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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第3回:東京は日本でいちばん子供を産みにくい場所!?

つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第3回のテーマは、なぜ少子化に歯止めがかからないのか。合計特殊出生率が全国最下位の東京で、2人目を産めない理由を掘り下げる。費用と期間がかかりすぎる子供の教育の実態とは?

馬鹿につけるバカの薬 アイキャッチ
 

東京では子供が持てない

 では、少子化が進む一方となっている理由はどこにあるのでしょう。
 非正規雇用者の増加に伴う賃金の低下。日本経済の低迷。先が見えない将来への不安等々、少子化が改善される兆しも見えない要因はたくさんあるのですが、これら全てが複雑に絡み合って、今日の状況に繋がっているのは間違いないでしょう。
 2019(令和元)年7月に総務省が公表した「平成31年住民基本台帳人口・世帯数 平成30年人口動態」(日本人住民、都道府県別)によれば、人口増減率第1位は東京都のプラス0.56で、以下沖縄、神奈川、千葉、埼玉と続き、六位の愛知県のマイナス0.06を境に残る道府県は全て〝マイナス〟となっています。
 その最大の理由は賃金です。
 2019年に厚生労働省が発表した「賃金構造基本統計調査」によれば、東京都の平均年収は図抜けて高く、380万4000円、最下位である宮崎県の235万1000円と比べて、実に1.6倍もの差があります。
 その一方で1人の女性が生涯に産む子供の数、合計特殊出生率は2017(平成29)年で1.21と東京が全国最下位。しかも、東京の最下位は定位置で、長きに亘ってこの状態が続いているのです。
 ところが、平均年収最下位の宮崎県は1.73と全国2位。最も子供が多く産まれているのは、沖縄県で1.94。ちなみに平均所得では沖縄県は246万8000円と宮崎と大きな違いはありません。
 これらの数値からも、東京は人が集まる一方で、最も子供を産みにくい環境にあることが分かります。
 東京都の人口は23年連続で増加し続けていますが、これは自然増ではなく、地方居住者が職を求めて流入し続けているからに他なりません。
 地方の人間が東京に出て来て、まず最初に必要になるのが住居です。首尾良く仕事に就いたとしても、社員寮を持つ企業は減っていますから、アパートを借りることになる。住宅手当を支給する企業は少なくありませんが、東京の家賃は高額ですから、とても手当だけで賄い切れるものではありません。それに加えて、食費、光熱費は生活の基本のコスト。スマホは必須のアイテムですから、通信費だって馬鹿にならない額になるでしょう。
 東京での生活は高い固定費がかかる上に、賃金の上昇率も低迷する時代が長く続いていますから、生活が楽になるわけがありません。
 東京23区居住者の平均初婚年齢が男性31歳、女性30歳と、かつてに比べれば高くなるのも当然なのですが、結婚しても子供を2人以上儲けない理由はどこにあるのでしょう。
 もちろん生活のコストからすれば、経済的な理由から2人目は無理、というのは察しがつくのですが、問題はその「経済的な理由」の中身です。
 

お受験の実態

 東京の平均年収が図抜けて高いといっても、それはあくまでも平均値での話です。東京には高額所得者もたくさん住んでいますから、千万単位はざらといっても大袈裟ではないでしょうし、億単位の年収を得ている人も少なくないはずです。
 ところが、そんな高額所得者にして、子供は1人という家庭が多いのです。
 その理由は子供の教育に費やす費用と期間です。
 かつて東京のお受験事情を取材したことがあるのですが、東京の富裕層の教育熱は大変に高いものがあり、子供が産まれたその時から、いやそれ以前から準備を始める親も珍しくはありません。
 小学校入試では、ペーパーテストを課す学校もありますが、大半は〝行動観察〟といって、受験児童を10人程度のグループで試験会場に入れ、課題を与えて子供がどんな行動をするか観察する。あるいは課題に取り組んでいる間に、子供がどういった受け答えをするか。与えた指示をどうこなすか。グループの他の子供たちとの協調性やマナー、リーダーシップといったことを見た上で、合否を決めるのです。
「そんなの準備をせずとも、子供は子供らしく、普段通りにやればいいじゃないか」という声が、すかさず聞こえてきそうですが、そう甘くないのが小学校受験です。試験は一発勝負。一時間前後の短い時間の中で、子供のそれからが大きく変わってしまうと考えているのですから、親は必死に試験当日に向けての準備に多額の費用と時間を費やすことになるのです。
 まず、最初の関門は幼稚園入試です。
「幼稚園に入試なんかあるの?」と驚かれる方もおられるでしょうが、富裕層が多く住む地域には有名私立小学校に高い合格率を持つ幼稚園が存在します。中には卒園生のほぼ全員が私立小学校に進学する幼稚園もありますから、定員を遥かに上回る入園希望者が殺到することになる。いずれも私立ですから必然的に入試を行なわざるを得ないことになるわけですが、試験の内容は小学校入試同様、行動観察、そして親子面接です。
 有名私立小学校のある麻布、広尾、世田谷、渋谷、恵比寿、白金、目黒などは、正に幼児教育の聖地とも言える地域で、入り口に「○○幼稚園何人合格」といった貼り紙の貼られた、幼稚園入試を専門とする教室もあれば、幼児向けの英語教室やインターナショナルスクールもたくさんありますし、幼稚園入園前にピアノやバイオリン、絵画、工作といった、情操教育に取り組む家庭も珍しくはありませんから、2軒、3軒の教室の梯子はしごは当たり前。それも連日の教室通いという家庭も当たり前に存在するのです。
「お受験教室に通うのなら、幼稚園なんかどこでもいいじゃないか」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、合格率が高い幼稚園の園児は100パーセント小学校受験をするのです。教室や志望校の情報交換は当たり前、全園児が小学校受験をするのですから、周囲に気兼ねすることなくその類いの会話ができる環境が出来上がっていますし、幼稚園の教育内容もかなり高度なものが多く、「高校でいう進学校の幼稚園版」といえば、分かりやすいでしょう。
 そして念願成就、志望する幼稚園に合格したらいよいよ本番。小学校入試に向けて、長い戦いが始まるのです。
 こうした幼稚園は午前中一杯、遅くとも午後の早い時間に終わってしまいますから、子供を幼稚園に送り届け、簡単な家事をすれば、すぐに迎えに取って返すことになる。その足で教室に直行。お受験教室、体操、絵画の3つは基本。それに加えて水泳、駆けっこ、英語、バレエ、ピアノやバイオリンととんでもない数の教室に子供を通わせる家庭も珍しくありません。
 こんな生活が、小学校受験が終わるまでの3年間、連日続くのですから、親、特に母親は忙しいなんてものではありません。子供が生まれてからの1、2年は育児、そこから先は、ひたすら受験の準備に追われることになるのです。
 当然、教育費も大変な金額になるわけで、教室を3つ掛け持ちすれば、10万円で済むわけがありませんし、中には幼児だけの3週間の夏合宿を毎年行なう教室もあり、参加させれば100万円を超える費用が発生するのですから、それこそ青天井。そして、念願叶って私立小学校に合格しても、東京23区の平均初婚年齢は男性31歳、女性30歳。結婚直後に妊娠しても、母親になるのが31歳ですから、第一子の小学校入学時点で37歳。たとえ経済的に余裕があったとしても、それから子作りに励み、2人目、3人目を産み、第一子同様にお受験に取り組もうという気にはなれないでしょう。
 

