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月刊 本の窓 スポーツエッセイ アスリートの新しいカタチ 第13回 Shigekix・Ram

ダンスがオリンピック種目に!? しかもアメリカ生まれのブレイクダンスで、いま、日本人の若い選手が大活躍をしている。男女の世界チャンピオンは、何を考え、何を目指しているのだろうか。

 
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川崎での世界選手権で見事優勝。同市内の高校に通うRam(右)は大会後、「とても嬉しいのとプレッシャーから解放されて安心。楽しんで強い気持ちでできました」。Shigekixは、「日常生活も変えて挑んで辛いこともあったけれど、気持ちだけは負けずにやり遂げることができました」と振り返った。
 

(左)Sigekix(シゲキックス)(16歳)
Bboy(男子ブレイクダンサー)

(右)Ram(ラム)(17歳)
Bgirl(女子ブレイクダンサー)

Photograph:Yoshihiro Koike

 

 ブレイクダンスという〝スポーツ〟が誕生した。二〇一〇年から始まった十四歳から十八歳までのアスリートが参加するユースオリンピック競技大会。この若い世代のためのオリンピック大会に、ブレイクダンスが採用されたのだ。今年の十月、アルゼンチンのブエノスアイレスで第三回の夏季大会が開催。世界屈指の若きダンサーがメダルをかけて戦う。実はこの新しい〝スポーツ〟で今、男女ともに日本人がとても強い。今や中学校でもダンスは必修科目。とはいえ、逆さまになったり、頭や腕でくるくると回転したりとアクロバティックな動きの多いブレイクダンスは、ダンスの中でも特別に「危ない」と敬遠されがち。にもかかわらず、今のユース世代には世界屈指の日本人ブレイクダンサーがひしめく。
 小学生の頃から、世界中の舞台で引っ張りだこのShigekix。シニアの世界王者たちとも踊るRam。彼ら男女の日本人エースに話を聞き、ユースオリンピック代表を決める「世界ユースブレイキン選手権」を取材しに行ったところ、眼前で二人が見事にダブル優勝。世界三十四の国と地域から集まったトッププレイヤー八十六名の中から、ShigekixとRamは見事、揃って表彰台の一番高いところに立った。独特の緊張感が漂う会場をも巻き込み、パフォーマンスを見た誰もが納得する強さを発揮し、世界を驚かせたのだ。各国から男女一人ずつの代表の切符を掴み取った二人は、ブエノスアイレスの本大会で、金メダルの有力候補として名を轟かせている。

スポーツ発祥の縮図そのもの
争いのエネルギーはダンスで消化

 今、こうしてブレイクダンスは、〝スポーツ〟として認知が広まりつつあるが、もともとは〝カルチャー〟として独自に発展してきた背景がある。起源は、一九七〇年代初頭のニューヨーク・サウスブロンクス地区。当時は貧困地帯で、ストリートギャングたちによる抗争が絶えず、縄張り争いから多くの命が奪われていた。社会への憤りを抱きながら、エネルギーを爆発させてきた若者たち。そうしたなか、彼らは争いから離れれば音楽とダンスに没頭していたという。
 ある日、争いの日常に嫌気を覚えたギャングのボスが、互いに殺し合うのではなく、音楽とダンスでそうしたエネルギーを発散できないかと考え、決闘のように踊り合うバトル形式のブレイキンことブレイクダンスが生まれたという。このフォーマットは急速に知れわたり、八〇年代にはメディアの関心も集めるように。全米大会から、世界大会へと発展を遂げた。
 戦いではなく、身体をつかったパフォーマンスで勝負することは、スポーツの起源そのものとも重なる。スポーツの縮図とも言える成り立ちだ。だからこそ、ブレイキンの当事者らは、これをスポーツではなく、カルチャーと自負するのであろう。また、彼らは自分のことを、“Bboy”や“Bgirl”と呼び、アスリートとは言わない。だが、日々の鍛錬や大会に挑むまでの道のりは、まさにアスリートの中のアスリート。自らを甘えがない場所へと追い込んで、心身を鍛え上げ、高みを目指す。
 まだ日本では一般に馴染みがあるとは言い難く、今も知る人ぞ知るカルチャー。スポーツとしての認知度も、まだまだ。だが例えば、歴史的にもアートを育む土壌があるフランスでは、当初からカルチャーとして受け容れられ、街で大会を開催すれば、バゲットとスープを手にした彼らの祖父母世代、親子連れまでがやってくる。日常的に、彼らのパフォーマンスをアートやスポーツを楽しむように消費する。日本ではマニアックな若者文化のような位置づけだが、音楽とダンスで構成されたカルチャーであり、ルールを知らずとも誰もが楽しめる最強の〝スポーツ〟だ。世界で名を知らしめている若者たちの努力の結晶は、見る人を非日常へと誘う。

