付き合い始める。やがて職場で事件が―。きっと誰の周りにもある、釈然としない人間関係を鮮やかに描き出した職場恋愛小説。

高瀬隼子

(たかせ・じゅんこ)1988年愛媛県生まれ。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞しデビュー。ほかの著書に『水たまりで息をする』がある。

自分の中にも、どの職場にも二谷のような人はいる

 ほどよく肩の力が抜けたタイトル、白と黄色の表紙カバーのイラストもかわいいが、よく見ると、コンロの片手鍋に人影がぼんやり写りこんでいて、ちょっと不穏な感じも漂ってくる。
 高瀬隼子さんの話題の新刊は、若い男女の恋愛小説であり、仕事についての小説でもあり、「食べること」をめぐるコミュニケーションについても考えさせる。
 書き出しがすばらしい。
《昼休みの十分前、支店長が「そば食べたい」と言い出した。「おれが車出すから、みんなで、食いに行くぞ」》
 昼休みぐらい上司と離れていたい部下の気持ちや、そばアレルギーの有無などぜんぶ無視する職場の空気がもわっと吐き出されるようで、この小説を「職場ホラー」と呼ぶ声もあるらしい。
「もともとは男性が主人公の恋愛小説を書くつもりで、プロットは立てず、二谷の視点でとにかく書き始めたんです。二谷は仕事が忙しくて自炊もできない。二谷に芦川さんという恋人ができて、土日になると、二人は外に遊びに行かず二谷の家で芦川さんが料理するようになり、『なんでだろう?』と気になって。そこから、『ごはん』について広げて書いてみようと思いました」
 二谷の視点だけでなく、二人の後輩にあたる押尾という女性社員の視点からも語られ、交互に物語は進んでいく。
 押尾は一年先輩の芦川をよく思っていない。優しく、笑顔をたやさない芦川だが、声の大きい相手や大人数と会うなど、自分の苦手なことはやろうとしない。前の職場でハラスメントを受けたことがあり、体調が悪くなれば仕事の途中でも早退する。そんな芦川を周りは温かく見守るが、しわ寄せを受ける押尾はいらだち、「芦川さんのこと苦手なんですよね」と二谷に言う。
「実はこの作品の前に、編集者に見せずにセルフボツにした原稿があるんですが、そこには押尾は出てきません。二谷と芦川さんが、職場恋愛をしていて、心から愛してるという感じじゃないのにうまくいってしまう恋愛小説を書こうとして、実際200枚ぐらい書いたんですけど、なんだかしっくりこなくて。芦川さんとは違うタイプの女性を、脇役でもいいから、と思って出てきたのが押尾です。結局、脇役にはおさまらなくて、3人が主人公ということになりました」
 たぶん、女性読者の多くは、芦川より押尾に感情移入しやすいだろう。芦川視点からの描写はないので、彼女が何を考えているのかはよくわからず想像するしかない。押尾だけでなく、恋人の二谷も時に芦川を批判的に眺めることがあるが、芦川の弱さや、同僚として尊敬はできないところが、二谷の中では性的な感覚に結びついていたりもするから人間の内面は複雑だ。
「二谷も、押尾のほうが話は合うと思うんです。でも、この人が選んだり選ばれたりする相手は芦川さんなんだろうなって。自分が好きだから、というより、正解ルートを選び続けるのが二谷なんですよね。あんな友だちはいないし、モデルもいないんですけど、『この人知ってる』という感覚はあります。どの職場にも二谷のような人はいると思うし、自分の中にもいる気がするんです」

