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【著者インタビュー】新名 智『あさとほ』/その物語を読んだ者は、消える――新進気鋭の長編ホラーミステリー

作者も所在も謎だらけの散佚物語「あさとほ」について、調べた人は消える――。最後まで読み切った読者は、世界の仕組みそのものがずれてしまったような、おかしなグラつきを覚えること必至の長編小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

「人を消す」物語の正体は――静かな恐怖に身の毛がよだつ予測不可能なホラーミステリ

あさとほ

KADOKAWA
1760円
装丁/原田郁麻

新名 智

●にいな・さとし 1992年生まれ。長野県上伊那郡辰野町出身。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中はワセダミステリ・クラブとドラえもん研究会に所属。「定番を作ってひっくり返すとか、終わっても解決していない問題があるとか、ドラえもんには今でも物語構造上の影響を感じます」。在宅勤務の傍ら長編ホラーに挑戦し、2021年『虚魚』で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞しデビュー。個人的に怖いのは「お化けより虫」。172㌢、67㌔、O型。

物語性を拒む幽霊や怪異は本当に怖いし怪談も分析的に見る体質の僕には好みです

 昨年、横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作 『虚魚そらざかな』でデビューした新名智氏は、いわゆる〈物語〉とは縁の深い、今年30歳の新鋭だ。
 高校時代はアニメの二次創作に興じ、早大在学中はワセダミステリ・クラブとドラえもん研究会に所属。同大学院では平安文学及び『堤中納言物語』を研究し、最新長編『あさとほ』でも平安後期に書かれ、その後同時代の書物に名前だけを残して失われた〈散佚物語〉の怪しさが、ミステリー上、抜群の効果を上げている。
 前作では「それを釣った人が死ぬ魚」を巡る怪談が物語の鍵を握ったが、本作の怪異の核心はまさにその物語。主人公〈大橋夏日〉が通う大学の卒論指導教授やその後輩講師など、〈その物語を読んだ者は、消える〉、物語を巡る物語なのである。

「今回は古典文学に関する僕なりの知見や考えを生かした話を書こうと思って、どうすればホラーになるかは後から考えました。
 元々僕は文学も好きだし歴史も好き、古典文学なら両方できるかな、くらいの感じで専攻を選んだんです。ところが専攻してみると、平安文学には作者や来歴がわからないものも結構多く、たまたま源氏物語のように後世に残った幸運な作品もあるという方が正確でした。
 僕が研究していた『堤中納言物語』はどれもありがちな話の集合体です。当時は女房たちが自作の物語を持ち寄るなど、物語を書く行為自体、特別でも何でもなかったんですね。中には今に残っていない、取るに足らない話もあったでしょうし、本書で夏日が行方を追う『あさとほ』のように、作者も所在も謎だらけの散佚物語があっても、おかしくはありません」
 実は夏日には双子の妹がいた。小2の時、転校生の〈桐野明人〉に運命を感じ、〈特別なふたりになる〉と宣言した〈青葉〉である。しかし蛍の里として名高い故郷の森に夏休みの宿題の課題を探しに行き、3人でたまたま見つけた廃屋を探検した時のこと。青葉らしき人影は振り返ったと思うと、〈じわりと溶けるように消えてなくなった〉のだ。
 この日以来、両親や誰もが青葉など初めからいないかのように振る舞い、妹のことを憶えているのは夏日と明人だけになった。その明人が県外に越し、夏日もまた都内の私大に進み、卒論に追われる中、彼女は指導教授である〈藤枝先生が行方不明になった〉という噂を耳にする。
 事情通の友人らによれば、実は文学部では5年前にも〈清原〉という講師が失踪。両者の接点に浮かんだのが『あさとほ』なる〈調べると危ない〉かもしれない、無名な散佚物語だった。
 周囲の相次ぐ失踪に胸を痛める夏日は、かつて〈青葉は、おれが必ず見つけるから〉と言ってくれた明人と奇しくも10数年ぶりに再会。妹の消失も含めて2人で真相を追い始めるが、彼は吉祥寺で祖母の花屋を手伝う傍ら、〈拝み屋、霊媒師、探偵、ゴーストバスター。呼び方はなんでもいい〉というオカルト紛いの相談業にも忙しいらしい。〈なんのために?〉〈青葉を捜すために決まってるだろ〉と。

物語を前にした途端、認識が歪む

 本書では夏日が『あさとほ』の周辺で相次ぐ怪異の謎に迫る間、様々な立場で語られる物語論も読み処だ。
〈人間っていうのは、物語の形でしか、世の中を理解できないものなんだね。理解できないものは怖い。だから、理解できるようにする〉
〈意識というもの自体が、実はひとつの物語なのかもしれない。次々と起きている無意識の行為に、ひとつずつ理由をつけて、意味のある形に並べ直す〉〈物語というのは、枠組みみたいなものなんだ〉〈自分の中にどういう物語があるかで、自分の行動はおろか、そもそもの動機さえ変わってしまう〉〈物語にはそれだけの力がある。人の意思をあっさり歪めるくらいの力が〉

 あるいは日記文学と物語文学の境の曖昧さに関する、〈要するに当時の人たちは、人間が客観的な事実をありのまま語ることができるなどと、信じてはいなかった〉〈結局はそれくらいのあいまいさで生きているんだよ、人間なんて〉という藤枝の分析にもハッとさせられる。
「例えばニュースでいかに悪人かを報じられた犯人のことが本当に悪人に思えてきたり、物語を前にした途端、認識が歪むことってあると思う。歴史も一種の物語ですよね。考え方の枠組みも、共有する物語も時代によって違うし、もし自分があの時代に生まれていたらとか、違う人生を考えるのが好きなんです。
 あと僕は怪談も好きで、調べてみたら人が死んでましたとか、お墓でしたとか、理由を付けて納得したいのはわかる。でも本当に怖いのは、なにかわからないけどいる、、、、、、、、、、、、、みたいなお化けで、僕自身は理由も脈絡もなく、物語性を拒む幽霊や怪異の方が、断然好みです(笑)」
 その好きな怪談に関しても客観的に構造を分析する、考察系ホラーを自認する。
「自分が読む時も主人公が単に怖がっているだけだと、もっと調べろよって思うし、その怪異が起きた原因としては何が考えられ、どんな解釈が可能かとか、そこを膨らませたい。おどろおどろしい描写も苦手ですし、そうやって何事も一歩引いたところから分析的に見る体質なんだと思います」
 物語を愛し、知り尽くす著者は、その功も罪も両面駆使し、人と物語との関係に再構築を試みる。きっと最後まで読み切った読者は、自分が見ている景色や足元にグラつきを覚えるはず。それこそ〈世界の仕組みそのものがずれてしまったような、おかしな感じ〉に。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年7.22号より)

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