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『聖母』

ポスト・ブック・レビュー【著者に訊け!】

 

驚愕のラストに

二度読み必至の

長編ミステリー

 

『聖母』

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双葉社 1400円+税

装丁/高柳雅人

 

秋吉理香子

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●あきよし・りかこ 大阪生まれ・神戸育ち。15歳の時、一家でロスに移り住み、高校卒業後帰国。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、再び渡米し、ロヨラ・メリマウント大学院で映画・TV製作修士号取得。現地で映画製作や脚本等を手がける。2008年「雪の花」で第3回Yahoo!JAPAN文学賞を受賞し、翌年、初短編集『雪の花』を発表。13年の初長編『暗黒女子』は大きな反響を呼び、『放課後に死者は戻る』も好評。現在は大阪在住。150㌢、O型。

 

人間の隠しても隠しきれない本性とか

暗部にむしろ光を当てて書いてみたい

 

人はもしかすると、騙されたい動物なのだろうか?

秋吉理香子著『聖母』は〈ラスト20ページ、世界は一変する〉と帯にある通り、俗に言う「どんでん返しに次ぐどんでん返し」を文章ひとつで見事やってのける。しかも13年の『暗黒女子』同様、読者にはその「してやられ感」が屈辱どころか、たまらない魅力なのだから。

舞台は〈東京都藍出市〉。長くつらい不妊治療を経て、娘に恵まれた主婦〈保奈美〉と、市内の高校で剣道部副主将を務め、他校の生徒にも人気のある美形の〈真琴〉。さらに藍出署管内で起きた幼児殺害事件を追う2人の刑事〈坂口〉と〈谷崎ゆかり〉の3視点で物語は進む。

市内の幼稚園に通う4歳の男児を殺害し、屍姦した上に局部を切り取るという猟奇的な手口に町は騒然とし、まだ3歳の〈薫〉を育てる保奈美は気が気でない。〈この子を、娘を、守ってみせる〉という母心はやがて狂気を帯び、〈そのためなら何でもする〉の「何でも」が読む者を震え上がらせる、これぞ「文」の「芸」だ。

「実は私、ミステリーってほとんど読んだことがなかったんですね。特に海外では日本語の本は貴重なので、同じ本を繰り返し読むんですけど、家にあるのは谷崎や三島など、純文学中心。実際、自分でも純文学系の雑誌に投稿を重ねたほど、小説=純文学だったんですけど、結局そっち向きじゃなかったみたいで(笑い)」

その後、人に勧められてベストセラーとなったミステリー作品も読んではみたが、

「『真犯人はBじゃなくてCだって最初から書けばいいのに』とか、『あれ、日付を間違ってる?』とか、要は謎解きのスリルもどんでん返され方も全然わかってない(笑い)。でもそれが逆によかったのか、読み進めるうちに自分でも書いてみたくなって、恐る恐る書いたのが2冊目の『暗黒女子』でした」

長く映画製作に関わってきた彼女は、本書のラストシーンや『暗黒女子』で女子高生が闇鍋を囲む場面が、まずは映像で浮かぶという。

「その映像はこう展開させたら面白いとか、アイデアは思いつくんですが、書くに値するテーマが伴うまで、今回は2年がかり。やはり自分が不妊治療を経験して息子を産んだことが大きくて、この子を守るがついこの子だけを守るになったり、母親にもあるエゴや危うさが今回はトリックとたまたまうまくリンクした気はします。いわゆる叙述トリックも書いたらそうなっただけで、ほとんど無意識です」

地元スーパーで姿を消し、町外れで発見された男児の遺体からは、精液などは検出されず、指紋等も〈酸素系漂白剤〉で拭き取られていた。防犯カメラからも収穫はなく、付近を虱潰しにあたった坂口らは、4年前の連続強姦事件の犯人が怪しいという意見や、男児が父親に虐待されていたとの証言を得る。捜査方針は実際、父親犯行説に傾くが、驚くことに本書では真犯人を読者にだけ早々に明かしてしまう。それが他でもない、真琴なのだ。

剣道部主将〈綿貫〉との丁々発止や、〈ちびっこ剣道クラブ〉での〈やさしいせんせー〉の顔。件のスーパーでの真摯なバイトぶりや化学の実験での的確な指示にも好感が持てる分、その真琴が幼子を惨殺した事実を、読者もまた共有しなければならないのがつらい。

「やはり読者が共感できる人物じゃないと読んでもらえませんし、真琴の視点を使うからには、犯行の一部始終も書かざるを得ない。私の息子もまだ3歳なので、本当につらかった……。

だったらこんな酷い事件、書かなきゃいいんですけど、怖いもの見たさもあるのかな。不妊治療のつらさや、夫が全然あてにならないことは、いつか書いてやる! と思ってきたのでいいとして、ママ友にはやっぱり、勧めにくいかも(笑い)」

 

 

人間は愚かなこと

ほどやってしまう

 

 

実は屍姦の事実を報じる記事に最も驚いたのは当の真琴だ。〈誰が、あの死体を穢した?〉と謎の共犯者に怯えながらも内なる衝動に抗えず、真琴は剣道クラブの生徒に悪さを働いた少年が、再び気になってしまう。

一方、〈都会の夜には危険があふれていると聞くが、郊外の夜の静けさも暴力的だ〉と思い詰める保奈美はベランダから双眼鏡を覗き、町の監視を始めた。ある時、大きな荷物を抱えた不審者がいると通報し、逆に警察から迷惑がられた彼女は、何と男の尾行を開始。法もモラルも軽々と越える母の覚悟は危なっかしい限りだが、娘を授かった時、彼女は誓ったのだ。〈生まれるまでが神の領域なのであれば、生まれてからは母の領域なのだ〉〈無事にわが子を抱くことができたら、全身全霊をかけて愛し、守る〉と。

「これはもう私の実感で、どんなに努力しても授からないものは授からないし、どうか神様、バトンを私に下さいって。一方で医学の進歩で選択肢が増え、自由度が上がった割には、神の領域から人の領域への引き継ぎがうまくいってない感じもするんですね。不妊治療や延命治療をするしないが丸投げされてしまった分、かえって人は悩み、傷つきもする。特に人間の領域では母親が自分の子だけを守ることを許されたり、いいとも悪いとも言えないことだらけですから」

谷崎&坂口の美女と野獣コンビが口にする〈性差〉の問題や、元犯罪者とどう関わるべきかなど、物語は答えの出ない問題を孕みながら第2、第3の事件へと進み、衝撃のラストを迎える。

それにしても不思議なのは谷崎たちの名コンビぶりをユーモラスに描き、ミステリー音痴(?)時代の逸話を笑って披露する彼女が、なぜイヤミスの新星となり得たか、だ。

「根が関西人なんで、そう言われるとめっちゃ嬉しいんですけど、人間のイイ面はもう十分書かれているし、こっちでいいやって(笑い)。

クリスチャンの私は、教会にも最近はあまり行けなくなったのですが、人殺しはもちろん、騙しても妬んでもいけないと聖書にも書いてあるのに、戒めにある愚かなことほど人間はやってしまう。そういう隠しても隠しきれない本性とか暗部を私自身覗いてみたいし、むしろ光を当てて書いていきたいんです」

母性や友情など、美しきものが併せ持つ毒にも果敢に目を凝らす注目の作家は、どんな愚かさも書くことで受け入れ、サービス精神や芸域に関しても無尽の抽斗を感じさせる、自称「無意識」の侮れない人だった。

●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2015年11月20号より)

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