私はつくるのが面倒くさいから外食する派

 小説の最後に、二谷はある選択をする。書いているうちに、自然と決まったそうだが、「そうなるかとびっくりした」と言う人もいれば、「そうなるだろうと思った」と言う人もいて、意見が分かれるらしい。
「好き好き大好きで結婚するのがすべてではないと思いますけど、大好きでもなく、尊敬している、めっちゃ面白い、わけがわからなくて気になる、そのどれにも当てはまらない人とずっと一緒にいようと決断するなんて、私には恐ろしいです。でも現実に、そういう人はいるんですよね。自分の心身の安定のために同じような選択する人はいるし、男女が逆でもありえると思います」
 二谷の描かれ方で印象深いのは、食べることにまったく重きを置いていないところだ。芦川さんの時間をかけた手料理を食べても、彼女が寝たあとで、こっそり湯をわかしてカップ麺を食べて、ようやく「晩飯を食べた」気持ちになったりもする。
 食べることがそれほど好きではない、面倒くさい、そう大っぴらに言えない感じが、世の中にはたしかにある。人と食事するとき、タイミングよく「おいしい」と言わなくてはならないわずらわしさなど、これまであまり言葉にされることがなかった、「食べること」についての、人それぞれ異なる感覚がすくいとられ、いろいろな角度から描かれているのも興味深い。
 読者からも、自分はそれほどご飯が好きではないのに、好きなふりをしていてしんどかったことに気づいた、という感想が届くそうだ。
「もともと自分が、ご飯が大好きなほうではないんです。外食が好きなんですけど、それも、おいしいものが食べたいからというより、つくるのが面倒くさいから外食する派、なんですね。
 ひとりで食べるご飯がいちばんおいしいと作者は思っていまして、職場の人と食べに行くとあんまり食べ物の味がしないなと前々から感じていました(笑い)。今回は自分のそういう気持ちが出せたのかな、と思います」
 これしかない感じの寓意的なタイトルは、ぜんぶ書き終えてから考えたという。
「タイトルをつけるのがあまり得意ではなくて。『お菓子がおいしい』とか『胃の中がからっぽ』とか、とにかく50個ぐらい考えて、全部を眺めて、これかな、と思って決めました」
 デビューして3年。フルタイムの事務職として働いていて、最近、昇進もしたそう。平日の夜、帰宅してから寝るまでの1、2時間と休日を執筆にあてている。
「とにかく小説が好きで、デビュー前も、時間があれば、ずっと読んだり、書いたりしていたので、あんまり大変という感じはしないです。もちろんいまのほうが責任感は出たと思いますけど、それほど違いはないです」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 金原ひとみさんの『アンソーシャル ディスタンス』。雑誌「新潮」に載ったときに読んで、単行本で読み返してやっぱりすごいなと思いました。金原作品は、体調が良い日に読まないと引きずられて体調が悪くなるぐらいの力があります。
 松浦理英子さんの『ヒカリ文集』は、恋愛や愛情ではない、新しい言葉で語られるべき感情が書かれている気がしました。

Q2 座右の一冊は?
 島本理生さんの『ナラタージュ』。最初に読んだときはまだ10代でしたが、20代前半、後半、30代と読むたびに引っかかるところが変わります。頭の中で鳴る音として、とても気持ちがいいのが島本さんの文章です。

Q3 最近見て面白かったドラマや映画は?
 寝るぎりぎりまで小説書いたり本読んだりして頭が「ガガガッ」て緊張した状態になるので、寝ながら、サメやゾンビの出てくるB級のホラー映画ばかり見ちゃいます。

Q4 最近気になるニュースは?
 やっぱりウクライナ情勢ですね。ヤフーニュースのコメントなどで心ないコメントを目にするとさらにショックを受けてしまうのに、つい見てしまって、戦争のニュースはつらいんですが、見たくない気持ちと見なきゃいけない気持ちがせめぎあっています。

Q5 趣味は何ですか?
 公園に行って、よその家の犬を見ることです。コロナ前は触らせてもらったりしていましたが、いまは見るだけ。あとお酒が好きですね。デビュー前は飲みながら書いてましたが、いま飲みながら書くとまるまる使えなかったりするので、「今日は取材を受けたから」みたいに自分に許す感じで週1ぐらいで飲んでいます。

Q6 運動はしていますか?
 運動は嫌いです。実家にいたときは犬の散歩をしてましたが、いまはとくに何も。

Q7 ストレス発散法は?
 できてない気がします。コロナで居酒屋にも行けてないですし。こないだ、日曜の昼間から、ふなぐち菊水のワンカップとペットボトルの水とミステリーの文庫本を風呂場に持ち込み、200円もする入浴剤を入れてお風呂でぼーっと読んだら楽しくなりました。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/嶋田礼奈

(女性セブン 2022年6.2号より)

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