Shigekixのストイックな練習風景
国際人の横顔とアートな内面性

 アルファベットの名前は、ダンサーネームだ。ショーの舞台かリングのように、会場でその名前はリズムよく響く。ダンサーネームは、ダンスを始めると、自分でつけたり、周囲が名づけてくれたりするという。Shigekixは、七歳でダンスを始めた当初、先輩ダンサーが名づけてくれた。本名は、 半井(なからい)重幸。
 その由来は当時、センセーションを引き起こした独特のグミ商品「シゲキックス」から着想を得て、「お前、シゲキックスでええやん」と親しみを込めてつけてもらったそう。ダンスを始めたのは、四つ上の姉と近くのダンス教室へ一緒に通うようになったことがきっかけだ。ブレイクダンスを始めたのも、姉が先。Shigekixは、ただ姉についていき、部屋の隅で一人で絵を描いていたことを思い出すという。最初は興味がなかったはずが、見よう見まねでステップを踏んだり、三点倒立をしたり。「気がつくと、逆さまになっていました」と思い出して笑う。
 才能はすぐに見出された。まさにヒット商品のように衝撃を与え、Shigekixは小学生にして、世界中の大会イベンターから「出場してほしい」と招待されるようになった。中学生からは、一人で渡航。毎月のように各国でパフォーマンスをしたり、大会に出場したりという生活が続いている。訪れた国の数も回数もわからないほどだが、高校生にして渡航回数は六十回を超え、中でもフランスには二十回以上は訪れているという。
 
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モットーは、「どんな時も全力でパフォーマンスをする」というShigekix。会場を巻き込んで、盛り上げることにもこだわりを持つ。圧巻のムーブの数々に、場内からは予選から割れんばかりの拍手と喝采が鳴り響いた。
 
 話すほどに国際人らしい落ち着きと成熟度を感じさせる。「僕は幼い頃から絵を描くのが好きなので、海外では美術館や博物館に行くのも好きなんです。とても贅沢ですけれど、やっぱりパリは大好きで、エッフェル塔にも何回も上って、『また来たなあ』って街の雰囲気を一望するんです。フランスは一番たくさん行っていますが、地域によって様々。でも、どこに行っても芸術や美術に対する理解が深く、カルチャーにお金を払う習慣があるのがいいなと思います」
 インタビューで優雅な内面をも覗かせたShigekixだが、この日も学校帰りに夜十一時まで練習を行った。練習場は、駅前の広場。体操選手のように引き締まった全身がその練習量を物語る。それでも、「最近は練習の量ではなく質をぎゅっと高めています。同じ時間でも、他の人より多くのムーブ数(エントリーと呼ばれる立ち踊りからフリーズまでの一連のダンス)をこなせば、心臓が上がった状態で繰り返すことになるので、スタミナ強化にもなる」。少しの時間も無駄にすまいとしてか、ハンバーガーで簡単な夕食を済ませると、すぐに逆さまになるなど(!)、食事直後にもかかわらず平然とハードな技を繰り出し始めた。

