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『影の中の影』

ポスト・ブック・レビュー【著者に訊け!】

文学賞受賞を重ねる

最注目作家による

ハードボイルドアクション

『影の中の影』

影の中の影

新潮社 1600円+税

装丁/新潮社装幀室

月村了衛

※1539_01

●つきむら・りょうえ 1963年大阪生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。在学中から小説誌に時代小説を投稿。2010年『機龍警察』で小説デビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞。著書は他に『槐』『黒警』『機龍警察 火宅』『神子上典膳』(講談社文庫より発売)等。176㌢、60㌔、A型。

 

読者に伝わるのは表面的な善悪よりも

脇役も本気で書いているかどうかです

 

 一気読み必至!! と目下話題のストーリーテラー・月村了衛氏。その創作現場は1行1行書いては推敲を重ねる入念な姿勢と、高い技術に支えられていた。

「いちおう1日10枚をノルマにしていますが、2枚で精一杯な時もある。それを技術と感じさせず、『ああ、面白かった!』と、最後の1行まで楽しんでもらってこそ、大衆文学ですから」

 最新作『影の中の影』も、期待を裏切らない会心作だ。ある時、裏社会にも通じた敏腕ジャーナリスト〈仁科曜子〉は、中国当局の迫害を受けるウイグル族の大物〈テギン氏〉の取材にこぎつけ、指定された公園に赴く。が、彼は曜子の目の前で暗殺され、最後にこう言い残したのだ。〈カーガーに連絡を〉〈助けを……助けを求めるのだ……〉

日本に潜伏中のウイグル人亡命団の保護に協力することになった曜子は刺客に命を狙われつつも謎の言葉カーガーの正体を追い始める。神出鬼没の〈蝙蝠部隊〉、新疆ウイグル自治区で行なわれた〈悪魔の所業〉など、虚と実、正義と悪がいとも簡単に反転しうる、今こそ読みたいエンタメ巨編だ。

筆名は脚本家になる前からのもの。「私は元々、時代小説家志望だったもので」

少年時代から山田風太郎や角田喜久雄、山本周五郎を愛読し、「一見奇想天外な虚構の中に紛れもない今を描く、痛快で本来的な時代小説」に魅せられてきた。

「最近は司馬遼太郎絶対主義というか、歴史小説は確かに隆盛していますが、一方で林不忘の『丹下左膳』とか吉川英治なら『神州天馬?』のような、純粋な娯楽物語としての側面が失われているように思うんです。『眠狂四郎』(柴田錬三郎)が支持された理由もたぶん主人公の現代性にあって、虚構を借りて今を描くエンタメの本流は、むしろ時代小説にあったはずです」

例えばデビュー作『機龍警察』ではパワードスーツを思わせる特殊装備を纏った傭兵部隊がテロリストを相手に活躍。警察が傭兵を雇う至近未来を描いて好評を博し、シリーズ化された。

「特に今の国際情勢は文献が5年で古くなるほど変化が激しく、テロや難民問題など、日本だけで完結する事象は何一つない。本書に書いた弾圧政策や〈人体実験〉にしても、登場人物以外はほぼ事実の通りです」

その生き証人こそ、曜子が出会った亡命団だった。かねてウイグルでは核実験ばかりか、都市部に強制移住させた若い女性を漢族と結婚させる〈扶貧政策〉が進められていた。曜子は思う。

〈中国が目論んでいるのはウイグル族の漢族への同化、もしくは完全なる死滅であって、それは資源の簒奪を狙う極めて大規模且つ悪質な民族浄化に他ならない〉

 

極論すれば歴史は

暴力が動かしてる

その最悪の例が新型インフルエンザのワクチン接種を装ったウイルスの接種だ。亡命団には被害者の住民や医師、支援者の北京大学教授ら漢族もおり、CIAは明朝6時、米国大使館職員と合流し、全員を米国へ亡命させる線で話はついた。中国側が事実を隠蔽する今、唯一の証拠は彼らの体内に残るウイルスだけだからだ。

曜子はこれを阻止しようとする一味に追われる中、思わぬ人々に命を救われる。今も定期的に取材を続けている指定暴力団矢渡組幹部〈菊原哲治〉率いる菊原組の面々だ。曜子に一目置く菊原は暗殺に巻き込まれた彼女を案じ、若頭の〈新藤〉らに護衛を命じていたのだ。思えば曜子がカーガーという言葉に心当たりはないかと訊ねた時、菊原は俄かに殺気を走らせてこう言った。〈それは触らんとき〉〈ええか、触ったらあかんで〉と。

実は真の主役は別にいる。新藤らと共に亡命団を守る、影の中の影だ。彼が何者かは作中に譲るが、注目は彼が極めたロシア武術〈システマ〉だ。その奥義は意外にも〈破壊の否定〉にあり、剣道や居合にも通じた彼は曜子に〈『呼吸』『リラックス』『姿勢』『動き続ける』〉という4つの鉄則を教えた。それがミッション完遂のためばかりか、彼女を人間的にも成長させるのだ。

「私の座右の書は中里介山『日本武術神妙記』で、システマの〈己自身を知る〉は日本武道の神髄〈己を断つ〉にも、どこか通じますよね。

歴史を動かしているのは極論すれば暴力です。ただ戦争や政治といった大きな暴力と、我々の中に内在する小さな暴力は実は相似形にあって、その二極構造とそれぞれ意地も誇りもある個人がどう切り結ぶかが、私のテーマでもあります」

米中関係といった問題の大きさに比して、肌を抉れば血が流れ、死に至る接触戦の現場はあまりに小さく、そして誤魔化しようのない真実だった。月村氏はウイグル人母娘に別れた妻子を重ねる〈和久井〉ら、末端組員にも個人史を語る時間を割き、彼らが何のために闘うかにも目を凝らす。

「大義があってもなくても、実際に戦うのは現場の個人で、その不条理さはヤクザも蝙蝠部隊も同じ。彼らが敵味方に分かれ、CIAが亡命団を助けたのも、状況次第のたまたまでしかなく、ヤクザの新藤たちがここでは善人に見えるんですね。特に和久井の話なんて泣きながら書いたし、表面的な善悪より、彼ら脇役の物語も本気で書いているかどうかが、結局は読者に伝わると私は信じているんです」

平和ボケした日本人、と言うは易いが、肝心なのは今そこにある危機に対して個人ができることを考え、動き続けること。その手掛かりとして脈々と書き継がれてきた謀略小説や冒険小説の系譜を、なるほど月村氏には継ぐ覚悟と技術がある。

●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2015年11/13号より)

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