「高い学歴」のための教育費は青天井!?(写真は本文と関係ありません)
 
 

中学受験もまた同じ

 もっとも、お受験に真剣に取り組む家庭は、東京でも限られた地域の限られた層ではあるでしょう。
 ですが、これが中学受験となると様相は一変、公立校に通う多くの小学生が私立中学への入学を目指します。
 近年、都内私立中学への進学割合は東京全体でこそ18パーセントですが、区別に見ると文京区では実に42.3パーセント。千代田区、港区、中央区、目黒区で30パーセント台後半、渋谷区、品川区、世田谷区では30パーセント台前半となっていることは前章で述べましたが、これはあくまでも進学者の割合ですから、受験した生徒はさらに大きな数になるはずです。
 中学受験に本格的に取りかかる時期は、一般的に小学校4年生辺りと聞きますが、それより遥かに早いうちから塾に通うのが一般化しています。
『公文』はその代表的な塾の一つですが、4年生になると、いよいよ中学受験専門の塾に通い始める。
 では、その費用はどれほどの額になるのか。
 塾や学年によって差はあるものの、中学受験に本格的に取りかかる4年生となると、最低でも年間50万円前後。6年生になると特別講習や合宿等の費用を含めて100万円を遥かに超える塾が多いようです。授業の回数は週2回から4回とまちまちですが、これで済むなら御の字というもので、家庭教師を招くことになったら、費用は一気に跳ね上がる。
 家庭教師が学生のバイトだった時代は、もはや過去になりつつあるようで、今ではプロも多くいて講師のレベルによって料金には格段の開きがあるのです。
 実際に取材の中で聞いた話では、安ければ1時間数千円で済みますが、難関校への高い合格実績を持つプロ講師ともなると、1時間2万円、3万円にもなるといいますから、頻度によってはこちらの出費も青天井。一切塾に通わずとも合格する秀才もいないではないでしょうし、ずば抜けた成績を収めれば、授業料免除という塾もあるのは事実です。しかし、そんな恩恵にあずかれるのは、例外中の例外。そして中学受験だって甘くはありません。受験をすると決めた時点で、親は相当な出費を覚悟しなければなりません。
 実際、中学受験も富裕層が中心となっているようで、先日港区のとある地域を車で走っていたら、道の両側にずらりと車が停車していて大渋滞。何事かと思いきや、通り沿いにある有名私立中学の入試を終えた子供を迎えに来た車の列だったのです。しかも高級外車ばかりでしたから、親の所得には察しがつこうというものです。
 それに、志望校に合格したとしても、入学金は初年度だけですが、在学している限り授業料は毎年発生します。
 こちらもまた、学校によって大きな開きがあるものの、東京都が公表している「平成31年度 都内私立中学校の学費の状況」によると、初年度納付金(総額)の平均額は95万9770円、最高額は187万6000円、最低額は54万8000円。このうち、授業料の平均額は年額47万3467円で、最高額は132万2000円、最低額は25万2000円となっています。
 中高一貫校なら、最低でも六年間、ほぼ同額の授業料を支払わなければなりませんし、高校進学時には入学金がかかります。
 いかに東京都民の平均所得が全国一、他府県に比べて群を抜いて高いとはいえ、380万4000円です。この年代の子供を持つ親は、住宅ローンを抱えている方も多いはずですから、親一人の収入だけでは教育費を捻出するのはまず不可能といえるでしょう。
 もちろん、中には夫婦共働き、ダブルインカムという家庭も少なくはないでしょう。しかし、女性の職場進出が進み、キャリア志向の女性が増えてはいても、日本ではまだまだ出産、子育てへの理解を得るのが難しいのが実情です。
 育児休暇制度を導入している企業が増えているとはいえ、一定期間でも職場を離脱することに躊躇する女性も多いはず。まして、制度を2度、3度と使うとなれば、相当な勇気と覚悟を要するのは想像に難くありません。
 かくして、中学受験組にしても、幼稚園・小学校受験組同様子供は1人が精一杯。2人目などとても持てないということになるわけです。

 

次回は4月13日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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