シニアグループで世界王者も知るRam
「技ができると嬉しい」「私はまだまだ」

 多くのダンサーがそうするように、Ramは本名だ。河合来夢(らむ)の名前の音をそのまま英語にしている。日本でも有数のブレイキンの聖地として知られる川崎で、五歳からブレイクダンスを習い始めた。難しいブレイクダンスの技が初めて決められるようになったのは、小学校四年生の時。練習がやりたくないと駄々をこねた時期もあったが、親や仲間に励まされながら「技ができる喜び」に魅せられて、どんどんレベルアップしていったという。
 毎日のように四時間から五時間の練習量をこなす。オリンピック競技としてのブレイクダンスは、一日のうちに十数本ものムーブ数を踊るため、スタミナ強化は不可欠だ。そこでRamは、マスクをつけてハードな練習を積み重ねた。取り込む酸素を少なくして「高地トレーニング」のような状態を作り出すのだ。これもすべて、ストイックすぎるコーチについていったお陰と自信を覗かせる。「自分一人だったら甘くしちゃうけれど、絶対に体力がつくっていう練習法で追い込んでいるので」とRam。子ども時代に嫌いだった練習も、今では「嫌いよりも先にしんどいが来ます」と笑い飛ばすたくましさを備える。
 今、主にRamの練習をコーチしているのは、川崎出身の世界的ダンスグループ「ザ・フローリアーズ」のNori。Ramの才能に惚れ込み、昨年からこのシニアのトップグループに彼女を加入させた。同グループはその後ブレイクダンス界で最も伝統のある世界大会「BATTLE OF THE YEAR」で前人未到の三連覇を達成した。
 
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「周りの支えがあって、自分をひたすら信じてやってこられた」というRam。他国の選手がスタミナ切れを感じさせる中、ただ一人ラウンドが進むごとに躍動感を増していった。「力強さと気持ちは誰にも負けない」を見事に証明した。
 
 その実績からRamの強さはユース女子の中では頭一つ抜けている。だがプロダンサーの集団とともに鍛錬を重ねているからか、「私はまだまだ」が何度も口をついて出る。心底、自分の実力が足りないと恥じらうように笑いながら。目標は、ザ・フローリアーズの大先輩たち。「ああやって、世界で活躍してタイトルをたくさん獲りたい」とあどけなさの残る笑顔で力強く言う。
 両親が離婚して父とは暮らしていない。多忙な母のため、Ramは弟二人にご飯を作ったり、アルバイトにも励む。「たまにオムライスを作ってあげるんですけど、卵がぐちゃぐちゃになると、弟に怒られるんですよ」。ユースオリンピックを控えた今、練習スケジュールは過密になっているが、普段は友だちと原宿にショッピングに行ったり、恋愛映画を見に行ったり。10月のブエノスアイレスでの本戦の時期は、「前後に学校のテストもあるんです。ちゃんと勉強しないと」と普通の高校生の素顔を覗かせる。
 それがひとたび、ステージに立てば別人のように強い輝きを放つのだ。パワフルでしなやかに難易度の高い技を次々と決め、時にとびっきりの笑顔が弾ける。すぐに観客はRamの虜になる。

海外メディアも質問「日本が強い理由とは?」
切磋琢磨と根気、日本語を使うこと

 競技としてのブレイクダンスは、採点方法が細かく定められている。ユース世界選手権でジャッジを務めたのは五人。いずれも現役のプロダンサーで、大会の合間にパフォーマンスを披露してみせるのは、この競技ならではだろう。採点システムは技能、多様性、能動性、音楽性、創造性、個性など六つの基本カテゴリーで区分され、完成度によって加点や減点も。選手たちのムーブ中に、ジャッジが目の前のパネルでリアルタイムに細かく採点していく。フィギュアスケートのように、ジャンプの回転数など技の難易度に応じて基礎点が定められているわけではないので、わかりにくいところもある。だが、ジャッジが圧巻のパフォーマンスを見せることで、得も言われぬ説得力が増す。ジャッジ、観客の心を動かすムーブで会場をものにすれば、勝負はついたも同然だ。
 ShigekixとRamも、そんな興奮のシーンを何度も作ってみせた。ちなみに、ムーブはすべてアドリブで音楽もDJが選ぶ。バトル方式なので、相手のムーブに応じてそれ以上の手の内を見せなければならない。プレッシャーも高まる即興の舞台で、二人はステージで動じることなく、持てる技術とスタミナで相手を凌いでいった。相手が挑発しようものなら即興の動きで、さらに盛り上げるといった具合に。見ていて、「ああ、負けることはないな」とわかるほどだった。二人はアジア・オセアニア大陸予選でも優勝。その他にも、日本には同大会で上位に名を連ねた選手が何人もいる。ダブル連覇を遂げた二人に、試合後の記者会見では海外メディアからこんな質問が投げかけられた。
「なぜ日本はこんなにも強いのでしょう?」。二人が声を揃えたのは、「日本人は一つのことに打ち込むことが得意だから」。世界で活躍する身近なプロダンサーを見て、ともに練習し、感じたことを語る。そしてもう一つ、Shigekixがあげていたのは「日本語を操るから」。英語も堪能な彼は、英語と日本語の持つ特性の絶対的な違いを認識して言う。「日本語には本当に深い意味がある」と。補足すると、英語が一つ一つ、明確に表現しなければ伝わらない一方、日本語はすべてを語らずとも察することが前提で会話が成り立つという特性がある。英語に主語や目的語は不可欠だが、日本語では、それらを相手が暗に補って理解することが多い。
 インタビューでもShigekixが力説していたのは、いかに会場の空気や相手の発するエネルギーを察知するかという能力が重要かということだった。実際に、「空気を読む」という言葉が一般的なほど、日本人は他人の心情を察することに長けている。だから会場を味方にしたり、相手の出方に応じたムーブで凌いだりという場面を多く作り出せるのかもしれない。
 日本人らしさと日本人としての誇りを胸に世界へと羽ばたこうとしている若きダンサーのShigekixとRam。彼らを始めとする、ブレイクダンスのスポーツ化は、まだ見ぬ日本の未来と希望そのものかもしれない。

プロフィール

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Shigekix
シゲキックス
本名は半井重幸。Team G-Shock所属。2002年生まれ、身長166cm、53kg。大阪狭山市出身。姉のAyane(彩弥)の影響で7歳からブレイクダンスを始め、すぐに頭角を現すように。11歳からは無敵の快進撃でKidsの世界大会を総ナメ。世界一のキッズダンサーとして名を知らしめ、年間を通じて各国のイベントに招待される生活が今も続く。2017年に世界最高峰の1対1のブレイクダンスバトル「Red Bull BC One World Final」に出場し、史上最年少の15歳でトップ4入り。ユースオリンピックでは大陸予選のみならず世界選手権でも圧勝。本大会の金メダル最有力候補として注目を集める。
 
アスリート第13回プロフィール画像2
Ram
ラム
本名は河合来夢。2001年生まれ、身長 158cm。横浜市出身。母の勧めで5歳の時から川崎のスタジオでブレイクダンスを習い始め、小学校4年生の時にヒップホップも経験。世界屈指のブレイクダンサーらの指導を受け、ハードな練習にも耐え、みるみる成長を遂げる。2017年にシニアの世界的グループ「ザ・フローリアーズ」に史上初最年少女子として加入。最高峰の世界大会「BATTLE OF THE YEAR」3連覇達成の一翼を担う。Shigekix同様、ユースオリンピックの大陸予選と世界選手権で圧勝。本大会の金メダル最有力候補として注目を集める。
 
 
松山ようこ/取材・文
まつやま・ようこ
1974年生まれ、兵庫県出身。翻訳者・ライター。スポーツやエンターテインメントの分野でWebコンテンツや字幕制作をはじめ、関連ニュース、書籍、企業資料などを翻訳。2012年からスポーツ専門局J SPORTSでライターとして活動。その他、MLB専門誌『Slugger』、KADOKAWAの本のニュースサイト『ダ・ヴィンチニュース』、フジテレビ運営オンデマンド『ホウドウキョク』などで企画・寄稿。

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